あわただしい1年だった。総長に就任以来、「ゴリラのように泰然自若」を座右の銘として、「くるもの拒まず、さるもの追わず」という精神で物事を処理してきたが、怒涛のようにやってくる依頼や案件を前にして呆然と立ち尽くすこともあった。それでも何とか二本の足で立っていられるのは、周囲の優秀なスタッフが陰で支えてくれているからだと思う。深く感謝したい。
さて、総長の業務内容は別の紙面に譲るとして、ここでは主に私の研究活動について記しておこう。総長は研究をするべきでない、という意見もあるが、私はできるかぎり研究者としての自覚と心を持ち続けることが大学を代表する立場として重要だと思う。もちろん、総長の職務に支障の起きない限りにおいてであるが、今後とも最小限の研究活動は続ける所存である。今年もそのような気持ちで過ごしてきた。そのすべてを記すことはできないが、特に印象に残った出来事について述べておこうと思う。
まず、長年の懸案だった「類人猿の研究から人類家族の起源を解き明かす」論文を出版することができた。Evolution of Hominid Life History Strategy and Origin of Human Familyと題する論文で、Furuichi T, Yamagiwa J, Aureli F 編集のDispersing Primate Femalesという書物の1章としてSpringer社から出版された。人間の家族がゴリラやチンパンジーとは違う生物学的特徴によって支えられており、それははるか昔に人類の祖先が類人猿の住まない環境へと進出したことに端を発しているという内容である。近年、類人猿の生涯にわたる繁殖特徴が明らかになり、それが人間と大きく異なっていることを基に組み立てた仮説だ。複数の家族が集った共同体という人間独自の社会組織の起源にも言及しており、文科省の科学研究費基盤研究Aの集大成でもある。今年は研究分担者と共著の論文をたくさん出版した。これらを基に、さらにヒト科類人猿のコミュニティ形成の類似と相違から、人類の社会性の由来について考察を進めたい。
次に、6月に京都大学の留学生が主催するTedxに出演して、暴力の由来について英語で自分の考えを述べた。さらに調子に乗って、世界へ無料で配信するMOOCというインターネットを使った講義を担当し、本郷俊君や田島知之君たちに手伝ってもらって「Evolution of Human Sociality」という講義を6週間実施した。毎回質問を作って視聴者に回答してもらい、最後に「人類の進化に特徴的なものを挙げて自説を述べよ」という課題に面白い回答を寄せてくれた学生二人を日本に招聘して、霊長類学の現場を見てもらった。日本発の霊長類学の普及に少しは役立ったのではないかと思う。
今年は多くの学会から講演を頼まれた。なかでも日本生理人類学会、日本動物学会、日本環境感染学会、美術科教育学会は自分の学問を別の視点から見直すきっかけになった。また、日独6大学学長会議、日英研究教育大学協議会、日越学長会議、環太平洋大学協会年次学長会議など多くの学長会議が開かれ、STSフォーラムや京都賞シンポジウムでは世界の学長や最先端の研究者と顔を合わせる機会に恵まれた。カリフォルニア大学サンディエゴ校やボルドー大学とは、京都大学がこれまでに共同研究をしてきた分野でシンポジウムを開いた。国立大学協会副会長、日本学術会議会員、環境省中央環境審議会委員として会議に出席することが多く、日本各地で開かれた京都大学同窓会にもなるべく顔を出したので、息つく暇もない忙しい日々を送った。しかし、そんな日々の合間を縫って、「京大おもろトーク:アートな京大をめざして」を4回開催し、狂言師の茂山千三郎さん、セルフ・ポートレートの森村泰昌さん、火薬を使うアーティストの蔡國強さん、マルチアーティストで独立国家を作った坂口恭平さんを招いて、面白い討論を展開できたのは最高の体験だった。今後も「おもろい京大」を推進していきたいと思う。
英語論文
- Akomo-Okoue EF, Inoue E, Nakashima Y, Hongo S, Atteke C, Miho Inoue-Murayama M, Yamagiwa J (2015). Noninvasive genetic analysis for assessing the abundance of duiker species among habitats in the tropical forest of Moukalaba, Gabon. Mammal Research 60: 375-384.
- Yamagiwa J, 2015. Preface for « Conservation of biodiversity in tropical forest through sustainable coexistence between human and wild animals », a special issue of Tropics. Tropics 23 : 135.
- Yamagiwa J (2015) Evolution of hominid life history strategy and origin of human family. In : Furuichi T, Yamagiwa J, Aureli F (eds), Dispersing Primate Females : Life History and Social Strategies in Male-Philopatric Species, Springer, Tokyo, pp. 255-285.
- Kamungu S, Basabose K, Bagalwa M, Bagalwa B, Murhabale B, Yamagiwa J (2015) Phytochemical Screening of Food Plants Eaten by Sympatric Apes (Gorilla beringei graueri and Pan troglodytes schweinfurthii) Inhabiting Kahuzi-Biega National Park, Democratic Republic of Congo) and their Potential Effect on Gastro Intestinal Parasites. International Journal of Pharmacognosy and Phytochemical Research 7(2); 255-261 (ISSN: 0975-4873).
- Basabose AK, Inoue E, Kamungu S, Murhabale B, Akomo-Okue E-F, Yamagiwa J (2015). Estimation of Chimpanzee Community Size and Genetic Diversity in Kahuzi-Biega National Park, Democratic Republic of Congo. American Journal of Primatology 77 : 1015-1025.
- Iwata Y, Nakashima Y, Tsuchida S, Nguema PPM, Ando C, Ushida K, Yamagiwa J (2015) Decaying toxic wood as sodium supplement for herbivorous mammals in Gabon. Wildlife Science
総説他
- 山極寿一, 2015. 「負けない構えの美しさをゴリラから学ぶ」、学燈, 112 : 2-5.
- 山極寿一, 2015. 「教育の原点と京都大学の国際戦略」、NIKKEI, 65 : 1-4.
- 山極寿一・林真理子, 2015. 「なぜ人は家族をつくるのか」、家の光, 91 (5) : 22-27.
- 山極寿一, 2015. 「大人の品格はゴリラに学んだ」、Fortuna, 2 : 34-37.
- 山極寿一・茂木健一郎, 2015. 「人間のルーツ、ゴリラが教えてくれる:メスの本能」、PRESIDENT 2015.3.2号、pp.20-25.
- 山極寿一, 2015. 「父という余分なもの」、OSAKA ROTARY CLUB Weekly Bulletin, 2952 : 1-2.
- 山極寿一・林真理子, 2015. 対談「なぜ人は家族をつくるのか」、家の光創立90周年記念号, 91(5) : 22-27.
- 山極寿一, 2015. 「ゴリラが教えてくれたこと」、母の友, 745 : 12-15.
- 山極寿一, 2015. 「ゴリラの国の歴史-野生のゴリラから学ぶこと」、どうぶつと動物園, 699 : 36-37.
- 山極寿一, 2015. 「『サル化』する人間社会」、ひと・健康・未来, 5 : 14-18.
- 山極寿一, 2015. 「図書館と女性力」、JWCS通信, 75 : 4-5.
- 山極寿一, 2015. 「共感の行き場を間違えた人類」、NHK出版新書特別編集号、pp.17-22.
- 山極寿一・鷲田清一, 2015. 「ゴリラに学ぶリーダーシップ」、KOTOBA, 21 : 184-189.
- 山極寿一, 2015. 「国立大学改革の直面する課題」、青淵, 800 : 6-7.
- 山極寿一, 2015. 「人間のコミュニケーション力とは何か」、巻頭随想、調査月報, 087 : 2-3.
- 山極寿一, 2015. 「考える力と大学教育」、公益財団法人山岡育英会会誌, 51 : 34-35.
- 山極寿一, 2016. 「笑うゴリラに学ぶ」、The BIG ISSUE JAPAN, 278 : 7-11
- 山極寿一, 2016. 「子守唄の起源-ゴリラから学ぶ」、ららばい通信2016新年号:1-6
- 山極寿一, 2016. 「申年を迎えて」、月間みんぱく1月号, p.1
- 山極寿一, 2016. 「サルの時代へ」、公研, 629 : 16-17.
- 五神真・山極寿一, 2016. 「東大・京大トップ激論」、週刊朝日1月29日、pp. 128-132.
- 山極寿一, 2016. 「『制度-人類社会の進化』をめぐってコメント」、基幹研究「人類学におけるミクロ-マクロ系の連関」『制度-人類社会の進化』をめぐって、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、pp. 55-66.
- 山極寿一, 2016. 「子どもたちに伝えたい文化」、MURYOJU, 100 : 17-20.
- 山極寿一, 2016. 「「おもろいこと」が世界を変える」、構想の庭 Vol.2 : 13-19.
- 山極寿一, 2016. 「老年期の進化と人間社会の未来」、Chubu Institute for Advanced Studies, Studies Forum Series 95 : 4-19.
著書
- 山極寿一, 2015. 「味方をつくらない」、『世界を平和にするためのささやかな提案』、14歳の世渡り術シリーズ、河出書房新社、pp.118-124.
- 山極寿一, 2015. 「サルから考える人間のコミュニティの未来」、近藤淳也監修『ネットコミュニティの設計と力』、角川学芸出版、pp. 129-160.
- 山極寿一, 2016. 「こころの起源―共感から倫理へ」、河合俊雄・中沢新一・広井良典・下條伸輔・山極寿一『<こころ>はどこから来て、どこへ行くのか』、岩波書店、pp.155-200.
新聞記事
- 山極寿一, 2015. 「談論風発―傾聴できる議論重ねて」、時代の風、毎日新聞、4月5日
- 山極寿一, 2015. 「不在を許す心ー過去含めた信頼関係を」、時代の風、毎日新聞、5月10日
- 山極寿一, 2015. 「大学の窓社会に通じる」、サロン「クワトロ」-4人の学長たちの伝言、京都新聞(夕刊)、6月3日
- 山極寿一, 2015. 「大学の窓社会に通じる」、サロン「クワトロ」-4人の学長たちの伝言、京都新聞(夕刊)、6月3日
- 山極寿一, 2015. 「アートとサイエンスー息づいている共通の心」、時代の風、毎日新聞、6月14日
- 山極寿一, 2015. 「ボスよりリーダーたれ-多様な価値混在する社会で」、サロン「クワトロ」-4人の学長たちの伝言、京都新聞(夕刊)、7月29日
- 山極寿一, 2015. 「インターネット講義「MOOC」-大学の国際化実現には」、時代の風、毎日新聞、7月19日
- 山極寿一, 2015. 「ジャングルが生む魅力-大学を探検する」、時代の風、毎日新聞、8月23日
- 山極寿一, 2015. 「今こそ法人化の原点に-夏休みに大学改革を考える」、サロン「クワトロ」-4人の学長たちの伝言、京都新聞(夕刊)、8月26日
- 山極寿一, 2015. 「生還支える希望にーコンラッド「闇の奥」」、読書、京都新聞朝刊、8月16日
- 山極寿一, 2015. 「研究者の矜持肝に銘ず-京大原爆調査班慰霊の集いにて」、サロンクワトロ、9月30日、京都新聞(夕刊)
- 山極寿一, 2015. 「都市と故郷-二重生活のススメ」、時代の風、毎日新聞、9月27日
- 山極寿一, 2015. 「息づく京都学派の精神-次代や政治に流されず」、サロンクワトロ10月28日、京都新聞(夕刊)
- 山極寿一, 2015. 「あらしのよるに-「敵」を作り出す人間」、時代の風、毎日新聞、11月1日
- 山極寿一, 2015. 「目先の効用とらわれず-キーンさんを招いて」、サロンクワトロ11月25日、京都新聞(夕刊)
- 山極寿一, 2015. 「多様性が新しいものを生む」、朝日新聞、11月18日
- 山極寿一, 2015. 「現代の住まい-人間関係の再考を」、時代の風、毎日新聞、12月6日
- 山極寿一, 2016. 「視線の作法を忘れた現代人」、読売新聞(朝刊)、1月1日.
- 山極寿一, 2016. 「分かち合い 人間の根本」、人間とは1、信濃毎日新聞、1月1日
- 山極寿一, 2016. 「サイエンスの楽しさを-サルを超えた人間の能力」、サロンクアトロ1月6日、京都新聞(夕刊)
- 山極寿一, 2016. 「新しい知の共有-学生の発想生かしたい」、時代の風、毎日新聞、1月17日
- 山極寿一, 2016. 「留学生と学術外交-活躍する機会提供を」、時代の風、毎日新聞、2月21日
- 山極寿一, 2016. 「屋根をなくした日本人-一見効率的な暮らしだが」、サロンクアトロ3月2日、京都新聞(夕刊)
- 山極寿一, 2016. 「命つなぐ時間大切に―ゴリラから教わったこと」、時代の風、毎日新聞、3月27日
- 山極寿一, 2016. 「10年後あなたはどこに―青春と平和」、サロンクアトロ3月30日、京都新聞(夕刊)
学会発表
- 山極寿一, 2015. 「京都大学の超高齢社会に対する貢献と安寧の都市ユニット」、京都大学・安寧の都市ユニット5周年記念シンポジウム、1月24日、京都大学医学研究科杉浦地域医療研究センター(京都市)
- 山極寿一, 2015. 「ゴリラと生物多様性保全」、第6回京都環境文化学術フォーラム、2月7日、京都国際会館(京都市)
- 山極寿一, 2015. 「ゴリラ:「サル化」する人間社会」、第4回ひと・健康・未来シンポジウム、2月19日、日本モンキーセンター(犬山市)
- Yamagiwa J, 2015. Evolution of human sociality: What we can learn from gorillas. 1st Kyoto University-UC San Diego Joint Symposium: New Era of Trans-Pacific Knowledge Interactions. March 11, ANA Crown Plaza Kyoto (Kyoto).
- 山極寿一, 2015. 「言語以前のコミュニケーション」、情報処理学会第77回全国大会、招待講演、3月18日、京都大学時計台百周年記念ホール(京都市)
- 山極寿一, 2015. 「家族の由来と未来-ゴリラの社会から考える」、第72回日本生理人類学会大会特別講演、5月30日、北海道大学(札幌市)
- 山極寿一, 2015. 「ゴリラの子育てから見た人間の子どもの不思議」、第62回日本小児保健協会学術集会特別講演、6月19日、長崎ブリックホール(長崎市)
- Yamagiwa J (2015). Gorilla research: Quest for origin of human family. Symposium “Human nature viewed from the long-term field studies of the great apes: chimpanzees, gorillas and orangutans” in the 31st Conference of Primate Society of Japan. 20th July (Kyoto University)
- 山極寿一, 2015. 「こころの起源-共感から倫理へ」、京都こころ会議「こころと歴史性」、9月13日、京都ホテルオークラ(京都市)
- 山極寿一, 2015. 「日本の類人猿学の挑戦-人類誕生の地アフリカで見えてきたこと」、マハレ50周年記念公開シンポジウム「野生チンパンジー学の50年」、9月19日、東京大学弥生講堂(東京)
- 山極寿一, 2015. 「食事は人間に何をもたらしたか」、食の文化シンポジウム「共食-あなたは誰と食事をしますか」基調講演、味の素グループ高輪研修センター(東京)
- Yamagiwa J, 2016. Human capital development to raise collaboration and competitive3ness through innovation between ASEAN and Japan. ASEAN-Japan workshop in Thailand on innovation, science and technology for sustainable development. June 9, 2016, Dusit Thani Hotel (Bankok)
- Yamagiwa J, 2016. University role in conservation of biodiversity. 2nd JASTIP Symposium “Bioresources and biodiversity studies in ASEAN: contribution to our sustainable future”. June 11, 2016. Indonesian Institute of Sciences (LIPI)(Jakarta)
- 山極寿一, 2016. 「類人猿はなぜ熱帯雨林を出られなかったのか」、日本学術会議自然人類学分科会主催シンポジウム「人類1000万年史」、6月25日、東京大学理学部2号館大講堂(東京)