2010年度業績

今年度は、9月12日-18日に第23回国際霊長類学会を京都で開催した。学会長、大会委員長として重責に押しつぶされそうになったが、中川尚史、中務真人両事務局長を始め多くの有能なスタッフの働きのおかげで成功裏に大会を終えることができた。57か国から1000人を超える参加者があり、京都大学時計台は連日外国人の研究者で埋め尽くされた。4年前のウガンダの大会で約束したとおり、なるべく低い参加費で実施したために、発展途上国(霊長類生息国)の研究者や学生が多く参加してくれて、これまでにない活況であった。しかし、その分予算を切り詰めざるを得ず、不況で寄付もなかなか集まらない状況で、スタッフの苦労は筆舌に尽くし難いものであった。関係者の方々、および後援や寄付を頂いた方々や団体に心から御礼を申し上げたい。本大会の目的は「霊長類と人類の共存を目指す」ことにあり、霊長類とその生息域、そして飼育下の環境改善をめぐって多くのセッションをもつことができた。また、日本の霊長類学の初期のテーマであった「霊長類の社会進化」についても多くの討論を展開することができたのは幸いであった。最終日の公開シンポジウムでは霊長類と人間の暴力を進化史、生態人類学、文化人類学、宗教の観点から討論することができた。これはこの4年間基盤研究Sで取り組んできた研究テーマでもあり、シンポジウムで成果を検討することができたのは幸いであった。日本でなければ実現できなかったと思う。オープニングと懇親会では雅楽と声明を演じてもらい、自然環境の保全には科学と宗教の協力が不可欠であることを伝えることができた。また、新しい企画としてStudent Affairs Workshopを開催し、研究分野ごとに研究者と学生の座談会を試みた。それぞれの会で学生が座長を務め、とても有意義な話が聞けたと思う。さて、昨年度に始まったJICA/JSTの地球規模課題対応国際科学技術協力事業「野生生物と人間の共生を通じた生物多様性保全」は、5月に評価会議をリーブルビルで開催し、ガボン人研究者が無事に発表を終えることができた。3月に赴任した調整員の平松直子さんのご尽力のおかげである。6月には岩田有史、中島啓裕がガボンに渡航し、竹ノ下祐二のリーダーシップのもとにムカラバ国立公園の生物多様性総合調査が始まった。最初の試みで思わぬトラブルも多々生じたが、DNA試料の採集やカメラトラップの映像回収も順調に進み、興味深い結果が出始めている。藤田志歩や牛田一成の寄生虫・細菌班の分析も順調である。11月には井上英治が渡航して現地の実験設備の整備を行った。9月から11月にかけては3人のガボン人研究者を日本へ招聘し、京都大学、京都府立大学、山口大学に分かれて、野生動物管理、DNA分析、生物多様性分析、自然保護教育やエコツーリズムの運営法について研修を実施した。京都市動物園と屋久島生物多様性協議会には大変お世話になった。また、ガボンでは松浦直毅や鈴木滋が環境教育や持続的利用に関する調査を実施し、下半期には寺川真理が植物の分布調査を実施した。雇用問題や設備の不備、観察ステーションがまだ建設に入っていないことなど、多くの問題が山積しているが、とりあえず研究計画は実施されて前進していると言うことができる。基盤研究Sによる「資源利用と闘争回避による進化人類学的研究」は4年目を迎え、いくつか重要な成果を学会や研究会で発表した。来年度は最終年度となるので、できるだけ総合的な視野でまとめの作業を行いたい。この4月から理学部長・理学研究科長を拝命したので多忙となるが、何とかフィールドにも行く機会を作って研究者としての責務を果たしたいと考えている。

英語論文

  1. Yamagiwa J, 2010. Japanese primatology and conservation management. Environmental Research Quarterly, Special Issue, Message from Japan’s Green Pioneers: Living in Harmony with Nature, Ministry of the Environment, Government of Japan, pp.15-30.

総説

  1. Yamagiwa J, 2010. Research history of Japanese macaques in Japan. In: Nakagawa N, Nakamichi M, Sugiura H (eds), The Japanese Macaques, Springer, Tokyo, pp. 3-25.
  2. Yamagiwa J, 2011. Ecological anthropology and primatology: fieldwork practices and mutual benefits. In: Centralizing Fieldwork, MacClancy J & Fuentes A (eds), Berghahn Books, Oxford, pp. 84-103.
  3. 山極壽一, 2010. 「人間の社会に共感と道徳はなぜ進化したか」、ひょうご経済, 106 : 30-34.
  4. 山極壽一, 2010. 「社会の由来とこころの進化」、こころの未来, 41 : 36-42.
  5. 山極壽一, 2010. 「ゴリラの単雄群と複雄群に見られる対等性と社会の可塑性」、人間文化, 27 : 6-8.
  6. 山極壽一, 2010. 「「利他」という進化」、特集「人間の条件」、MOKU, 222 : 62-69.
  7. 山極壽一, 2010. 「日本のサル学と保護管理」、季刊環境研究, 158 : 43-55.
  8. 山極壽一, 2011. 「暴力の由来」、日本ユング心理学会編『魂と暴力』、創元社、pp. 11-39.

著書

  1. 小長谷有紀・山極壽一(編), 2010. 「日高敏隆の口説き文句」、岩波書店
  2. 山極壽一, 2010. 「戦争の起源」、総合人間学会編『戦争を総合人間学から考える』、学文社, pp. 5-19.
  3. 山極壽一, 2010. 「霊長類における父親行動というアロマザリング」、根ケ山光一・柏木恵子編『ヒトの子育ての進化と文化』、有斐閣、pp. 53-54.
  4. 山極壽一, 2010. 「ゴリラに学ぶ子育ての深い意味」、The保育101の提言Vol. 3, pp.72-77. フレーベル館
  5. 山極壽一, 2011. 「負の遺産への責任」、京都水族館(仮称)と梅小路公園の未来を考える会編『京都に海の水族館? 市民不在のまちづくり計画』、かもがわブックレット、pp.44-45.
  6. 中村桂子・山極壽一・佐野春仁・西村仁志, 2011. 「いのちと環境から考える」、京都水族館(仮称)と梅小路公園の未来を考える会編『京都に海の水族館? 市民不在のまちづくり計画』、かもがわブックレット、pp.18-24.
  7. 山極壽一・平野啓子・中野正明・青木新門・高田公理, 2011. 「往生―死をめぐる共生」、高田公理編『ともいきがたり』、創元社、pp.132-152.

報告、その他の著作

  1. Yamagiwa J. 2010. President’s Corner. IPS Bulletin, 36 (1) : 1-2.
  2. Yamagiwa J. 2010. President’s Corner. IPS Bulletin, 36 (2) : 1-3.
  3. 鷲田清一・玄田有史・山極壽一, 2010. 「権力と大衆の間で」、特集「なぜいま「市民力」か」、アステイオン 72 : 28-45.
  4. 山極壽一, 2010. 「道徳と市民社会」、特集「なぜいま「市民力」か」、アステイオン 72 : 45-47.
  5. 山極壽一, 2010. 「コンゴの即興物語とその場小説の関係」、Papyrus, 30 : 128-129.
  6. 山極壽一, 2010. 「子どもたちの「食」のために」、『親子のための食育読本』、内閣府食育推進室、pp. 60-64.
  7. 山極壽一, 2010. 「ゴリラの子育て」、どうぶつのくに, 14 : 08.
  8. 山極壽一, 2010 . 書評:フランス・ドゥ・ヴァール著「共感の時代へ:動物行動学が教えてくれること」、日経サイエンス, 470 : 120.
  9. 山極壽一, 2010. 「家族と老年期―ゴリラの記憶から考える―」、創造する市民, 95 : 22-31.
  10. 山極壽一, 2010. 「人の進化は家族の進化」、かるな, 68 : 2-7.
  11. 山極壽一, 2010. 「人間の社会に共感と道徳はなぜ進化したか」、ひょうご経済, 106 : 30-34.
  12. 山極壽一, 2010. 「父性の起源」、ひょうご経済, 107 : 36-40.
  13. 山極壽一, 2010. 「ダーウィンのこだわり」、生物学者のみる夢(1)、ダーウィンが来た、No1 : 18.
  14. 山極壽一, 2010. 「動物たちと会話する能力」、生物学者のみる夢(2)、ダーウィンが来た、No. 2 : 18.
  15. 山極壽一, 2010. 「野生動物と仲良くなる方法」、生物学者のみる夢(3)、ダーウィンが来た、No. 3 : 18.
  16. 山極壽一, 2010. 「おいしい自然」、生物学者のみる夢(4)、ダーウィンが来た、No. 4 : 18.
  17. 山極壽一, 2010. 「シンポジウムII「ホミニゼーション 今西自然学を現代に問う」、総合人間学会Newsletter, 14 : 3-4.
  18. 山極壽一, 2010. 「ゴリラの子守唄」、青淵, 739 : 3-4.
  19. 山極壽一, 2010. 「ゴリラの物語」、SORA, 7 : 12-15.
  20. 山極壽一, 2010. 「共食がもたらした人類の進化」、ひょうご経済, 108 : 20-24.
  21. 山極壽一, 2010. 「ゴリラダンス」、桑兪第7号、pp.44-51.
  22. 山極壽一, 2010. 「老いの進化を考える―霊長類学から」、フォーラム新地球学の世紀30、WEDGE, 23(1) : 52-53.
  23. 山極壽一, 2010. 「人間家族の起源―ゴリラの社会から考える」、文芸教育93 : 64-82.
  24. 山極壽一, 2010. 「シートンと名づけ」、生物学者のみる夢(5)、ダーウィンが来た、No. 5 : 18.
  25. 山極壽一, 2010. 「照葉樹林とサル道」、生物学者のみる夢(6)、ダーウィンが来た、No. 6 : 18.
  26. 山極壽一, 2010. 「足の感覚」、生物学者のみる夢(7)、ダーウィンが来た、No. 7 : 18.
  27. 山極壽一, 2010. 「釣り師の感性」、生物学者のみる夢(8)、ダーウィンが来た、No. 8 : 18.
  28. 山極壽一, 2010. 「くらやみ」、生物学者のみる夢(9)、ダーウィンが来た、No. 9 : 18.
  29. 山極壽一, 2010. 「熱帯雨林との出会い」、生物学者のみる夢(10)、ダーウィンが来た、No. 10 : 18.
  30. 山極壽一, 2010. 「鳥の世界とサルの選択」、生物学者のみる夢(11)、ダーウィンが来た、No. 11 : 18.
  31. 山極壽一, 2010. 「アリと植物の共生に学ぶ」、生物学者のみる夢(12)、ダーウィンが来た、No. 12 : 18.
  32. 山極壽一, 2011. 「ゴリラの心」、生物学者のみる夢(13)、ダーウィンが来た、No. 13 : 18.
  33. 山極壽一, 2011. 「遊びの世界」、生物学者のみる夢(14)、ダーウィンが来た、No. 14 : 18.
  34. 山極壽一, 2011. 「あるミュージシャンの決め技」、生物学者のみる夢(15)、ダーウィンが来た、No. 15 : 18.
  35. 山極壽一, 2011. 「巣作りの謎」、生物学者のみる夢(16)、ダーウィンが来た、No. 16 : 18.
  36. 山極壽一, 2011. 「学ぶサル、教えるヒト」、生物学者のみる夢(17)、ダーウィンが来た、No. 17 : 18.
  37. 山極壽一, 2011. 「フォールバック・フードと類人猿の進化」、2010年度日本人類学会進化人類学分科会ニュースレター、pp. 6-7.
  38. 山極壽一, 2011. 「ヒト上科の性的二型と繁殖戦略」、2010年度日本人類学会進化人類学分科会ニュースレター、pp. 26-27.
  39. 山極壽一, 2011, 「「生態史」という世界を読み解く視座」、『梅棹忠夫―知的先覚者の軌跡』、国立民族学博物館、pp. 52-54.
  40. 山極壽一, 2011. 「人間を人間たらしめるのは団らんというコミュニケーション」、おかずのクッキング, 173: 60-63.
  41. 山極壽一, 2011. 「見つめる目」、生物学者のみる夢(18)、ダーウィンが来た、No. 18 : 18.
  42. 山極壽一, 2011. 「下のしつけ」、生物学者のみる夢(19)、ダーウィンが来た、No. 19 : 18.

新聞記事

  1. 山極壽一, 2010. 「地球環境2010 多様な命のために、生物同士の関係に着目」、高知新聞、5月4日(朝刊)
  2. 山極壽一, 2010. 「ゴリラ 10年後には絶滅のおそれ」、国際霊長類学会会長山極壽一教授に聞く、朝日小学生新聞(7月15日)
  3. 山極壽一, 2010. 「生物多様性を「資源」だけで語るな」、朝日新聞社WEBRONZA、12月20日
  4. 山極壽一, 2011. 「映像を通して「目」を見る―現代政治とコミュニケーション」、朝日新聞社WEBRONZA、1月17日
  5. 山極壽一, 2011. 「『教える』はヒトのあかし―教育とは学びを育む業である」、朝日新聞社WEBRONZA、2月15日
  6. 山極壽一, 2011. 「危機に手をつなぐ姿は「世界の模範」―頼もしい人々の和と輪を思う」、朝日新聞社WEBRONZA、3月22日

学会およびシンポジウム、研究会での発表

  1. Hongo S, Inoue E, Ando C, Yamagiwa J (2010) Newly observed behavior of solitary western lowland gorillas. The 23rd Congress of International Primatological Society, September 13-17, 2010, Kyoto (Japan)
  2. Yamagiwa J (2010) Quest for coexistence with nonhuman primates. The 23rd Congress of International Primatological Society, September 17, 2010, Kyoto (Japan)
  3. 山極壽一, 2010. 「フォールバックフードと類人猿の進化」、第24回進化人類学分科会、6月26日、キャンパスプラザ京都(京都市)
  4. 山極壽一・中村桂子, 2010. 「動物園・水族館の功罪」、公開シンポジウム「京都・梅小路公園に水族館?いのちと環境から考える」、7月22日、ハートピア京都(京都市)
  5. 山極壽一, 2010. 「霊長類の生活史と人類の進化」、第21回日本成長学会、11月13日、秋葉原ダイビル(東京)
  6. 山極壽一, 2010. 「共感社会の光と影―ゴリラと人間の比較から考える」、第28回比叡会議、12月10日、ロテル・ド・比叡(京都市)
  7. 山極壽一, 2011. 「類人猿はなぜ熱帯林を出なかったのか?:ヒト科の生態進化のルビコン」、国立民族学博物館共同利用研究会「人類の移動誌:進化的視点から」、1月22日、国立民族学博物館(大阪市)
  8. 山極壽一, 2011. 「ゴリラ観光の光と影―生物多様性保全と地域振興をめざして」、UNCRDシンポジウム「生物多様性と地域開発」、1月30日、国際連合地域開発センター(名古屋市)
  9. 山極壽一, 2011. 「霊長類の研究と生物多様性保全」、平成22年度日本獣医師会獣医学術学会年次大会特別講演、2月12日、長良川国際会議場(岐阜市)
  10. 山極壽一, 2011. 「ヒトの心と社会の由来を探る?霊長類学から見る共感と道徳の進化?」、高等研公開講演会、2月19日、国際高等研究所(木津川市)
  11. 山極壽一, 2011. 「ゴリラの複雄群化と繁殖戦略」、ホミニゼーション研究会「近親交配再考:人類学から自然保護まで」、3月5日、京都大学霊長類研究所(犬山市)