2026.05.21 研究ニュース

窒素負荷に対する塩淡水境界での自然浄化能力の定量評価
― 沖縄県多良間島の淡水レンズ調査から明らかになった新知見 ―

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ポイント

① 淡⽔レンズの底部や周囲に発達する塩淡⽔境界において脱窒域が広く分布していることを確認
② ⼈為起源の硝酸性窒素の約3分の1がこの⾃然浄化作⽤により地下⽔から除去されていると推定
③ 脱窒の効果を考慮した地下⽔の⽔質管理および海への栄養塩流出評価の重要性を提⾔

概要

硝酸性窒素による地下⽔汚染や海洋への窒素流出は、飲料⽔の安全性や⽣態系に深刻な影響を与える世界的な課題です。⾃然界の流域では、硝酸性窒素が⼟壌や帯⽔層内の微⽣物の働きによって窒素ガスへと還元され、⼤気中に戻る「脱窒」と呼ばれる現象が⽣じます。しかし、このような⾃然浄化作⽤の量的評価は、世界的にもほとんど⾏われてきませんでした。この実態把握の遅れは、地域課題の正確な理解と効果的な対策⽴案の⼤きな障害となっています。
熊本⼤学⼤学院先端科学研究部の細野⾼啓教授、総合地球環境学研究所の安元純准教授、北⾥⼤学海洋⽣命科学部の安元剛准教授、琉球⼤学理学部物質地球科学科の新城⻯⼀教授、カリフォルニア⼤学サンタクルーズ校のAdina Paytan 教授らの研究グループは、沖縄県多良間島における淡⽔レンズ(島嶼部に形成される地下のレンズ状の淡⽔の層)をモデル地域とし、島全体を対象とした網羅的な調査を実施しました。その結果、世界で初めて流域スケールでの脱窒率を推定しました。
本研究では、安定同位体トレーサーにより、脱窒域が淡⽔レンズの底部および周囲に発達する塩淡⽔境界に広く分布していることを初めて明らかにしました。さらに、⽔収⽀と窒素収⽀計算に基づき、⼈為的に帯⽔層中に負荷された硝酸性窒素のおよそ3分の1が脱窒によって⼤気中へと戻されていることを提案しました。これらの知⾒は、島の飲⽤⽔源である淡⽔レンズ地下⽔の硝酸性窒素汚染と、周辺のサンゴ礁海域への栄養塩流出の実態を理解するための重要な情報を提供するものです。
本研究成果は、⽔環境分野の国際学術誌「Water Research」に、2026年3⽉12⽇にオンライン掲載されました。

【研究の背景と経緯】

窒素汚染は、地下⽔汚染や⽔域の富栄養化を引き起こし、環境や⼈の健康、⽣態系に深刻な影響を与える世界的な課題です。⾃然界では、帯⽔層などで起こる「脱窒」と呼ばれる微⽣物作⽤により、硝酸性窒素が無害な窒素ガスへと変換され、陸域から海域への窒素流出が部分的に抑制されています。しかし、このような⾃然浄化作⽤を定量的に評価することは、地下における脱窒域の三次元的な分布を把握することが難しいことに加え、流域内の窒素負荷情報と組み合わせた解析が必要であるため、これまで⼗分に⾏われてきませんでした。
本研究では、この課題の解明に向けて、周囲を脱窒が起こりやすいとされる塩淡⽔境界に囲まれた「淡⽔レンズ」に着⽬しました。研究対象には、世界的にも稀な⾼密度の観測孔ネットワークを有する我が国の淡⽔レンズ研究のベースであり、かつ、活発な農畜産業由来の窒素負荷データが⼊⼿可能な多良間島を選定しました。島全域で採⽔・分析・解析を実施し、脱窒域の分布を明らかにするとともに、その結果を基に窒素収⽀計算を⾏い、島流域全体の脱窒率を定量的に推定しました。本研究の成果は、地域における⽔質管理や沿岸環境保全に向けた重要な科学的知⾒を提供するものです。

【多良間島と調査の概要】

多良間島は東⻄約6 km、南北約4 km、⾯積19.75 km²のほぼ円形の平坦な島で、地下には厚さ数メートルの⾬⽔が浸透してできた典型的な淡⽔レンズが形成されています。多良間島の地質はサンゴ礁起源の第四紀⽯灰岩からなり特に南側には裾礁タイプのサンゴ礁が発達しています。⼟地利⽤は農業および畜産業が中⼼で、その⼤部分がサトウキビ畑および牧草地として利⽤されています。島⺠は飲⽤⽔を淡⽔レンズの地下⽔に依存しており、農業活動が地下⽔中の硝酸性窒素濃度に与える影響が懸念されるため、適切な⽔質管理が求められている地域となっています。さらに、近年では沿岸域の栄養塩濃度の増加やサンゴ被度の低下が報告されており、⽣態系の劣化および保全の観点からも注視されています。
本研究では、2018 年11 ⽉25 ⽇〜29 ⽇、2021 年7 ⽉12 ⽇〜14 ⽇、2022 年4 ⽉27 ⽇〜30 ⽇の計3回の現地調査を⾏い、島全域に分布する観測井、掘り抜き井⼾、⾃然湧⽔、表層⼟壌、海底地下⽔を対象に異なる深度での測⽔・採⽔調査を実施しました(図1)。三次元的な脱窒域の推定には複数の同位体トレーサー⼿法を⽤いました。さらに、地域の⽔収⽀ならびに窒素負荷に関する統計データおよび地下⽔中の窒素濃度の測定結果を取り⼊れた簡便な窒素収⽀計算を通じて脱窒効率を推定しました。なお、淡⽔レンズ内および周辺の地下⽔は電気伝導度に基づき、2 mS/cm以下を淡⽔、2〜20 mS/cmを汽⽔、20 mS/cm以上を海⽔と定義しています(図1)。

図1 多良間島における採⽔地点および淡⽔レンズの賦存状況

【研究の主な内容と成果】

淡⽔レンズ内外の地下⽔の多くはδ¹⁵N 値が0〜6‰で顕著な脱窒の影響を⽰しませんでしたが、⼀部の試料ではδ¹⁵N およびδ¹⁸O の双⽅が増加し、δ¹⁵N:δ¹⁸O ⽐が脱窒ライン(1:1)に⼀致する傾向が確認されました(図2a)。これらのうち、δ¹⁵Nが8‰を超える試料ではNO₃⁻-N濃度が低く(2 mg/L未満)脱窒が進⾏していることが⽰されました(図2b)。δ¹⁵N値の増加を脱窒の進⾏度の指標とみなし、8〜15‰を中程度、15〜30‰を顕著な脱窒として分類すると、深度が増すにつれて脱窒が顕著となり、主に汽⽔域および海⽔域で卓越することが明らかとなりました(図2c)。このことにより、淡⽔域に浸透した硝酸は、淡⽔レンズの底部および周縁部における塩淡⽔境界へと輸送される過程で還元され、N₂へと変換されることが分かりました。これは、島全域スケールにおいて淡⽔レンズ底部の塩淡⽔境界における脱窒分布を明確に把握・可視化した初めての研究であり、重要な成果といえます。

図2 a. 同位体⽐の測定結果、b. 窒素同位体⽐と硝酸性窒素濃度の関係、c. 脱窒域の分布

島の年間降⽔量(1757.5 mm)、浸透率(58%)、循環性地下⽔の淡⽔成分の体積(7,480,000 m³)を考慮した簡単な⽔収⽀によると、降⽔によって置き換わる流動性のある淡⽔成分の平均滞留時間は約135.6⽇と⾒積もられました。⼀⽅で、島全体の窒素浸透量は年間103.7トンと計算され、135.6⽇間で地下に浸透する窒素量は約38.5 トンと推定されました。ここで、地下⽔試料(n = 120)の平均NO₃⁻-N 濃度(3.43 mg/L)を基に地下⽔中の総窒素量は約25.7トンと⾒積もられることから、地表から供給された約38.5 トンと地下⽔中に存在する約25.7 トンとの差である約12.9 トンは、脱窒によって除去されたと推定されます。これは浸透窒素量の実に約33.4%に相当します。この結果は、海底地下⽔湧⽔の測定結果に基づく別の物質収⽀計算の結果とも整合的でした。これら2つの独⽴した収⽀計算から、淡⽔レンズ底部および周縁部の塩淡⽔境界において、浸透窒素の約3分の1が脱窒によって除去されていると推定されます。この結果を年間値にすると、地下⽔に浸透する103.7 トンの窒素のうち、34.6 トンが地中で脱窒除去され、69.1トンが地下⽔経由で沿岸域へ流出する換算となります(図3)。

図3 多良間島における陸域から海への⽔の流れと窒素収⽀を⽰した概念図

【結論と今後の展開】

本研究では、沖縄県多良間島における淡⽔レンズをモデル地域とし、世界で初めて流域スケールでの脱窒率を推定し、⼈為的に帯⽔層中に負荷される硝酸性窒素のおよそ3分の1が脱窒によって⼤気中へと戻されている実態を⽰しました。本研究の成果は、特に世界各地の沿岸域に広く分布する塩淡⽔境界での窒素の挙動を量的に評価する貴重な観測的証拠を提供するものです。ただし、今回の評価は多くの仮定に基づく概算であり、脱窒量を厳密に定量化したものではありません。今後、⽔位、塩分濃度分布、窒素濃度に関するより⾼解像度の時空間データが得られれば、また、物理モデルを組み込んだ地下⽔流動シミュレーションによる検証が進めば推定精度の向上が期待できます。
それでも、本研究は農業由来を主体とする窒素負荷のうち、無視できない規模の窒素が脱窒により帯⽔層から除去されていることを実証した点で重要です。多良間島の主要な飲⽤⽔源である淡⽔レンズにおいて、現状として脱窒は硝酸態窒素濃度を環境基準以下に維持する上で重要な役割を果たしていると指摘できます。さらに、沿岸海域への過剰窒素供給量の低減にも寄与しているものと考えられます。明らかになった脱窒域の分布や脱窒率の数値は、環境配慮型営農の地理的パターンの考案や窒素流出量低減を⽬指した窒素負荷量の⽬標値設定などに役⽴てられます。本成果は島嶼地域における地下⽔管理や沿岸⽣態系の保全に貢献する重要な知⾒を提供するものといえます。

【謝辞】

本研究は、総合地球環境学研究所のLINKAGEプロジェクト(RIHN14200145)および環境省・(独)環境再⽣保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20255005)より⽀援を受けて実施しました。

【論⽂情報】

掲載誌:Water Research
タイトル:Quantitative assessment of denitrification rates at the freshwater-saltwater interface of a limestone island based on isotopic tracers and mass balance calculation
著者名:Takahiro Hosono, Takatomo Ikehara, Jun Yasumoto, Yasuyuki Ueji, Ko Yasumoto, Ryogo Takada, Hiroki Yamamoto, Adina Paytan, Ryuichi Shinjo
リンク:https://doi.org/10.1016/j.watres.2026.125742

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