所長挨拶

所長から皆様へ

山極 壽一 総合地球環境学研究所 所長

総合地球環境学研究所(地球研、Research Institute for Humanity and Nature)は、2001年4月に設立された地球環境学の総合的研究を推進する大学共同利用機関です。そのモットーは「地球環境問題の根源は、人間の文化の問題」であって、大学共同利用機関法人人間文化研究機構に属しながら、自然科学的なデータ基盤を前提にしつつ、人文・社会科学的な視野を幅広く取り入れた研究を実施してきました。

今、地球は多くの難題を抱えています。人口の急増、大都市化、大量の工業生産物や廃棄物、人と物の急速な移動によって、二酸化炭素の増加、温暖化、海洋の酸性化、熱帯雨林の減少といった地球環境の重大な変化が起こっています。新型コロナウイルスによるパンデミックは、自然への人為による大規模な介入がきっかけとなり、近年の人口の急増とグローバルな人と物の動きが引き起こした人災と言っても過言ではないでしょう。プラネタリーバウンダリーという地球にとっての安全域や程度を表す9つの指標のうち、2023年には6つ(気候変動、生態系の損失、土地利用の変化、グローバルな淡水利用、窒素とリンの循環、新規化学物質)がすでに限界値を超えていると指摘されています。2022年に開かれた第27回気候変動枠組条約締約国会議(COP27)では、産業革命前と比べて世界の平均気温上昇を1.5度以下に抑える対策が協議され、気候変動によってもたらされた「損失と損害」について途上国を支援する基金の創設が合意されました。日本は、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると宣言しています。

世界の国々は、2015年に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(SDGs)に取り組んでいます。誰ひとり取り残さないことを目指し、先進国と途上国が一丸となって17の達成すべき目標と169のターゲット(具体的目標)で構成されています。日本はSDGsの課題先進国であり、いくつかの分野では課題解決先進国とさえ言われています。しかし、これらの目標を達成するのは容易なことではなく、さまざまな努力や技術革新が必要です。

とりわけ、これらの問題解決には自然科学的な数値目標や科学技術だけではなく、人々の暮らしを大きく変える社会のあり方が問われなければなりません。新型コロナウイルスによる影響で人々の間の社会的、経済的格差は広がり、自国優先主義の傾向が強まっています。2022年にはロシアによるウクライナへの軍事侵攻、2023年にはハマスとイスラエルの軍事衝突が起こり、国際的な緊張が強まっています。フェイクニュースが人々を混乱させ、情報が人々をつなぐデジタル社会は効率化、均質化へと人々を先導し、地域の自然と結びついていた文化の個性が失われつつあります。2022年にはローマクラブが「成長の限界」から50年を顧みて、2050年までに「貧困」と「不平等」を覆し、「疎外された人々」をエンパワーし、「食料」と「エネルギー」の変革を進める具体的な提案をしています。

それらの提案を肝に銘じて、地球研は地域の文化を大きな足掛かりにするとともに、グローバルコモンズの概念を拡張しながら「未来可能性」を探求し提唱していきます。これまでの23年間で、地球研は43の研究プロジェクトを実施し、それらの研究成果を基にさまざまな提言を行ってきました。これからはそれらの成果を足掛かりにして、地域から地球レベルでのマルチスケールで複合的な環境問題の解決と未来可能な社会を目指す超学際研究(Transdisciplinary Research)を推進します。超学際研究とは、課題に対処するために分野を超えて研究者、企業、政府、自治体、NGOなどが集い、利害関係者も交えて多元的な解決を図る研究活動です。現代は「知識集約型社会」と呼ばれます。しかし、地域には情報にならない知恵や伝統的な考え方がたくさん眠っています。それを掘り起こし、地域の風土にあった未来社会のデザインを描くことが重要になります。

これまで地球研が実施してきたプロジェクトや現在進行中のテーマには、自然科学と人文・社会科学が有効に織り込まれ、世界が注目する大きな成果を挙げてきました。世界的ネットワークのFuture EarthやKYOTO地球環境の殿堂を主導し、世界農業遺産の制度設計を支援するなど、国際的な環境学の拠点となってきました。全国の大学や自治体、企業と連携して「カーボンニュートラル達成に貢献する大学等コアリション」の事務局や、京都府や京都市と連携して京都気候変動適応センターの事務局を務めています。2024年度からは上廣環境日本学センターが始動します。また、総合研究大学院大学の一部局として総合地球環境学の博士後期課程を担い、大学院生を受け入れています。これまでの路線をしっかりと受け継ぎ、未来の学術と社会の在り方を見据えながら地球研の存在意義を世界に示していこうと思います。

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