大気浄化、公衆衛生および持続可能な農業を目指す学際研究:北インドの藁焼きの事例

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研究プロジェクトについて

北インドに位置するパンジャーブ地方では、稲の収穫後に多くの稲藁を焼却するため、大気中に大量の汚染物質が放出されます。その影響はデリーにまで及んでいることが指摘されています。本プロジェクトでは、大気浄化と健康被害改善に向け、パンジャーブ地方における持続可能な農業への転換のために、人びとの行動を変えるためにはどうしたらよいか、その道筋を探求します。

なぜこの研究をするのか

写真1 パンジャーブ州、ルディアーナー県で撮影された稲の藁焼きの様子(2018年11月2日)

写真1 パンジャーブ州、ルディアーナー県で撮影された稲の藁焼きの様子(2018年11月2日)

図1:パンジャーブ州とハリヤーナー州の場所を示す地図。

図1:パンジャーブ州とハリヤーナー州の場所を示す地図。

WHO(世界保健機関)の統計によると、大気汚染が激しい世界の都市の多くはインドの都市にあります。近年、人口密集地であるデリーでは、10月下旬から11月初旬にかけ、深刻な大気汚染が発生し、急性の呼吸器疾患に苦しむ人びとが大勢出ています。この時期に発生する大気汚染の原因の一つとして、デリーの北西に位置するパンジャーブ州・ハリヤーナー州における稲の藁焼きが注目されています(写真1、図1)。稲刈りのあと、残った藁を大量に焼却するのです。インド政府は、2018年から藁焼き対策のための補助金を出し、2019年には州政府から藁を焼かない農家へ補償金が提供されました。今、この地域の農家では、藁を焼かない農法への転換が始まろうとしています。

もともとパンジャーブ地方は降雨量が少ない地域ですが、イギリス植民地時代に灌漑水路網が整備され、以来、農耕地が拡大されていきました。1960年代以降には、いわゆる緑の革命が始まり、穀物生産が飛躍的に増大しました。しかし、急速な穀物増産により、深刻な地下水位の低下が引き起こされました。地下水位の低下を緩和するために、州政府によって雨期が始まるまでの田植え禁止の規制がおこなわれました。その結果、稲刈りの時期が集中し、次の小麦の種まきまでに十分な時間がなくなり、稲藁焼きを増長することにつながったと考えられています。

以上のような要因により、周辺地域では、大気汚染の悪化が進みつつあります。このまま放置されれば、いずれ地下水は枯渇し、人びとは大気汚染による健康被害に苦しむことになってしまうでしょう。今こそ、この問題に取り組むべき時と考えました。

どこで何をしているのか

私たちは、現地の農家の人たちが稲藁を焼かないように行動を変えてもらえるよう、大きく3つの視点から班を組織しアプローチしています。

大気班では、インド北西部のパンジャーブ州・ハリヤーナー州、およびデリー地区で大気汚染物質の一つPM2.5の測定をおこなっています。これらの情報を元に、水田地域で発生する藁焼きによる大気汚染物質がデリーに流入する過程を、大気モデルを使ってシミュレーションし、大気汚染物質の発生量と発生場所を推定しようとしています。このような科学的知見に基づき、人びとに藁焼きの影響を自覚してもらおうとしています。

健康班では、現地での健康教室の開催や健康診断を通して、人びとの健康への意識を変革しようとしています。自分たち、特に子ども達の健康を考えて、きれいな空気を保つ意識を育てようとしています。

農村班は、稲藁を焼かずに有効利用する方法を、文化的背景・社会的背景を考慮しながら検討します。実際に農村での実験を通して、具体的な方法を提案します。稲藁に新しい価値を見いだし、新たなビジネスモデルの提案につながればと願っています。現地ではパンジャーブ農業大学やラブリープロフェッショナル大学、国際稲研究所インド支所(IRRI-India)、デリー大学など多くの研究機関と協力して研究を進めています。

これまでにわかったこと

2017年から2019年の藁焼きシーズンに現地で調査をおこない、政府からさまざまな対策がとられているにもかかわらずパンジャーブ地方の藁焼きは続いていることを確認しました。また、2019年においては、パンジャーブ地方の藁焼きが、少なくとも部分的にはデリーにおける甚大な大気汚染イベントの原因となっていたことをシミュレーションから明らかにしました。

伝えたいこと

きれいな空気というのは、人びとの健康な生活に欠かせない資源であるにもかかわらず、今まで、安全に呼吸ができることをあまりにも当たり前ととらえていたのではないでしょうか。一方、農業をしている人びとも、生きるために作物を作り、理由があって藁焼きをしているのです。自分で自分の周囲の環境を壊していく、そのゆがみを修正できる事例になればと思います。

特筆すべき事項

2020年4月に研究プロジェクトが正式にスタートしましたが、同時期にCOVID-19パンデミックが始まり、インドへの渡航ができなくなりました。このため、現地調査が全くできない異常な一年となりましたが、現地の共同研究者に依頼して、パンジャーブ州全県にわたる2,200件の農家を対象とした大規模アンケート調査を実施することができました。

さらに特筆すべき事柄があります。COVID-19感染拡大防止のためにインドで行われた全国規模のロックダウンによって、予期しなかった大気汚染の改善が見られました。デリーなどの大都市で、人びとは青い空を見ることができたのです。このことは、日頃いかに大気汚染が酷いかということを人びとに思い起こさせる結果になりました(Aakash Newsletter「清浄な空気」の出現と持続可能性への想像力:インドの場合)。さらにリモートセンシングチームでは、ロックダウン前後の大気汚染物質濃度の違いから、大気汚染物質の一つである二酸化窒素(NO2)の人間活動からの排出量の推定に成功しました(図2、3)。

図2:人工衛星データ(TROPOMI)が捉えた二酸化窒素濃度の変化。(左)ロックダウンの直前、(右)ロックダウン直後の二酸化窒素濃度を示す。

図2:人工衛星データ(TROPOMI)が捉えた二酸化窒素濃度の変化。(左)ロックダウンの直前、(右)ロックダウン直後の二酸化窒素濃度を示す。

図3:図2のデータに基づいて求めた、デリー地区における人間活動由来の二酸化窒素排出量の推定結果。左はロックダウン直前、右はロックダウン直後。赤く示されているのは、道路や建物が密集する市街地や発電所からの排出量。

図3:図2のデータに基づいて求めた、デリー地区における人間活動由来の二酸化窒素排出量の推定結果。左はロックダウン直前、右はロックダウン直後。赤く示されているのは、道路や建物が密集する市街地や発電所からの排出量。

プロジェクトリーダー

メンバー

プロジェクトリーダー

氏名所属
林田 佐智子総合地球環境学研究所教授/奈良女子大学教授

国立環境研究所主任研究員を経て、奈良女子大学教授。2019年クロスアポイントメントで総合地球環境学研究所教授。Aakashプロジェクトリーダー。大気微量成分(大気汚染物質や温室効果気体)の研究一筋35年。気象学会、日本大気化学会他で活動。現在リモートセンシング学会会長。

サブリーダー

氏名所属
須藤 重人 農業・食品産業技術総合研究機構

研究員

氏名所属
安富奈津子 特任助教
村尾るみこ 研究員
SINGH,Deepak 研究員
SINGH,Tanbir 研究員
CHOUDHURY, Begum Abida 研究員
荒木  晶 研究推進員

主なメンバー

氏名所属
浅田 晴久 奈良女子大学研究院人文科学系
上田 佳代 京都大学大学院地球環境学堂
PATRA, Prabir K. 海洋研究開発機構地球表層システム研究センター
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大学共同利用機関法人 人間文化研究機構
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