1) 目的と背景
本研究プロジェクトの目的は、熱帯泥炭社会の環境脆弱性への適応と変容可能性について明らかにし、地域住民によるパルディカルチュア(再湿地化した泥炭地における農業と林業)モデルの構築と、持続的な適応型泥炭地管理モデルの実施・検討を目的としている。
東南アジア、特にインドネシアに広がる熱帯泥炭地では、湛水状態の湿地林が維持され、全球の土壌炭素の約20%にも及ぶ植物遺体の蓄積が推定される。熱帯泥炭湿地は長期にわたり人の集約的利用を妨げてきた。しかし、1990年代以降、大規模な排水によりアカシアやアブラヤシなどが植栽され、プランテーション開発が急速に進行し、さらにこれに伴って移民が泥炭地域内に流入し、まさに開発が進んでいる。排水により、泥炭地から二酸化炭素が排出し沈下するが、同時に乾燥した泥炭地は極めて燃えやすく、毎年乾季における泥炭火災を頻発しており、開発の拡大・深化により大規模な火災と煙害は加速的に深刻化している。特に2015年の7月~11月にかけて、非常に広範囲かつ高頻度の泥炭火災が生じ、インドネシアの210万ヘクタール(約北海道4分の1)の面積で火災が生じ、50万人が上気道感染症と診断され、近隣国でも大きな問題になった。火災による膨大な二酸化炭素炭素排出は、喫緊の地球環境問題となっている。
2) 地球環境問題の解決にどう資する研究なのか?
昨年気候変動枠組み条約締結国会議に締結されたパリ協定が2016年11月に発効し、気候変動への緩和・適応は、国際的にも喫緊の課題の一つとなっている。泥炭火災は、インドネシアにおいて膨大な二酸化炭素の排出要因の一つとなっており、インドネシアのみならず、シンガポール、マレーシアなど近隣諸国へ越境して甚大な健康被害をもたらしている。本プロジェクトでは、泥炭火災による膨大なCO2排出(地球温暖化)、煙害による有害粒子状物質等の越境汚染と健康被害等の現地調査を通じて、泥炭湿地林の破壊と住民生活への脅威という熱帯泥炭地問題に対処する根本的な方策を探る。本プロジェクトの中心的テーマである環境脆弱性への適応と変容可能性についての研究は地球環境問題の普遍的課題であり、他地域の問題の理解と解決策の模索のための応用が可能である。
3) 実践プログラムにおける位置付け
実践プログラムでは、人間活動に起因する環境変動と自然災害に柔軟に対処しうる社会への転換をはかるための具体的なオプションの提案を目指している。本プロジェクトでは、地域住民、自治体、リアウ大学、インドネシア泥炭復興庁らの泥炭地管理に関わる諸ステークホールダーと連携し、インドネシアの泥炭火災の予防と煙害の防除のために国、州、地域レベルの実践プログラムのなかで、実際の解決にむけたパルディカルチュアモデルの構築に貢献し、また市場やコミュニティの役割を生かした問題解決の方策を示し、環境脆弱性への適応と変容可能性についての方途を示す。泥炭地アブラヤシ栽培論争に積極的に参加し、工業化の方向も含めたインドネシア環境調和型持続的発展の方策を提示する。実際に泥炭復興庁が実践モデル地域と選定しているリアウ州メランティ県における実践研究を通じて、研究成果がその後のインドネシア全土への普及に貢献する成果となることが期待される。またインドネシアのみならず、マレーシアなどの他地域への応用についても検討を行う。