プロジェクトについて

なぜこの研究を行うのか

窒素はタンパク質や核酸塩基などの生体分子に必須の元素です。地球大気の78%は窒素ガス(N2)からできており、N2はどこにでもあります。しかし、人類を含む生物の大半は安定なN2を直接に利用できません。代わりに、N2以外の形の窒素(反応性窒素、Nr)を必要とします。私たちの食事とは、窒素をタンパク質として摂取する手段でもあります。限られた土地から多くの食料を生産するためには、肥料となるNrが必要です。20世紀初期に実現したアンモニアの人工合成技術(ハーバー・ボッシュ法)は、望むだけのNrを手に入れることを可能にしました。合成されたNrは、肥料に加えて工業原料にも用いられ、人類に大きな便益を与えてきました。近年では燃料といった新しい用途も生まれつつあります。

一方、人類が利用するNrの多くが反応性を有したまま環境へと排出されています。特に食料システムの窒素利用効率(NUE)が低いことが大きな原因です。食料生産のNUEが低いことに加え、タンパク源としてNUEが相対的に低い畜産物を好むことや、食べられるのに捨ててしまう食品ロスといった消費面の問題もあります。エネルギー転換のための化石燃料などの燃焼や廃棄物などの焼却もNrの排出源となります。環境へのNr排出の結果、地球温暖化、成層圏オゾン破壊、大気汚染、水質汚染、富栄養化、酸性化といった多様な窒素汚染が生じ、人と自然の健康に被害を及ぼしています。窒素利用の便益が窒素汚染の脅威を伴うというこのトレードオフを「窒素問題」と呼びます(下図)。現在の地球は将来世代からの借り物です。私たちも将来世代も幸せに暮らせるように、窒素問題を解決に導き、持続可能な窒素利用を実現する統合知を得るためにこの研究を行います。

図 私たちの窒素利用(便益)が窒素汚染(脅威)をもたらす

プロジェクトが目指すブレイクスルー

Sustai-N-ableプロジェクトは3つのブレイクスルーを目指します。

① 窒素の因果解析
窒素利用と窒素汚染の因果関係の定量解析を可能とするツールの開発です。
② 窒素の認識浸透
他の地球環境問題と比べて十分に知られていない窒素問題について様々なステークホルダーへの認識の浸透を図ることです。
③ 窒素利用の将来設計
持続可能な窒素利用の実現に向けた将来設計のアイデアを様々なステークホルダーとの対話から創出することです。

これらのブレイクスルーを成し遂げるために、自然・社会・人文科学の研究者および食文化の専門家など多分野のメンバーが集い、自然の窒素循環と生態系応答の解明、人間社会の窒素循環の解明と将来シナリオ構築、窒素の社会的費用の計測、窒素利用の費用便益評価、各種教育機会の作出、そして、持続可能な窒素利用のフューチャー・デザインなどに取り組みます。

国内では、全国解析に加えて幾つかの研究サイトを設けるほか、関連プログラム・プロジェクトや自治体・行政機関との連携を図ります。国外では、国連環境計画、国際窒素イニシアティブ、欧州越境大気汚染条約反応性窒素タスクフォースなどと連携して取り組んでいきます。

プロジェクトの班構成と主な取り組み

Sustai-N-ableプロジェクトは4つの班から構成されます。自然循環・人間社会・経済評価の各班は学際的な研究を担い、将来設計班は各班の知見を束ねつつ様々なステークホルダーとの超学際的な研究を担います。各班の主な課題を以下に示します。

自然循環班Natural Cycling Unit

班長:木庭 啓介(京都大学)

森林から沿岸まで 森林・湖沼・沿岸における窒素循環に関する生態系機能(特に脱窒)、窒素負荷の生態系影響、流域スケールの窒素動態の解明
全国調査 山の健康診断(京都大学×モンベル)と協力して全国山地渓流水の水質解析、地球研・環境意識プロジェクトの2003年の全国調査との比較解析
解析支援 自然循環に関する知見を他班の解析に提供、他班と連携して必要な環境情報・データを取得
環境教育 他の班と連携し、環境教育における自然科学的な情報を提供し、アウトリーチ活動を共に実施

人間社会班Human Society Unit

班長:松八重 一代(東北大学)

食料システム 食料システムにおける窒素フローおよび環境への各種反応性窒素排出の解析
産業・エネルギー分野 製造産業やエネルギー産業における窒素フローの解析
トレードオフ・シナリオ 脱炭素化と窒素汚染とのトレードオフの解析、将来シナリオの構築
解析支援ツール GISや産業連関・窒素フロー統合解析など、各班の数値解析支援

経済評価班Economic Evaluation Unit

班長:栗山 浩一(京都大学)

窒素の社会的費用 仮想評価法などを用いた窒素対策(例:汚染軽減、浄化機能の強化)への支払い意思額の評価など
行動変容解析 税、補助金、ナッジなどの効果や窒素フットプリントの表示法とその効果の評価など

将来設計班Future Planning Unit

班長:林 健太郎(地球研、プロジェクトリーダー兼任)

因果化解析 ブレイクスルー①  窒素の因果解析に向けて、窒素問題の費用対効果分析や可視化ツールの開発
ナラティブ制作 ブレイクスルー②  窒素の認識浸透に向けて、リーフレット・動画・読み物などを制作、対話型セミナーやワークショップを通じたマテリアル制作(この経験もまたナラティブの一つ)
窒素利用のフューチャー・デザイン 国内外の多様なステークホルダーと実践、窒素コミュニケーションの手法開発
継承 多様な教育機会の創出(学生、教師、専門家、市民ほか)、食・農・環境のつながりを重視(物質面、文化面)

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