気候変動が私たちの未来に投げかける問いを考えてみよう
山極壽一
総合地球環境学研究所 所長

つい最近まで、私たちはこの地球を人間が支配するようになったと考えてきました。情報通信技術によって地球上の至る所と連絡を取り合い、遺伝子を操作することによって人間に都合のいい生物を作り出すことに成功し、まさに「神の手」を獲得しつつあったのです。しかし、この2年間にわたってCovid-19によるパンデミックに見舞われ、この惑星は私たちの目に見えない細菌やウィルスによって支配されていることに気がつきました。私たち人間を含む多くの生物には細菌やウィルス由来の遺伝子が組み込まれているし、人間の腸内には100兆個を超える細菌が共生していて、身体や心のバランスをとることに貢献しています。人間も地球も多くの生物やウィルスとの共生体なのです。
なぜ生物と共生してきたウィルスが私たちに病気を引き起こすようになったのか。その原因の一つに気候変動があります。生物多様性の高い熱帯雨林や海洋で長い時間をかけて共生関係を作ってきたウィルスが、気候が温暖化したり、激しく変動したりしたために変異を起こし、家畜や人間に感染するようになったのです。そして、その気候変動を引き起こした原因は近年環境に対する人為的な影響力が急速に増したことにあります。
地球の人口はこの100年で4倍になり、現在78億に達しています。牛や豚や山羊などの家畜の数もそれぞれ10億を超え、世界の哺乳類のバイオマスの9割を人間と家畜が占めるようになりました。陸地の4割が人間と家畜を食べさせるための畑地と牧草地に変わり、生物多様性の高い森林はもはや3割しか残っていません。都市に人口が集中し、廃棄される化学物質によって大気、土壌、河川、海が汚染され、温室効果ガスによる気候変動が加速しています。
近年多発している地震、津波。火山噴火、森林火災などの自然災害はこうした気候変動の結果であり、気温上昇に伴って北極の氷が融け、氷河が消失し、海水温が上がることによって動植物の分布が変わり、生息域が破壊されて多くの生物が絶滅の危機にさらされています。気候変動によって旱魃や洪水が起こり、作物の不作や飢餓によって生存条件が脅かされ、難民となって移動を余儀なくされる人々も増えています。
1997年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で締結された京都議定書は、世界で初めて先進諸国の温室効果ガスの排出削減について法的拘束力のある数値目標を定めました。昨年公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第6次報告書は、「人間の活動の影響によって大気、海洋、陸地が温暖化していることは疑う余地がない」としました。さらに、世界の地表温度は1850年から1900年の間に比べて1.09℃上昇しており、そのうち1.07℃分が人為的要因であると見なしています。それを食い止めるために、2015年のCOP21パリ協定では、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2020年以降2℃より充分低く抑え、1.5℃に抑える努力を追求すると合意し、昨年のCOP26では1.5℃目標を公式に明記して、2050年までに多くの国が温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを宣言しました。日本もこれに同意し、2030年までに温室効果ガスを46%削減することを公表しました。
しかし、この目標は簡単には達成できません。火力の代わりに水力や風力などの自然エネルギーを増やし、二酸化炭素を吸収するフィルターや水素を利用する方法など様々な技術が開発され始めていますが、これまでのような経済優先の大量生産・大量消費の暮らしを続けていけば、いずれ限界に達することが目に見えています。地球環境のカタストロフィを防ぐためには私たちの暮らし方をドラスティックに変える必要があるのです。
総合地球環境学研究所はこの20年間「地球環境問題の根幹は人間の文化の問題」と捉え、様々な学問分野、行政や市民の参加を得て超学際研究を行ってきました。昨年からは京都府、京都市と連携して「気候変動適応センター」を開設し、近年の気候変動の影響やその対策を検討しています。気候変動はこの地球に生存するすべての人が直面する問題であると同時に、それぞれの自然や文化の特徴に従ってその影響や取り組み方が異なります。この大きな時代の転換期にあって、地域や国の違いを超えて議論することは今後の地球と人間の豊かな未来を考える上で大変重要なことと期待しているところです。