研究プロジェクトについて
貧困問題を背景とする小規模な金採掘(ASGM)による水銀汚染に対して、トランスフォーマティブ・バウンダリー・オブジェクト(社会の持続可能性に貢献できる求心力の高い地域的アイコンなど)を活用した住民とのトランスディシプリナリー実践共同体による変容的な学習と実践で、持続可能な地域イノベーションをもたらします。さらに「水銀ゼロ社会ネットワーク」を立ち上げ、ボトムアップとトップダウンを連携させ、この問題を解決へと導く道筋を解明します。
なぜこの研究をするのか
環境破壊・汚染は、人間社会と自然の相互作用がもたらす深刻な環境問題のひとつです。特に、環境汚染は、局所的な問題からグローバルでかつ多元的な問題へと深刻化しつつあります。開発途上国は貧困問題を背景とする長期的かつ深刻な環境汚染を抱えています。中でも、水銀汚染問題は生態系への影響や人類の健康にとって極めて深刻な問題のひとつです。近年、この水銀の発生源として、零細小規模金採掘(ASGM)が注目されています。このASGMは、簡単な設備と水銀を用いた金採掘で、大気中への水銀放出量の約40%を占めており、地球規模での大気・海洋汚染に広がりつつあります。
どこで何をしているのか
私たちは、ASEAN諸国において、深刻な環境問題のひとつであるASGMによる地球規模の水銀汚染を解決する道筋の解明を研究課題としています。本プロジェクトでは、地域住民、民間企業技術者、NGO職員、地方政府職員および中央政府職員などと協働で、(a)インドネシア・ミャンマーのASGM地域における未来シナリオを活用した水銀汚染低減のための事例研究、(b)インドネシア・ミャンマーの市民協働による水銀ゼロをめざす地域間ネットワーク研究、そして(c)東南アジア諸国の市民協働による環境ガバナンス強化に関する研究、という異なる3つのレベルで研究します。これらの研究を通じて、ステークホルダーと協働でASGM地域に地域イノベーションをもたらし、水銀汚染という環境問題を解決へと導く道筋を解明します。また、ステークホルダーの価値観を変えるトランスフォーマティブ・バウンダリー・オブジェクト(TBO)を活用して、トランスディシプリナリー実践共同体(TDCOP)による変容的な学習によって価値観を変え、地域社会の問題を実践的に解決する手法を理論的かつ実践的に再定義し、設計・活用・評価方法を解明します(図1)。
〈語句説明〉
- 地域イノベーション:それまでに存在しなかった人びとの間のネットワークが作られ、それによって地域社会に大きな転換が起こることです。
- トランスフォーマティブ・バウンダリー・オブジェクト(TBO):社会の持続可能性に貢献が期待できる技術、生業手段、地域的アイコン、活動や機会等を指し、それによって関心がないステークホルダーにも、強い関心を持たせます。
- トランスディシプリナリー実践共同体(TDCOP):問題解決をめざす科学者と多様なステークホルダーが、共同体内で変容的な学習を行うことによって価値観が変化させ、それぞれの所属する組織で問題解決のための活動と協働を実践します。
これまでにわかったこと

図2:インドネシア・ゴロンタロ州における事例研究の全体スケジュール

図3:インドネシア・ゴロンタロ州の事例研究におけるTDCOPの活動における価値観および行動変容過程

写真1:ミャンマー・マンダレー地域における健康影響調査における肺機能検査の様子(2020年2月)
(a)の事例研究では、過去2年半の研究で以下のような研究成果が得られました。
〈インドネシア〉
- 金鉱床の成因と重金属汚染の多様性を解明しました。
- ゴロンタロ州における非ASGM地域における住民の深刻な貧困問題とASGM地域における金鉱山に隣接する村と遠く離れている村のコミュニティ状況の相違ならびにそれぞれの抱える問題を特定しました。
- ゴロンタロ州で特定したTBOを活用して、新たな4つのTDCOPを結成しました(図2 および3)。
- 西ジャワ州南バンドンのASGM地域のブニカシ村では、「水銀による健康リスク」というTBOを活用した対話によって、村民が価値観を変容させ、最終的に自主的にASGM中止を決断しました。
〈ミャンマー〉
- マンダレー地域のタベイキンASGM地区において、2020年2月にASGM地域で予備的な環境・健康影響評価を実施しました(写真1)。それに引き続いて、2020年12月から、鉱山労働者の遠隔健康診断を実施しました。その結果、水銀中毒症状だけでなく、多くの鉱山労働者が肺機能に問題を抱え、結核を患った方がいることも分かりました。
(b)の地域間ネットワーク研究では、以下の研究・実践活動に取り組みました。 - この2年余りで、4回の重金属に関する日本−ASEAN医学セミナーをインドネシアやウェビナーで開催しました。その延べ参加者は、900名を超えています。インドネシアおよびミャンマーを中心として多くの人々が、特に水銀汚染と健康への影響に高い関心持っていることが明かになりました(図4)。
- 超学際的アプローチに基づいた多様なステークホルダーと研究者で構成する「水銀ゼロ社会ネットワーク」を立ち上げる準備を開始し、2021年4月に活動開始します。その目的は、①インドネシア・ミャンマーの国民に水銀の性質や毒性、そしてASGM地域に関連する多様な問題に関する知識・経験を共有するとともに、②住民が生活から水銀を低減するための自主的ネットワーク構築を支援する、ことです。
(c)の東南アジアの環境ガバナンスに関する研究では、以下の研究・実践活動に取り組みました。 - ミャンマー・ヤンゴン市において「UNEP地球環境情報展」(2019年12月9-12日;日本UNEP協会・地球友の会・地球研共催)を開催しました。
- ミャンマー・ネピドーにおいてSRIREPプロジェクト他大学の研究者の連携により、第2回TERPNEP(2020年12月12日)国際セミナーを開催しました。ASEAN7ヵ国、ネパール、日本から約280 名の研究者、学生や多様なステークホルダーが出席しました。この会議では、水銀汚染を含む多様な環境問題に関する研究が紹介され、研究者とステークホルダーとの環境問題に関して抱える課題とその多様な解決へ向けた取り組みについて相互理解を深めました。

図4:第4回 重金属の影響に関する日本−アセアン医学セミナーのポスター
伝えたいこと
環境汚染は人間の社会活動がもたらす深刻な問題です。特に、開発途上国では、環境よりも経済が優先されるため、その解決への道筋が見いだされていません。私たちは、貧困と環境の両問題を解決し、持続可能な社会を作る道筋を明らかにします。研究では、インドネシアとミャンマーにおいて、多様な文化・社会・経済的背景を踏まえた、現実的な問題解決への実証的事例研究をおこないます。また、ASEAN諸国を含めたさまざまなレベルでの協働もめざします。
特筆すべき事項
2020年度は新型コロナウィルスの影響下でしたが、調査者と住民の安全を第一に考えた調査方法を確立し、インドネシアのゴロンタロ・西ジャワ・南東スラウェシ・ランプンの4州において、そしてミャンマーではマンダレー地域で事例研究を実施しました(図1)。その結果、ゴロンタロでは、貧困問題は両域で大きな社会問題であることが明かになりました。そして、4つのTDCOPを組織し(図2、3)、変容的な学習と実践の共同設計を開始しました。また、マンダレー地域のタベイキン地区では、2020年2月にASGM地域で予備的な環境・健康影響評価を実施しました(写真1)。それに引き続いて、2020年12月から、鉱山労働者の遠隔健康診断が開始されました。
地域間ネットワークに関する研究では、2020年10月および2021年1月に、主にインドネシアとミャンマーの人びとを対象とする第3・4回日本アセアン医学セミナー(ウェビナー)を開催しました。両方で約700人の市民が参加しました(図4・2021年1月開催のポスター)。
プロジェクトリーダー
氏名 | 所属 |
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榊原 正幸 | 総合地球環境学研究所教授/愛媛大学社会共創学部教授 |
北海道札幌市生まれ。ASEANの国々を中心に貧困を背景とした環境汚染問題を解決するための文理融合的な研究をおこないます。住民と共に問題に取り組み、環境汚染のない持続可能な社会を作ることをめざします。将来的には、アジア・アフリカ・南米にまでその研究ネットワークを広げたいと考えています。
研究員
氏名 | 所属 |
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君嶋 里美 | 研究員 |
匡 暁旭 | 研究員 |
WIN THIRI KYAW | 研究員 |
METARAGAKUSUMA, Andi Patiware | 研究員 |
MYO HAN HTUN | 研究推進員 |
竹原 麻里 | 研究推進員 |
主なメンバー
氏名 | 所属 |
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松田 裕之 | 横浜国立大学 |
笠松 浩樹 | 愛媛大学社会共創学部 |
島上 宗子 | 愛媛大学国際連携推進機構 |
宮北 隆志 | 熊本学園大学社会福祉学部 |
松本 雄一 | 関西学院大学 |
小松 悟 | 長崎大学 |
ISA, Ishak | 国立ゴロンタロ州大学研究・社会貢献センター(インドネシア) |
JAHJA, Mohamad | 国立ゴロンタロ州大学理学部、国際交流室(インドネシア) |
ABDURRACHMAN, Mirzam | バンドン工科大学地球科学部(インドネシア) |
KURNIAWAN, A. Idham | バンドン工科大学地球科学部(インドネシア) |
ARIFIN, Bustanul | ランプン大学農業学部(インドネシア) |
ISOMONO, Hanung | ランプン大学農業学部(インドネシア) |
BASRI | マカッサル健康科学大学(インドネシア) |
BOBBY | Network Activities Groups(ミャンマー) |