2001年から2006年もしくは2011年にかけて総合地球環境学研究所(地球研)で実施してきた、オアシス地域の水環境の変遷に関するオアシスプロジェクト、が終わって10年以上の時が経過しました。同プロジェクトによって、遠く2000年も昔の漢王朝の時代から現在に至るまで、中国西部にある黒河の流域では、人と自然との関わりの中で、水不足という問題が、幾度も繰り返し生じてきた実態がわかってきました(氷河と砂漠と人間と)。
同プロジェクトに集ったわたしたちは、その研究を遂行する中で、地球環境学ともいえる新たな学問の創設を視野に入れつつ、地域の人々の暮らしと自然環境との相互作用の歴史的変遷過程の復元を通して、同地域の水問題について、文系・理系という学問分野の枠組みを超えた、文理融合的な取り組みを試みてきました(地球研オアシスプロジェクトの動画映像一覧)。それらの試みがある程度うまくいった場合もありましたが、極めて困難であった場合もありました(中尾正義著『地球環境学と歴史学』 山川出版社 (2015))。
プロジェクトが終了してから10年以上が過ぎた今、同プロジェクトでの体験がその後のわたしたちの活動に与えた影響を改めて振り返り、今後の「よすが」ともなることを期待しつつ、2025年の年の瀬12月20日に、名古屋大学内の会場で一種の同窓会ともいえる研究会を開きました。
当日はあいにくの雨模様となりましたが、かつてプロジェクトでともに切磋琢磨した30名近い仲間が北は北海道、南は鹿児島から集まり、実に有意義な、そして楽しい会合を持つことができました。

名古屋大学での研究会当日の集合写真
この会合は、プロジェクトの中で先達ともいえる役割を果たしていただいた、プロジェクト終了後に彼岸へと旅立ってしまわれた先生方の至言ともいえる当時の言説を思い起こす追悼の機会ともなりました。
泉下からの参加者(順不同); 杉山正明先生、弓場紀知先生、相馬秀廣先生、
遠藤邦彦先生、窪田順平先生
その他の参加者
(順不同・敬称略): 竹内望、尾崎孝宏、幸島司郎、井黒 忍、植竹淳、吉川 賢、
山口 悟、的場澄人、中村知子、児玉香菜子、中尾正義、坂井亜規子、東久美子、
村田泰輔、荒川慎太郎、古松崇志、渡邊三津子、井上隆史、承 志、長野宇規、
フフバートル、奈良間千之、藤田耕史、三宅隆之、秋山知宏、井上充幸、森谷一樹
研究会では、参加者の皆さんにプロジェクト終了後の研究活動その他の近況報告をして頂きました。発表件数が多数であったために、一人当たりの持ち時間が、質疑時間を含めて10分程度しかないということになってしまいました。
発表には、プロジェクトの調査地を再訪した報告もありました。かつての調査地域は最近の急激な気象状況の変化にさらされ、社会の様子も大きく様変わりしていました。その変容のすごさに驚かされ、外からの環境変化と人々の暮らしが大きく影響されている、まさに人々の暮らしぶりと地球規模の環境問題とのかかわりを改めて実感させられました。
すべての発表を聞いた後のわたしの最も強い印象は、オアシスプロジェクトの終了後も、みなさん異なる専門領域間の実に多様な融合研究を、今に至るも試みておられるなあということでした。
例えば、「マイナーな言語の緻密な言語学的な論考だけではなく、それら資料の中身の歴史学的な考察から、消えゆく言語を守るための教育活動」や「考古発掘資料の再利用・再解析等による災害対策への貢献」、「牧業の変容や政策的位置づけの議論だけではなく、都市化によって放棄された牧民に残るかつての牧業文化の考察」、「CT技術等を活用した新たな史資料の発見とその活用による新情報の発掘」、「(薄っぺらな?)社会実装ではなく、未来を見据えたバイオエコノミー研究計画の検討」等々、枚挙のいとまのないほどの様々な話題提供がありました。
つまり概念的な文理融合研究ではなく、文・理それぞれにくくられていた個々の学問分野や手法を分離させ、文・理関係なく必要な研究分野や研究手法を糾合して、明らかにしたい目標に向かって協働して研究を進めているという多くの事例を目の前に見せられたのです。まさに具体的な文理融合研究の多様な実践報告にほかなりませんでした。
「文理融合研究」の単なる漢字変換ミスではなく、分離と融合による新たな「分離・融合研究?」の試みともいえるのかもしれません。多くの異なる研究分野を結集して共通する一つの研究目的を追求する、文理融合的な研究を総合研究と呼ぶとすれば、実に多様な総合研究(多様な総合研究を)が数多く萌芽していたともいえるのです。
このことは、隣の芝生(学問分野)は青く見えるという融合研究の実現に立ちはだかっていた一種の壁(『地球環境学と歴史学』)が、(目的を共有する)同一のプロジェクトに協働して研究を進めたというオアシスプロジェクトの経験を経て、「隣の庭の芝生が青いとは限らない」ことを実感し、同時に必要な隣人の協力を、比較的容易に研究仲間として求めることができたという体験が、「(作法が違う)異なる分野との協働に躊躇しなくなった」という、研究者というヒトの進化のたまものだったのではないでしょうか。『地球環境学と歴史学』でも述べましたが、「オアシスプロジェクトの最大の成果の一つは、(こうして進化した)若者が生き生きと育ってきてくれたことではないだろうか」と思うのです。彼らの将来を、そしてさらなる今後の進化を、引き続き見極めつつ見守っていきたいというのはわたしの贅沢なのでしょうか。
最後になりますが、遠路はるばるこの「同窓会」にご参集いただいた「仲間たち」に厚く御礼申し上げます。「同窓会」が実現できたのは、児玉香菜子さんの尽力の賜物です。会場の設営等に関しては、坂井亜規子さんと藤田耕史さんのお世話になりました。記してお礼の言葉とさせていただきます。
(2026年1月)