実践プログラム2

生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性

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研究プロジェクトについて

栄養バランスの不均衡が引き起こす流域の環境問題と地域固有の課題をともに解決するにはどうしたらよいか?私たちのめざす流域ガバナンスは、地域の自然の価値を見直し、住民が協働して、その再生に取り組むことから始めます。活動の参加者は、地域の価値に共感・共鳴した瞬間、「しあわせ(Well-being)」を実感するかもしれません。また、自然再生によって生物多様性が豊かになると、それ自身の「栄養循環を高める能力」によって流域の栄養バランスが回復するかもしれません。地域の課題を解決することと流域の栄養バランスを回復することが両立する―そんなガバナンスを実践しています。

なぜこの研究をするのか

図1 流域圏社会-生態システムの健全性を指標とした順応的ガバナンス

図1 流域圏社会-生態システムの健全性を指標とした順応的ガバナンス

物質的に豊かな現代社会では、モノを大量に生産・消費する過程で、窒素やリンなどの栄養素が自然界に過剰に排出されます。これによって生じる「栄養バランスの不均衡」は、世界中の流域生態系において富栄養化や生物多様性の減少を引き起こしています。生物多様性の減少とともにさまざまな生態系サービス(自然の恩恵)が失われつつあります。問題の根本的な解決には、社会・経済活動のなかに、生物多様性の保全と持続可能な利用を組み込むこと(生物多様性の主流化)が必要とされ、地域の実情に即した多様なステークホルダー(利害関係者)との協働が提唱されています。

図2 生物多様性を媒介として、「しあわせ(Well-being)」の歯車が駆動するプロセスに関する作業仮説

図2 生物多様性を媒介として、「しあわせ(Well-being)」の歯車が駆動するプロセスに関する作業仮説

この錯綜する社会・環境問題を解決するために、本プロジェクトでは「順応的流域ガバナンス」というアイデアを提案します(図1)。例えば、流域の富栄養化を解消することは環境行政の重要な課題の1つですが、住民は常に富栄養化問題を意識しながら行動しているわけではありません。私たちは、日々の暮らしの中で直面するさまざまな課題を克服しながら、「しあわせ(Well-being)」を追求しています。

私たちのめざす流域ガバナンスは、失われつつある地域の自然の価値を見直し、住民が協働して、その再生に取り組むことから始めます(図2-①)。活動の参加者は、仲間たちと地域の価値に共感・共鳴した瞬間(図2-②)、「しあわせ」を実感する(主観的幸福感)かもしれません(図2-③)。また、自然再生によって生物多様性が豊かになると、それ自身の「栄養循環を高める能力」によって流域の栄養バランスが回復するかもしれません(図2-④)。地域の活動が流域社会に公共的な価値をもたらすことを科学的に示せれば、その恩恵にあずかる流域住民は地域の活動を間接・直接に支援するかもしれません(図2-⑤)。私たちは、生物多様性を媒介として、地域の絆(結束型社会関係資本)が強まること(図2-③)、そして、地域外の多様なステークホルダーとの交流(架橋型社会関係資本)が深まること(図2-⑥)が「しあわせ」に及ぼす影響を調べています。

流域圏社会-生態システムの健全性とは、「人と自然のつながり」や「人と人のつながり」を育み、地域の自然がもたらす価値を未来に引き継ぐことにほかなりません。健全性を高めつつ、地域の課題を解決することと流域スケールで栄養バランスを回復することが両立しうるガバナンスを実践します。このガバナンスを成功に導くには、私たち研究者が流域社会の一員として、多様なステークホルダーと問題意識を共有し、その解決に向けてともに学び、新しい環境知(人と自然のよりよいつき合い方)を創発する「超学際科学」のアプローチが必要です(図2-⑦)。

どこで何をしているのか

主な調査フィールドは、生物多様性のホットスポットである琵琶湖流域です。また、アジアの途上国モデルとして、人口過密と富栄養化が深刻化するフィリピンのラグナ湖流域で比較研究を実施しています。これら2つの流域社会において、上・中・下流の地域で取り組む自然再生活動に焦点を当てながら、「水のつながり」を介した地域内と地域間の交流を促進しています。

これまでにわかったこと

図3 琵琶湖・野洲川流域とラグナ湖・シラン-サンタ・ローザ流域の河川水のリン濃度(プロットが大きいほど濃度が高い)

図3 琵琶湖・野洲川流域とラグナ湖・シラン-サンタ・ローザ流域の河川水のリン濃度(プロットが大きいほど濃度が高い)

野洲川は都市河川ですが、その上流森林域は琵琶湖水系でも有数の水質の高さを誇ります。実際、森林渓流水のリン濃度は非常に低い値を示します(図3a)。ところが、中流域では、リン濃度が急激に増加します。農地から流出した栄養分の影響が示唆されます。下流域は、住宅が密集するにもかかわらず、リン濃度はむしろ低下します。生活排水が流れ込まないよう流域下水道が整備されているためです。

次に、ラグナ湖流域をみてみましょう(図3b)。河畔植生が残る最上流部こそ低いリン濃度を示しますが、ひとたび住宅密集地を通過すると、リン濃度が一気に上昇します。野洲川流域に比べて、リン濃度が1桁高く、栄養バランスは極端にリンに偏ります。この高濃度リンがラグナ湖に流入すると、深刻なアオコ被害を引き起こします。急速に経済発展するラグナ湖流域では、開発の波が下流から上流に押し寄せています。宅地造成が進むなか、下水道整備の遅れがリン汚染の一因と考えられます。

かつて、ラグナ湖流域の住民は、身近な泉を水汲みや憩いの場として利用してきました(写真1 左)。ところが、簡易水道の普及によって、泉は放棄され、荒れ果ててしまいました(写真1 右)。いま、調査流域では、水辺の自然を再生する機運が高まりつつあります(写真2)。

写真1 コモンズ(共有地)として管理の行き届いた泉(左)。簡易水道の普及によって、荒れ果てた泉(右)。

写真1 コモンズ(共有地)として管理の行き届いた泉(左)。簡易水道の普及によって、荒れ果てた泉(右)。

写真2  泉の維持・管理を担う村の主婦たちと身近な水辺の生きもの調査(左)。公民館にて観察会(右)。オカズ採りの対象となる生きものへの造詣が深い。

写真2 泉の維持・管理を担う村の主婦たちと身近な水辺の生きもの調査(左)。公民館にて観察会(右)。オカズ採りの対象となる生きものへの造詣が深い。

伝えたいこと

先進国は、科学技術によって富栄養化を克服してきました。昔に比べて川はきれいになりましたが、川辺で遊ぶ人の姿はめっきり減りました。水道や下水道の普及によって、私たちの暮らしは便利で快適になりましたが、生活世界の水辺はずいぶん遠ざかってしまいました。インフラによって安心・安全が保障される現在の暮らしは、はたして「しあわせ」といえるでしょうか?この研究を通して、「しあわせ」とは何か?未来可能な社会とは何か?その答えを追い求めます。

集合写真

メンバー

プロジェクトリーダー

氏名所属
奥田 昇総合地球環境学研究所准教授

京都大学生態学研究センターにて、生態学の立場からミクロとマクロをつなぐ生物科学の統合を図ってきました。現在は、超学際アプローチにより、流域環境問題を解決すべく社会と科学の共創をめざしています。人と自然と酒をこよなく愛する。

サブリーダー

氏名所属
谷内 茂雄京都大学生態学研究センター

プロジェクト研究員

氏名所属
石田 卓也プロジェクト研究員
淺野 悟史プロジェクト研究員
池谷  透プロジェクト研究員
上原 佳敏プロジェクト研究推進支援員
渡邉 桐枝プロジェクト研究推進支援員

主なメンバー

氏名所属
岩田 智也山梨大学大学院総合研究部
伴  修平滋賀県立大学環境科学部
大園 享司同志社大学理工学部
陀安 一郎総合地球環境学研究所
脇田 健一龍谷大学社会学部
SANTOS-BORJA, Adelina C.Laguna Lake Development Authority
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