プロジェクトの概要

 

栄養循環プロジェクトについて

 

栄養バランスの不均衡が引き起こす流域の環境問題と地域固有の課題をともに解決するにはどうしたらよいか?

わたしたちのプロジェクトは、保全活動を通じて地域の自然に価値を見出した参加者が、その価値を他者と共有することによって、活動の輪を広げることをめざします。

他方、自然再生によって生物多様性が豊かになると、生きもの自身の「栄養循環を高める能力」によって流域の栄養バランスが回復することも期待されます。

地域の課題を解決することと流域の健全性を回復することが両立するガバナンス(問題の当事者が協働して解決に取りくむ意思決定のプロセスやしくみ)の有効性を実証します。

 

なぜこの研究をするのか?

 

物質的に恵まれた現代社会では、食料などモノを大量に生産・消費する過程で、リンや窒素などの栄養素が自然界に過剰に排出されます。これによって生じる「栄養バランスの不均衡」は、世界中の流域生態系において富栄養化や生物多様性の減少を引き起こしています。 さらに、生物多様性の減少とともにさまざまな生態系サービス(自然の恩恵)が失われつつあります。人と人のつながりや人と自然とのつながりが希薄化する中、豊かさとは何か問い直してみましょう。

本プロジェクトは、流域の社会と生態系の健全性を「生物多様性(自然)」「栄養循環(モノの循環)」「しあわせ(Well-being)」の3 つの指標に基づいて評価し、その向上を図る「順応的流域ガバナンス(協治)」の手法を確立することを目的とします(図1)。

流域住民が地域の課題に主体的に取り組むことが、結果として、流域の環境問題の解決に結びつくよう、住民・行政・研究者など流域社会の多様なステークホルダー(利害関係者)が協働するガバナンスのしくみをつくることをめざします。

 

 

 

歯車の仮説

 

今から半世紀前、高度経済成長の時代には、琵琶湖やその流入河川に生活・農業排水や工場廃水が大量に流れ込み、富栄養化が深刻化しました。また、水質の悪化によって、生き物の多様性が著しく低下しました。

わたしたちは、「歯車の仮説」に基づいて、流域ガバナンスを実践します(図2)。この歯車は、人間が自然と向き合うことによって動き出します。失われつつある地域の自然の価値を見直し、その対象を「地域の環境ものさし」として再生・保全することから始めます(図2の①)。

活動の参加者は、目に見える生き物の個体数や景観の変化をとおして、活動の有効性を実感することに喜びや楽しみを感じたり、地域の価値に共感・共鳴する仲間が増えることにやりがいを感じたりするかもしれません。この地域の絆が深まるプロセスが潤滑剤となって、「しあわせ」の歯車が回り出すことにより、自然再生活動が促されます。また、自然再生によって生物多様性が豊かになると、生きもの自身の「栄養循環を高める能力」によって流域の栄養バランスが回復すると期待されます。

 

 

 

このような地域活動が流域全体の健全性の向上に資する価値を生み出すことを科学的に示し、社会に見える化することによって(図2の②)、その恩恵にあずかる流域住民による地域活動への参加や緑の消費運動が促されるかもしれません。また、行政による保全活動の制度的支援につながるかもしれません。地域の活動が経済的な利益を生み出したり、地域間の交流を深めたりすることによって、地域が活性化すれば、生物多様性そして栄養循環の歯車はさらに好転すると期待されます。

 

プロジェクトのゴール

 

地域の価値を超えて、流域の健全性を向上するための新たな価値を多様なステークホルダーと共有・共創することがこのガバナンスの究極的なゴールです。本プロジェクトでは、先に述べた4つの歯車の好循環をもたらすしくみや条件を明らかにするために琵琶湖流域、および、フィリピンのラグナ湖流域で比較調査を実施しています。

 

 

 

 

 

 

調査エリア

 

主な調査フィールドは、生物多様性のホットスポットである琵琶湖流域です。また、アジアの途上国モデルとして、人口過密と富栄養化が深刻化するフィリピンのラグナ湖流域で比較研究を実施しています。これら2つの流域社会において、上・中・下流の地域で取り組む自然再生活動に焦点を当てながら、「水のつながり」を介した地域内と地域間の交流を促進しています。

 

リーダーからのメッセージ

 

現在の便利で快適な暮らしは、科学技術によってもたらされたものです。一方、今日の環境問題もまた科学技術が生みだしたものに他なりません。環境問題を克服するために開発された技術が新たな問題を生みだすという負の連鎖を断ち切らねばなりません。

地球、そして、身の回りで生じるさまざまな問題を同時に解決し、わたしたちがよりよく生きられる社会をつくるには、皆で知恵を出し合い、協働する全く新しい科学のアプローチが必要です。人類がこの地球で持続的に暮らしていくには、自然から得られる資源を節度よく利用し、その恩恵を将来世代に受け継いでいかねばなりません。

わたしたちの暮らしは、昔にくらべて物質的・経済的に豊かになりましたが、人や自然と触れ合う機会が減る中で精神的な豊かさは失われつつあると感じます。このような暮らしぶりは、はたして「しあわせ」といえるでしょうか? この研究を通して、豊かさとは何か? 「しあわせ」とは何か? その答えを追い求めてみたいと思います。