●資源領域プログラム
地域に根ざした小規模経済活動と長期的持続可能性―歴史生態学からのアプローチ
羽生淳子 総合地球環境学研究所
WEBER, Steven Washington State University
池谷和信 | 国立民族学博物館 |
金子信博 | 横浜国立大学大学院環境情報研究院 |
佐々木剛 | 東京海洋大学海洋科学部 |
内藤大輔 | 国際林業研究センター |
福永真弓 | 大阪府立大学21 世紀科学研究機構 |
細谷 葵 | お茶の水女子大学グローバル人材育成推進センター |
松井 章 | 奈良文化財研究所 |
米田 穣 | 東京大学総合研究博物館 |
AMES, Kenneth | Portland State University |
ALTIERI, Miguel | University of California, Berkeley |
BALÉE, William | Tulane University |
CAPRA, Fritjof | Center for Ecoliteracy |
FITZHUGH, Ben | University of Washington |
LIGHTFOOT, Kent | University of California, Berkeley |
NILES, Daniel Ely | 総合地球環境学研究所 |
OWENS, Mio Katayama | University of California, Berkeley |
SAVELLE, James | McGill University |
SLATER, David | 上智大学国際教養学部 |
安達香織 | プロジェクト研究員 |
大石高典 | プロジェクト研究員 |
日下宗一郎 | プロジェクト研究員 |
濱田信吾 | プロジェクト研究員 |
竹原麻里 | プロジェクト研究推進支援員 |
経済活動の多様性とその規模、長期的持続可能性は密接に関係しています。本プロジェクトでは、考古学、古環境学、人類学、生態学、農学などの立場から過去と現在の事例を検討し、地域に根ざした食料生産活動がなぜ重要なのか、また、それを機能させるためには何が必要かを考えます。その結果に基づいて、社会ネットワークに支えられた小規模な経済活動とそれにともなうコミュニティを基礎とした、人間と環境の新しい相互関係性の構築を提唱します。
なぜこの研究をするのか
本プロジェクトでは、地域に根ざした小規模で多様な経済活動、特に小規模な生業(食料生産)活動の重要性を、人間社会の長期的な持続可能性という観点から研究します。出発点は、「高度に特化された大規模な生業活動は、短期的にはより大規模のコミュニティを維持することを可能にするが、生業の多様性の減少は、長期的には生業システムとそれにともなうコミュニティの脆弱性を高める」という仮説です。
食料生産活動の多様性とその長期的な持続可能性については、諸分野でさまざまな議論が交わされていますが、そのほ とんどは短期的な視野から経済的利益と損失を論じており、100 年以上の時間幅を扱う研究は多くありません。これに対して、本プロジェクトでは、「長期的な持続可能性」を少なくとも数百年から数千年にわたる持続可能性と定義します。このような視点から研究を行なうためには、過去の研究を扱う考古学者や古環境学者が、現代の事例を扱う研究者と問題意識を共有しながら研究を進めることが大切だと考えます。
どこで何をしているのか
図1 主な研究対象地域
主なフィールドは、東日本と北アメリカ西海岸(北米北西海岸地域~カリフォルニア)を中心とする北環太平洋地域です(図1)。北環太平洋地域には、気候・植生・地震の多さなど、共通する要素がたくさんあります。さらに、東アジアから新大陸への人類拡散にともなう更新世末期以降の歴史的連続性や、海洋資源や木の実などに依存した小規模社会の豊富さなど、歴史・社会・文化的共通性も重要です。特に東日本は、豊富な考古資料に恵まれているとともに、現代日本における食料生産の中心地です。一方、北アメリカの西海岸は、考古資料と、先住民族によるサケ漁など小規模経済に関する民族誌が豊富であるとともに、近年では小規模な有機農業やファーマーズ・マーケットなど、食に関する新しい動きの中心地となっています。北環太平洋両岸の過去と現在を比較することによって、食の多様性と生産活動の規模、システムの持続性などの相互関係を検討し、その結果を従来型の大規模な食料生産活動に代わる「オルタナティブ」な食や農の議論に生かしていきたいと考えます。この目的のために、次の3つの研究班を設置しました。
写真1 カリフォルニアの
ファーマーズ・マーケット
写真2 縄文時代の遺跡の発掘(植物の種子や木の実の殻などを集めるための土壌サンプル採取)
図2 文化の長期的変化の原因・条件・結果
- (1)長期変化班:冒頭の仮説を検証するために、考古学資料と古環境資料を分析します。具体的には、生業活動の多様性とそれにともなうコミュニティ規模の時間的変化をいくつかの指標から検討し、仮説に対応する長期的変化が観察されるかどうかを調べます。生業の多様性の指標としては、遺跡から発掘された動・植物遺体(動物の骨や植物の種子・実など)、生業に使った道具の多様性、古人骨の安定同位体データや土器の残存脂肪酸分析などを使います。コミュニティ規模の指標としては、集落遺跡の規模、遺跡分布の変化から推定された地域人口などが挙げられます。これらの変数と、図2 に示したような諸要素との関係を分析し、生業の多様性と規模について、歴史的動態の理解をめざします。
- (2)民族・社会調査班:民族誌学・社会学、生態学などの成果に基づき、近・現代における小規模社会・経済のあり方と、それらが直面している問題を分析します。小規模な水産業、有機栽培や不耕起栽培を含む小規模農家、先住民族のコミュニティなどでインタビューや観察をするとともに、生産活動の規模の差が土壌や水質などの環境に与える影響の違いについて、化学的・生物学的な分析をします。
- (3)実践・普及・政策提言班:過去・現在の事例から得られた知見に基づき、小規模で多様な経済の長所を取り入れた食料生産システムを提案・実践し、生徒や市民を対象としたセミナーや教育活動を行ないます。
これまでにわかったこと
2013 年度は、東日本における長期変化班の研究、特に、青森県の縄文時代前期・中期(約5300 ~ 4300 年前)のデータ分析を中心に、予備研究を進めました。その結果、縄文時代中期の中頃に生業の多様性が減少した可能性が高いこと、それにともない、遺跡数がいったん増加したのちに急激に減少することがわかりました。これに対し、北アメリカの西海岸では、この時期に生業の多様性と推定人口に大きな増減はみられません。この差が何によるのか、その結果として何が起こったのかを検討することが今後の課題です。
民族・社会調査班では、東日本と北アメリカ西海岸の両地域で、食料生産の多様性とその規模について、農業、水産業の両方について予備研究を進めています。この班のフィールドには、東日本大震災で被害を受けた小規模な有機農家と漁業コミュニティも含まれます。
実践・普及・政策提言班の活動は、長期変化班、民族・社会調査班の研究結果と連動するため、その本格的な活動開始は上記の2 つの班と比べ、全体に後発となります。2014 年度は、カリフォルニア大学での実習授業を通じて、コミュニティ菜園の開発などを計画中です。
伝えたいこと
地球上に広がりつつある、高度に特化された大規模な食料生産システムは、一見、経済的効率が高いようにみえます。しかし、それらは、長期的には水質汚染や土壌劣化などの深刻な地球環境問題を引き起こしています。さらに、大規模な生産システムは、気候変動や地震などの天災や政治・社会情勢の変化により、壊滅的な被害を受ける場合があります。地球環境へのダメージを減少させるとともに、未来社会の多様性・柔軟性と災害時の回復力を高めるためには、これまで過小評価されてきた小規模な食料生産の重要性を見直す必要があると私たちは考えます。そのためには、過去と現在の事例の統合的な研究が役立ちます。