HOME > 研究プロジェクト一覧 > 農業が環境を破壊するとき――ユーラシア農耕史と環境

農業が環境を破壊するとき――ユーラシア農耕史と環境

プロジェクトのホームページ

地球研年報(業績一覧など)

プロジェクトリーダー

佐藤洋一郎 総合地球環境学研究所

研究プロジェクトについて

農業は人間と自然のかかわりの原点とも言えます。このプロジェクトでは、ユーラシア大陸を3つの農耕圏――「イネ農耕圏」・「ムギ農耕圏」・「根栽類農耕圏」に分け、それぞれの風土-作物-食文化の相関性に注目しながら農業と環境の関係をその起源から捉えなおしてきました。特に「遺伝的多様性」をキーワードとして、農業と環境の「1万年関係史」の構築を図るとともに、将来の食と農のあり方を考えるための手がかりを探りました。

 

何がどこまで分かったか

人間文化の端緒をなした農耕は、環境変化の影響を受けてきた一方で、地球環境に大きなインパクトを与え続けてきました。このプロジェクトでは、風土の違いや歴史的な変遷を考慮することで、農耕活動と自然環境の関係性のダイナミズムを描き出すことを試みました。特に注目したのは、洪水や塩害などの災害による農業生産の破たんとそこからの回復の過程でした。「イネ農耕圏」では、池島・福万寺遺跡(大阪府)などの調査を行いました。絵図などの歴史資料やプロキシデータ(種子、花粉、プラントオパール、DNA等)の分析から、災害に対して人々は、新品種の導入、耕作法や作物の変更 、水利調節など、さまざまな対応策を講じてきたことが分かってきました。私たちはこれらを「しのぎの技」と呼び、破たんからの再生のプロセスを明らかにしました。また、「ムギ農耕圏」では、動植物遺存体が多数出土した小河墓遺跡(中国・新疆ウイグル自治区)に注目しました。自然科学分析ならびに過去の史料・画像等の分析を通じて、現在は砂漠が広がる遺跡周辺でも、小麦畑、牧草地、森林といった人為生態系が存在した可能性を指摘しました。他方、西アジアや「根栽類農耕圏」のパプアニューギニアなどでは、初期農耕に関する考古学調査を進めました。作物の栽培化が漸次的に進行した数千年のプロセスであったことが明らかになり、農耕起源について従来唱えられてきた農業革命説や気候変動説に疑義を呈しました。

 

地球環境学に対する貢献

時間スケールにもよりますが、農業活動にはそもそも持続可能性はありえません。大事なことは、破たんの回避(risk hedge)、生産性低下の緩和(mitigation)、崩壊からの回復(recovery)などのプロセスの研究であると考えられます。農業における未来可能性の研究とは、こうした概念の整理、過去における事象の研究と未来社会への適用の研究です。こうした点を伝統的「焼畑」の検証を通じて明らかにしました。

 

成果の発信

●風土と農耕の関係の意義について

一般市民を対象に公開講座「ユーラシア農耕史──風土と農耕の醸成」(全12回 2008‐2009)などを行い、書籍シリーズ『ユーラシア農耕史』(全5巻 2008‐2010)、『麦の自然史』(2010)、『焼畑の環境学』(2011)を刊行しました。

●遺伝的多様性の社会的重要性について

東南アジアを中心に関連分野の研究者が一堂に会し、「国際野生イネ会議」(タイ・バンコク 2009)にて取り交わした提言「バンコク宣言」に基づき、タイ(イネ調査開発局:BRRD)とラオス(イネ・商業作物研究センター:RCCRC)では行政機関が政策レベルでの実施方策を検討するにいたっています。

これらの成果発信の集大成として企画展「あしたのごはんのために」(東京・国立科学博物館 2010‐2011)を開催し、来場者は延べ14万人にのぼりました。同時に展示図録としてDVDブック『食の文明と未来~風土から未来の食を考える~』を制作しました。

図 Human-Food Web(人と食の連関図)
Human-Food Web(人と食の連関図)
砂漠化などの環境変動は自然的要因だけでなく、人口圧をはじめ、さまざまな人為的要因を含む複合的事象であり、それによる農業生産の破たんが次の新たな生産活動の萌芽でもあることを示しました

 

pagetop