研究プロジェクトについて
森林−農業フロンティア、すなわち小規模農業と焼畑耕作の営まれている熱帯ランドスケープは、現在大きな変化に直面しています。衛星画像の解像度とデータ処理能力の向上により、やがては森林に戻る焼畑耕作と、恒久的な農地への転換、すなわち森林破壊とを識別できるようになりました。森林・休閑地・耕地が入り混じった焼畑景観から、商品作物栽培のための画一的な景観への転換により、多様な生態系サービスが失われ、土壌中などに蓄積されてきた炭素が大量に放出されています。中央アフリカや東南アジアの熱帯地域では、フロンティアでの森林破壊により、景観や生業、また地域住民の福利(well-being)の急速な変容が起きています。このことはグローバルな環境問題であると同時に地域の社会・生態システムの危機でもあります。本プロジェクトでは、森林フロンティアにおける開発と変容をさまざまな背景をもつ地域で事例研究を行い、より衡平で持続可能な開発経路を可能にする条件について明らかにすることを目的としています。
なぜこの研究をするのか
既存研究とリサーチ・ギャップ
東南アジアや中央アフリカの国々の、開発・土地・林業に関する政策には、しばしば焼畑耕作を禁止・非合法化する規制が含まれています。こうした規制は、焼畑耕作は森林破壊をもたらす後進的な農業形態であるという長年の見解に基づいています。しかし、そうした政策は、焼畑耕作コミュニティを冷遇し、利益の公正な分配を妨げ、マーケットを優遇する改革を支持する傾向があることが、プロジェクトメンバーによるものを含む先行研究で明らかにされてきました。このような背景を踏まえて、本プロジェクトでは、以下の2つのリサーチ・ギャップの解決に取り組みます。
リサーチ・ギャップの1点目は、森林−農業フロンティアにおける衡平性と環境正義の問題に関するものです。急速に減少する森林フロンティアにおける変容は、脆弱性の低減と不確実性の増加をもたらしました。本プロジェクトでは、地域社会がもともと持つ脆弱性(例:所有する農地の重要性の低さ、市場へのアクセスの欠如、意思決定プロセスからの排除)と、新たに生みだされた不確実性(例:プランテーション開発による土地剥奪、持続不可能な負債、大きな人口流出、生産にかかわる社会関係の変化)とを識別します。国家や民間セクターが推し進める「持続可能な開発」や「農地改革」は、プランテーション・鉱業・インフラ建設・木材伐採などの特定産業への利益集約を引き起こし、新たな不確実性や脆弱性を生みだしています。地域コミュニティの、土地や資源に対する伝統的で複雑な権利体系も森林−農業フロンティアの特徴であり、このような開発は、伝統を破壊し、権利や利用をめぐる紛争や、さまざまな格差を生み出す可能性があります。この分野の研究はまだあまり進んでおらず、こうした新しい不確実性が発生する兆候を理解することが、私たちが実施しようとしている衡平性と変容に関する研究の重要な部分です。
リサーチ・ギャップの2点目は、フロンティアにおける森林破壊問題の根底にある、権力関係・言説的実践・インセンティブ構造のダイナミズムに関するものです。例えば、森林のプランテーションへの転換・需要の高い作物の導入・インフラ整備・土地投機などの要因と結果を調査した研究は、比較的多く存在しています。これらの研究では、計画どおりに生態系サービスと住民の福利の双方が向上することはまれであり、しばしば、どちらか、あるいは双方が、損なわれることも示されています。こうした結果の違いは、主に背景にある制度的要因や、さまざまなレベルのガバナンスや社会の根底にある政治・権力構造によるものです。また地域住民の、変わりゆく森林や土地へのアクセスや権利に対する対応方法も影響します。ただし、異なる結果をもたらした政治経済的な利益・言説的実践・インセンティブ構造の根底にあるダイナミクスを調査した例はほとんどありませんでした。このような森林-農業フロンティアの変容から誰が利益を得ているのか、森林-農業フロンティアにかかわる決定に、自身の利益になるよう影響を与えることができるのは誰なのか、を明らかにするためには背景にある権力構造を理解する必要がありますが、その構造に関する研究はさらに少ない状況にあります。
どこで何をしているのか
研究方法
本プロジェクトでは、分配・手続き・認識・文脈における衡平性という多元的な要素を含む社会的・環境的公正さ、というレンズを通して、森林フロンティアにおける開発と変容を検討します。まず第1に分配における衡平性とは、森林−農業フロンティアの変容によるコストと利益の分配における衡平性であり、誰が得をし、誰が損をするかを問うものです。第2に、意思決定手続きにおける衡平性とは、意思決定プロセスへのアクセスと参加における衡平性であり、誰が参加し、誰が除外されるかを検討するものです。第3に、認識における衡平性とは、利害関係者の知識・能力・規範・価値を考慮し、開発プロセスにおいて誰の世界観が認められるかを問うことです。第4に、文脈における衡平性とは、ジェンダーと権力関係・社会構造・差別と植民地制度からの負の遺産など、深く根差した社会的条件に関わる衡平性であり、これらの条件は、特定の不平等性がいかにして、またどのような理由から、時を越えて固定化し、再現されるのかを説明するだけでなく、衡平性の概念がどのように形成されるかを説明するものとなります。
プロジェクトの構成と研究計画
本プロジェクトでは、さまざまなバックグランドをもつ地域で事例研究を行い、オルタナティブな変革をもたらしうる可能性を分析します。事例研究の対象地域は、マレーシア・ボルネオ島(サバ州・サラワク州)、東南アジア大陸部(ミャンマー・ラオス)、コンゴ盆地(カメルーン・コンゴ民主共和国)です。これらの地域は、生態、社会、制度に違いがあり、森林−農業フロンティアの変容についての研究に適したフィールドです。空間データ・地域の先住民族の知識・政策文書・貿易データなど、さまざまな知識体系における一次データと二次データを組みあわせて分析を進める予定です。
本プロジェクトは、相互に密接に関連した5つの研究モジュールで構成されています(図:プロジェクト構造を参照)。第1モジュールでは、対象地域の森林−農業フロンティアにおける開発の言説的分析を行います。第2・第3モジュールでは、変容過程で発生した生態系サービスのバンドル(組み合わせ)と住民の福利(またはその欠如)を取り上げます。第4モジュールでは、変容を引き起こす主体とのコミュニケーション・エンゲージメント・協働による知識の創出を扱います。第5モジュールでは、モジュール・スケール・国家を超えた統合的な比較分析を行います。事例研究から得られた異なるコンテクストの比較分析から、現在も多様な森林ランドスケープに依存して暮らす数百万人もの人びとにとって、より衡平で持続可能な開発経路を可能にする条件と妨げる条件の特定を行います。
図:プロジェクト構造と各研究モジュール
プロジェクトリーダー
氏名 | 所属 |
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WONG, Grace Mun Yee | 総合地球環境学研究所准教授 /Stockholm Resilience Centre, Stockholm University |
アメリカのフロリダ大学で森林政策と経済学の博士号を取得。初期の研究では、熱帯地方の生物多様性に富んだ環境の変化における社会的、経済的、生態学的なトレードオフの評価を行っていました。ここ数年は、インドネシアのCIFOR(Center for International Forestry Research)およびストックホルム・レジリエンス・センターにおいて、森林および社会生態系の政治とガバナンスの問題に研究の重点を移し、特に権力、ジェンダー、交差性、衡平性の検証に注力しています。過去20年間、東南アジア、ラテンアメリカ、そして最近ではサハラ以南のアフリカで現地調査を行ってきました。
研究員
氏名 | 所属 |
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Samuel ASSEMBE-MVONDO | 上級研究員 |
DHIAULHAQ, Ahmad | 上級研究員 |
Catherine HEPP | 研究員 |
BOON Kia Meng | 研究員 |