2023.04.21

研究ニュース

私たちの身近にある「土地」の使い方が地域の未来を左右する
~自然の恵みと災いからとらえる土地利用総合評価(J-ADRES) 第2版~

【発表のポイント】

  • 「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」の視点をもとに、日本各地の土地利用の状況を総合的に評価した成果を、J-ADRES(ウェブサイト)の第2版として公表
  • 第1版で公開した2010年頃の評価結果に加えて、第2版では、2050年の将来シナリオである「このままの将来」と「改善した将来」の分析結果を公開
  • 自治体(市区町村)ごとに2つのシナリオを比較して、土地利用のあり方を検討するための基礎情報を提供
  • 第2版の「災害からの安全度」では、第1版での洪水による浸水災害に加えて、土砂災害と高潮による浸水災害も評価

J-ADRESウェブサイト

J-ADRESウェブサイト

【発表の概要】

近年、豪雨や台風による浸水災害や土砂災害が頻発し、甚大な被害が発生しています。気候変動にともなう災害の激甚化や頻発化が心配されるなか、より一層の災害リスクへの対応が求められています。一方、自然は、災いだけでなく、さまざまな恵みも私たちの社会や暮らしにもたらします。自然の恵みを最大化しつつ災いを最小化できるかどうか、それはそれぞれの地域社会の未来可能性にとって重要な課題です。この課題を土地利用のあり方から考えるため、総合地球環境学研究所(地球研)のEco-DRRプロジェクト(リーダー:吉田丈人 地球研客員教授・東京大学教授)の研究グループは、2010年頃の土地利用を「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」の2つの観点から総合的に評価するJ-ADRES第1版を2022年5月に公開。このたび、さらに2050年の将来についてシナリオ分析を行い、その結果を盛り込んだ第2版を公開しました。

図1 J-ADRES(第2版)のトップページ

【土地利用総合評価を公開した第1版】

日本各地の土地利用はさまざまです。市街地や工場などの都市的な土地利用と河川・湿地・森林・農地などの自然的な土地利用があり、土地の使い方によって、自然は豊かな恵みをもたらすこともあれば災いをもたらすこともあります。自然的な土地利用は、生態系と生物多様性を基盤としたさまざまな自然の恵みをもたらす一方、洪水や土砂崩れといった危険にさらされている都市的な土地利用は災害リスクをはらんでいます。

J-ADRESの第1版では、2010年前後の土地利用を対象として、土地の使い方によって洪水に対する災害リスクを回避している程度を示す「災害からの安全度」と、生態系・生物多様性がもたらす「自然の恵みの豊かさ」(生態系サービス)の観点をもとに、日本各地の「土地利用総合評価」を行いました。

【第2版は2つの将来シナリオによる評価を加えてバージョンアップ】

第2版では、将来の土地利用の工夫によって、どれだけ自然の災いを避けながら自然の恵みを享受できるかについて評価するため、2050年の将来について2つのシナリオを設定しました。「このままの将来(なりゆきシナリオ)」では、人口分布と土地の使い方は現状の変化傾向が続いていくと仮定しました。もう一つの「改善した将来(Eco-DRRシナリオ)」では、土地の使い方を見直し災害リスクを回避するとともに、自然の恵みを積極的に活用すると仮定しました。具体的には、自治体ごとの人口自体は「このままの将来(なりゆきシナリオ)」と同じ傾向をたどりますが、災害ハザードのある場所の居住をできるだけ避ける一方、安全な場所に居住する人口ができるだけ減らないような将来を想定しました。また、災害ハザードがある場所で居住者がいなくなった土地は、二次林や湿地の生態系に自然再生すると想定しました。

J-ADRESは、それぞれの自治体(市区町村)ごとに2つの将来シナリオのもとで「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」をそれぞれ評価し、それらを総合した「土地利用総合評価」を行っています(注)。また、第1版では、大雨がもたらす洪水による災害のみを対象としていましたが、第2版には土砂災害や高潮災害の評価も追加しました。

図2 シナリオ分析のイメージ

【「改善した将来」ではほとんどの自治体で「災害からの安全度」スコア改善、ただし課題も】

「このままの将来(なりゆきシナリオ)」と「改善した将来(Eco-DRRシナリオ)」の結果を比較することで、土地利用のあり方が災害リスクと自然の恵みにどう影響するかを理解し、土地利用を工夫することで「災害からの安全度」をどこまで増やすことができ、それと同時に、「自然の恵みの豊かさ」をどこまで確保できるかを考えることができます。

「このままの将来」に比べて「改善した将来」では、ほとんどの自治体において「災害からの安全度」のスコアが増加しています。しかし、スコアの増加の程度は、自治体によって大きく違います。「災害からの安全度」がもともと高い自治体では、災害ハザードのある場所の居住をできるだけ避けても、スコアの増加はほとんど見られません。しかし、「災害からの安全度」が中程度の自治体では、災害ハザードのある場所の居住を避けることでスコアを大きく改善できる自治体がある一方、危険な場所に住む居住者の数が多い場合には、将来に人口減少しても危険な場所に住み続ける人口は大きくは減らず、「災害からの安全度」スコアがほとんど増加しない自治体もあります。また、「災害からの安全度」が低い自治体ほど、危険な場所に住む居住者の数が人口減少数と比べてとても多く、災害ハザードのある場所の居住を減少する人口分だけ避けても、スコアの大きな改善は見込めないようです。

図3 「改善した将来」で災害からの安全度が増加する自治体の例

一方、「自然の恵みの豊かさ」は、生態系サービスの指標(供給・調整・文化的サービスの14指標)によってスコアの変化は異なります。「このままの将来」に比べて「改善した将来」では、湿地や二次林の生態系が自然再生により増えたことで、炭素吸収量などすべての調整サービスと、供給サービスのうち水供給ポテンシャルのスコアがすべての自治体で維持または増加しています。一方、緑地へのアクセス性などすべての文化的サービスは、自治体によってスコアの増加と減少がばらつきます。これは、「改善した将来」において居住地がよりコンパクトになる分、緑地や水辺から遠ざかることがあるためです。

【身近な土地の使い方に関心を】

以上のJ-ADRES第2版の公開に基づき、その利用について吉田プロジェクトリーダーは「お住まいの地域やご関心のある地域のデータを、ぜひご覧ください。土地の使い方を工夫することが、より良い地域づくりにつながることを知ることができます。ご自身の住まい方など身近な土地の使い方を考えたり、土地利用に関する政策への関心を高めたりするきっかけになればと願っています。」と語っています。

(注)それぞれの自治体ごとに結果をまとめていますが、2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の影響により、将来の土地利用や人口分布の予測が困難な場所が含まれる自治体については、評価できていません。

【語句の解説】

J-ADRES:「自然の恵みと災いからとらえる土地利用総合評価」の英訳であるJapan’s Assessment of land use based on Disaster Risks and Ecosystem Servicesの略。

土地利用総合評価:「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」の2つの視点から評価した土地利用の評価で、自治体ごとに評価結果を集計しています。

災害からの安全度:災害(今回は洪水による浸水)による潜在的な人的および社会経済的リスクに対する安全度で、災害ハザードに曝されていない人々や財産などの割合を評価しています。評価結果には一定の不確実性があります。

自然の恵みの豊かさ:生態系と生物多様性を基盤とする多様な自然の恵み(生態系サービス)を、供給・調整・文化的サービスの14指標に基づいて評価しています。

シナリオ分析:J-ADRESでは、2050年の将来の土地利用について2つのシナリオを設定し、それぞれのシナリオで災害からの安全度と自然の恵みの豊かさを予測評価しました。2つのシナリオの評価結果を比較することで、2050年の未来を構想するための検討材料を提供しています。

【J-ADRESの概要】

URL: j-adres.chikyu.ac.jp

制作:総合地球環境学研究所 Eco-DRRプロジェクト

公開日:2022年5月2日(第1版)、2023年4月21日(第2版)

機能:「土地利用総合評価」「災害からの安全度」「自然の恵みの豊かさ」に関する日本全国地図と自治体ごとのスコア・レーダーチャート、データの読み方・解説、プロジェクト紹介など

【本件に関する問い合わせ先】

総合地球環境学研究所(地球研) 広報室 岡田、中大路、柴田
Email: kikaku[at]chikyu.ac.jp              *[at]を@に変更して下さい。
Tel: 075-707-2450/070-2179-2130

プレスリリースダウンロード

【メディア掲載情報】

2023年4月21日
朝日新聞デジタル (記事をご覧になるには登録が必要です) 

2023年5月8日
京都新聞夕刊1面  (記事をご覧になるには登録が必要です)

2023年5月13日
読売新聞朝刊(京都地域)29面 (記事をご覧になるには登録が必要です) 

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