サンゴ礁島嶼、つまりサンゴ礁をもつ島々に住む人々は、限られた水資源である地下水や湧き水と、水産資源や森林資源の恵みを利用しています。水は姿を変えながら陸と海を循環することでサンゴ礁生態系と陸をつなぎ、地域固有の生物や文化の多様性を育んできました。しかし、近年の土地利用や社会経済の変化による水資源の枯渇や水質の悪化、さらには、気候変動による降水パターンの変化、地球温暖化に起因した海水温や海水準の上昇、海洋酸性化などの海洋環境の変化により、サンゴ礁生態系の劣化が進み、人々は水資源、水産資源、森林資源などの自然資源、すなわちマルチリソースを利用しにくくなっています。

そこで私たちは、環境保全や自然資源管理のための社会のしくみや制度を状況に合わせて地域の人々とともに調整させていく「順応的ガバナンス」を強化し、サンゴ礁島嶼に生きる人々がマルチリソースを利用し続けていけるようにするための研究を行っています。

そのために、本プロジェクトではまず、地下水やサンゴ礁生態系を分析する種々の手段により水循環とマルチリソースの実態を明らかにし、社会経済の変化や気候変動によるマルチリソースの応答を把握・予測します。また歴史生態学的アプローチにより、島嶼の人々の暮らしにおける生物と文化のつながりや多様性を明らかにし、島嶼コミュニティにおける生存基盤の維持機構を解明します。

一方で、行動科学や制度分析により、順応的ガバナンスの制度・組織・意識の変遷や重層性を明らかにします。また、順応的ガバナンスに必要な科学知、在来知、政策知などの知識の関連性を可視化し、さらに統合することで新たな価値を創造する「知の橋渡し」を試みます。

これらの成果により、サンゴ礁島嶼系におけるレジリエントな自然共生社会の実現に貢献したいと考えています。

これまでにわかったこと

沖縄島南部は地下水の硝酸性窒素濃度が高いことが課題です。対策の検討には汚染源の評価が必要なため、私達は地下水モニタリングを1年以上継続中です。今年度は地下水に加えて、汚染源の可能性がある化学肥料や堆肥などの各種安定同位体（窒素、硫黄、ホウ素など）を測定し、汚染機構の定量的な評価を試みました。例えば、ホウ素の濃度や同位体をみると、化学肥料と堆肥は非常に高いホウ素含有量をもち、同位体比は低い傾向があります。これらの平均値から地下水の汚染の程度を見積もると、最大で1%の溶出による汚染の可能性が示唆されます（図1）。

与論島では地域の多様な人々と連携し、歴史生態学的な聞き取り調査と資料調査を実施しました。対話型「ゆんぬ古写真展」で成果を共有し、ブックレット「島と語る 01: 琉球弧・与論島」も出版しました（写真1）。

特筆すべき事項

与論島・多良間島・石西礁湖では、地下水・海底湧水・サンゴ礁の底質などを対象として、水文学・地球化学・サンゴ礁生態学・環境ゲノミクスなどを含む学際的な調査を開始しました（写真2）。水資源の持続的な利用と管理について、地域の多様な人々と一緒に考えるために科学的データを共有・理解する表現手段も検討しています（図2）。

７月に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の世界自然遺産登録が決定しました。ローカルな自然が世界遺産というグローバルな制度で保護されることで人々の意識や行動にどのような変化が生じるのか、地域住民と地域を訪れる観光客を対象としたインターネット調査も開始しました。

2019年度 （令和1）	2020年度 （令和2）	2021年度 （令和3）	2022年度 （令和4）
IS	FS	FS/PR	FR1

研究の流れについて