【安成通信】 早や蜩(ヒグラシ)が鳴く京都
-ヤマセもどき(西日本)とヤマセなし(東日本)の梅雨-

2020年7月22日

<八方のひぐらし四方の鞍馬杉> 神尾久美子

COVID-19対応で、今も自宅勤務の日々が多くなっています。私は夕方6時頃になると、運動不足解消も兼ねて、よく東山連峰の阿弥陀が峰(標高196m)まで自宅から歩いて登ります。頂上にある豊国廟(豊臣秀吉の墓所)まで、森の中に約5百段のまっすぐの階段が参道として続いています。7月10日前後からでしょうか、階段を登っていると静かな森の中で蜩(ヒグラシ)のもの悲し気な鳴き声が響いてきます。地球研での勤務日の帰りは、旧鞍馬街道を北山まで歩いて下りますが、幡枝付近の京大演習林の森から、このところ、やはり蜩の鳴き声が響いてきます。過去数年間の私の記憶では、京都市内の山裾では、蜩は朝夕が涼しくなるお盆を過ぎた頃からしか鳴きませんでした。ちなみに蜩は、俳句の世界では秋の季語です。

今年の梅雨はいつもとは違ういくつかの様相を示しています。梅雨前線の南側に沿って「大気の川」とよばれる大気下層に集中した大量の水蒸気の流れが現れ、その中で時として「線状降水帯」とよばれる雨雲群を形成して1日に数百ミリ以上にもなる豪雨をもたらしています。7月初めには九州などで未曾有の大洪水を引き起こしたことは、すでに多くのメディアにより報じられている通りです。京都では祇園祭の前後で梅雨が明ける年が多いですが、まだ梅雨の状態は続いており、西日本の梅雨明けは7月25日以降になると気象庁は予測しています。

もう一つの特徴は、シベリア方面から南下してきた上空の寒気団の影響が強いことです。この上空の寒気は大気をより不安定にしますので、豪雨はさらに強化されることになります。寒気団の南下は、梅雨前線を南に押し下げて、「梅雨の中休み」ももたらします。 多くの年の「梅雨の中休み」では、前線活動は弱まりますが、南の太平洋高気圧の影響下で、京都も含めた西日本は非常に蒸し暑いのが特徴でした。(この2,3日は確かにそのような日々ですが。)しかし今年は、この寒気団の影響により比較的乾いて低温の天候となり、朝晩は涼しいくらいの日々が多いのです。このような涼しい天気の梅雨の中休みを、私は長く暮らしている京都や神戸であまり経験したことがありません。梅雨の最中にもかかわらず、蜩が早々と鳴きだしているのは、この朝晩の涼しい天候が関係していると、私は想像しています。東北や関東などの東日本では、梅雨の時期は、冷涼で、時として寒いくらいの「ヤマセ」の天候となることが多いことは、昨年の安成通信(2019/07/15 二つの梅雨)でも説明しました。ところが今年は、西日本は「ヤマセもどき」の天候が続く一方、東日本では「ヤマセ」が、今のところほとんど出現していません。なぜこのような東西の天候の逆転が起っているのでしょうか。

今年の「涼しい」梅雨の中休みの典型的な日であった6月20日の天気図を図1に示します。日本海上の高気圧が、まさに北からの寒気団の南下を示しています。比較のため、東北地方の太平洋岸で「ヤマセ」が出現して東日本が低温であった昨年7月9日の天気図を図2に示します。いずれもサハリン島北のオホーツク海には「オホーツク海高気圧」とよばれる梅雨期に特徴的な高気圧がありますが、「ヤマセ」時は、その高気圧の一部が、東北地方の三陸海岸沿いに張り出していることがわかります。しかし、今年は、その中心は日本海上に張り出しており、これが西日本の「涼しい天候」の原因になっています。図1と図2は、似ているようですが、オホーツク海高気圧が日本海の真ん中に伸びているか、それとも二股に分かれながらも東北・関東の太平洋沿岸に伸びているか、の違いが分かります。

図1:2020年6月20日9時の日本付近の天気図(日本気象協会)

図1:2020年6月20日9時の日本付近の天気図(日本気象協会)

図2:2019年7月9日09時の日本付近の天気図(日本気象協会)

図2:2019年7月9日09時の日本付近の天気図(日本気象協会)

なぜ、このような違いが年々生じるのか、まだまだ未解明な部分が多いですが、ひとつのヒントは、この梅雨期にのみ出現するオホーツク海高気圧の成因そのものにあるようです。近年の中村尚氏らのグループによる研究(中村、2015)により、オホーツク海高気圧は、より大規模な現象の一環であることが明らかにされています。すなわち、ユーラシア大陸全域での春から夏に向けた大気の季節変化に伴い、大陸上での(高低気圧の通り道としての)偏西風ジェット気流が北緯60度付近まで北上すること、暖かくなったシベリアと冷たいオホーツク海による東西方向の温度差が、この緯度帯に沿って大陸からオホーツク海上での偏西風の蛇行を引き起こし、オホーツク海上の上空に(ブロッキング高気圧とよばれる)停滞性の高気圧を形成させること、この上空の高気圧がオホーツク海上の地上付近にオホーツク海高気圧を形成すること、このオホーツク海高気圧からの風が冷たいオホーツク海上で冷やされ、北東風の冷気流となって三陸沿岸に沿って南下する「ヤマセ」となる、という仕組みです。すなわち、「ヤマセ」は、ユーラシア大陸全体が夏に向かって急速に暖まっていく中で、海氷に覆われた北極海やオホーツク海域の夏への季節進行が遅れる過程で、ユーラシア大陸東岸付近に形成される特有の大気の循環の一部なのです。オホーツク海高気圧の強さや位置は、したがって、シベリアの大地と北極海・オホーツク海という海洋の年々の季節的な暖まりかたに左右されて微妙に変化します。ちなみに、今年は、1月から6月にかけて、シベリア全域で、かつて経験したことのない異常高温が続いており、森林火災も多発し、「地球温暖化」のシグナルとしても懸念されています(UK Met.Office et al.,2020)。今年の西日本の「ヤマセもどき」と東日本の「ヤマセなし」の梅雨は、シベリアでの異常高温が深く関係した「異常な梅雨」とも考えられます。

<梅雨空に蜩の鳴く地球かな> 哲風

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