幕末・維新に用いられた銃弾の鉛はどこから?〜鉛同位体比から鉛資源の流通を復元〜

2021年12月21日

琉球大学理工学研究科の相澤正隆 博士,岩手大学の溝田智俊 名誉教授,熊本大学の細野高啓 教授,琉球大学理学部および総合地球環境学研究所の新城竜一 教授,長崎県対馬歴史民俗資料館の古川祐貴 博士,山形大学の野堀嘉裕 名誉教授からなる研究チームによる研究成果が、2021年12月9日付で,考古学分野の国際誌「Journal of Archaeological Science: Reports誌」に公開されました。本件に関する取材については、下記の通りになりますので、よろしくお願い申し上げます。

発表のポイント

椎ノ実状の弾丸
  • 幕末・維新で使用された銃弾遺物の鉛同位体比を用いて,銃弾に用いられた鉛鉱石の起源(産地)を検討した。
  • 19世紀前期~中期の鉛資源の世界的な流通シェアは,イギリスが握っていたことが明らかとなった。
  • 出土した約半数の洋式銃の銃弾は,日本産の鉱石を用いて自前で鋳造していたことも明らかとなった。

発表概要

近世~近代は,銃火器を用いた戦争・内戦が世界の各地で勃発しました。日本でも19世紀以降,戊辰戦争(注1)や西南戦争(注2)などが発生し,多量の洋式銃が輸入されました。これらの小銃や銃弾の来歴を検討することで,当時の金属資源の産出状況や,武器マーケットの流通状況などを復元することができます。

これまでの報告により,鉄砲が伝来した戦国時代の銃弾に用いられている鉛は,日本産の鉱石のほか,中国北部,中国南部,朝鮮半島,タイからもたらされていたことが知られていました。一方,19世紀に起こった西南戦争(1877年)で新政府軍が使用した銃弾は,これらのいずれの地域の鉱石とも異なる鉛同位体比(注3)が得られており,その鉛資源の起源については不明でした。

そこで,琉球大学理工学研究科の相澤正隆 博士,岩手大学の溝田智俊 名誉教授,熊本大学の細野高啓 教授,琉球大学理学部および総合地球環境学研究所の新城竜一 教授,長崎県対馬歴史民俗資料館の古川祐貴 博士,山形大学の野堀嘉裕 名誉教授からなる研究チームは,江戸時代末~明治維新期に使用・鋳造された銃弾を多数収集し(図1),歴史学的・考古学的な検討を行うとともに,これらの鉛同位体比の化学分析を実施しました。

検討の結果,この時期に使用・鋳造された約半数の銃弾は外来の鉛資源を使用しており,これらはイギリスからもたらされた可能性が示唆されました。近世は,ヨーロッパ諸国が世界へ進出し始めた時期にあたり,世界的な鉛資源のマーケットも,同時期に大きく変化したことが明らかとなりました。また,残りの約半数の銃弾は,日本国内の鉱山で採掘された鉛鉱石と同じ鉛同位体比を示しました。すなわち,当時の最新式の洋式銃の銃弾であっても,輸入に頼るだけではなく,日本国内でも自前で銃弾を準備していたことが読み取れます。

球状の弾丸と火薬入れ 椎ノ実状の弾丸

図1 球状の弾丸と火薬入れ(左)と椎ノ実状の弾丸(右)

研究の背景と課題

近世~近代は,ナポレオン戦争やアメリカ南北戦争など,世界の各地で銃火器を用いた戦争・内戦が多発しました。日本国内でも,薩英戦争や戊辰戦争,西南戦争などの戦闘が発生し,欧米諸国でデッドストックとなった銃火器が,日本に多量に流入したと考えられています。銃弾には,成型が容易で密度の大きい金属鉛が使用される場合が多く,これらの銃弾は,当時の鉛資源の流通状況を反映した考古学史料とみなすことができます。しかし,幕末の混乱期には銃火器の密輸入も多く,文献記録に残らない物資も相当量存在したことが指摘されています。銃弾の鉛同位体比の検討により,従来の目視形態観察や文献記録の読解からは分からなかった,個々の銃弾の来歴の議論が可能となります。

ただし,日本国内を除くと,銃弾の鉛同位体比から鉛資源の起源を検討した研究例は,世界中にほとんどありませんでした。また,鉄砲が伝来して間もない戦国時代の銃弾に使われている鉛の起源は,古代~中世の考古遺物の検討から,日本,中国北部,中国南部,朝鮮半島,タイの5地域からの鉛鉱山の鉛同位体組成を用いて議論されていました(図2の中の各囲み)。一方,西南戦争(1877年)で新政府軍によって用いられていた銃弾の鉛は,上記のいずれの地域の組成範囲からも外れる鉛同位体比を示し,その来歴は不明でした。

図2 世界の主要な地域の鉛鉱山の鉛同位体比

図2 世界の主要な地域の鉛鉱山の鉛同位体比

本研究の内容

研究チームは,江戸時代末~明治時代初期の3つの時代(開国前,戊辰戦争,西南戦争)に使用・鋳造された銃弾を,日本全国の広い範囲から収集し,鉛同位体比の測定を行いました。

近世以降は,ヨーロッパ諸国が世界各地へと進出していた時代です。そこで,得られた鉛同位体比と,欧米諸国の主要な鉱山の同位体比を比較しました(図2の中の各凡例のプロット)。19世紀前期~中期に流通していた今回分析した約半数の銃弾は,日本国内の鉛鉱山から産出した鉱石の組成範囲内にプロットされましたが,残りの約半数の銃弾は,イギリス産の鉛鉱石の同位体比と一致しました(図3〜5)。すなわち,外来の鉛はイギリスに由来する可能性が分かりました。また、本研究で検討した試料の中には,日本がまだ鎖国している時代に鋳造された球状の弾丸もあり,それらにはイギリス産の鉛も含まれていました(図3)。

鎖国中,徳川幕府は中国(清)とオランダ以外の国との貿易を禁じていましたが,それにもかかわらずイギリス産の鉛を使用した銃弾が鋳造されていたことは,イギリス産の鉛資源が世界規模でマーケットシェアを握っていた証拠だと考えられます。ヨーロッパ諸国が世界各地へ進出したことに伴って,鉛資源の世界的な流通状況も,東〜東南アジア産から約300年の間に大きく変化したことが明らかとなりました。

図3 開国前の球状弾と対州鉱山の鉱石の鉛同位体比

図3 開国前の球状弾と対州鉱山の鉱石の鉛同位体比

図4 戊辰戦争で使用された銃弾・砲弾の鉛同位体比

図4 戊辰戦争で使用された銃弾・砲弾の鉛同位体比

戊辰戦争期には,従来の火縄銃のように,球状の銃弾を前装式で装填・射出するゲベール銃から,有効射程を伸ばすために椎ノ実状の銃弾を用いるミニエー銃,エンフィールド銃,そして,装填速度を向上させるために後装式で椎ノ実状の銃弾を発射するシャープス銃,スナイドル銃などへと,形態が急激に進化した洋式銃が大量に輸入されました。約半数の銃弾が,日本国内の鉱山で採掘された鉛鉱石と同じ鉛同位体比を有することから,当時の最新式の洋式銃の銃弾であっても,輸入に頼るだけではなく,日本国内でも自前で銃弾を準備していたことが分かりました(図4)。

西南戦争で使用された銃弾は,銃弾の形態観察に基づき,新政府軍は最新式の後装式銃(スナイドル銃)を用いていたのに対し,薩摩軍は旧式の前装式銃(エンフィールド銃)を使用していたことが分かっていました。そして本研究により,これまで来歴不明であった西南戦争における新政府軍の銃弾の鉛は,イギリス産である一方,薩摩軍が使用していた銃弾は国産の鉛を使用していたことが分かりました(図5)。すなわち,両軍は兵装の差に加え,武器の供給態勢の違いがあったことも示されました。

図5 西南戦争で使用された銃弾の鉛同位体比

図5 西南戦争で使用された銃弾の鉛同位体比

今後の展望

以上のように,考古学史料の鉛同位体比を調べることで,当時の鉛資源の産地とグローバルな流通状況を復元することができました。近世は世界的に激動の時代であり,特に19世紀は,数十年の短いタイムスケールで,各国の産業技術が劇的に進歩を遂げた時代です。研究チームは,今後も金属考古学史料に用いられている原料の来歴を検討するとともに,より詳細な空間スケールでの金属資源の出所の解明に取り組む予定です。

用語説明

注1. 戊辰戦争・・・1868~1869年にかけて,薩摩藩・長州藩・土佐藩などの西南日本の雄藩を中心とする新政府軍と,旧徳川幕府軍や東北日本の諸藩が戦った日本史上最大の内戦。両軍が配備していた銃火器の性能と数の差が,戦闘の勝敗を分けたと考えられている。

注2. 西南戦争・・・1877年に,西郷隆盛を首班とする旧薩摩士族が引き起こした反乱。江戸時代までは支配階級であった士族の中に,明治新政府の下で特権を剥奪された不満が渦巻く中で,征韓論を契機とする明治政府内の権力闘争が絡み,特に西南日本で士族による反乱が相次いだ。

注3. 鉛同位体比・・・各原子には,同じ元素でも原子核中の中性子の個数が異なるため,質量数の異なる同位体が存在する。このうち,放射線を出して核分裂する同位体を放射性同位体,核分裂しない同位体を安定同位体と呼ぶ。放射性同位体が核分裂をすると,別の元素に変化する。鉛(Pb)の安定同位体のうち,質量数206,207,208のPbは,それぞれウラン238,ウラン235,トリウム232からの最終生成物で,これに鉛204を加えた各同位体の比は,地質イベント(鉱化作用など)の履歴を記録している。銃弾の鉛同位体比は,原料となった鉛鉱石(方鉛鉱など)の鉛同位体比を引き継いでいるため,原料となった鉱石の原産地の推定が可能となる。

論文情報

論文タイトル:Lead isotopic characteristics of gun bullets prevailed during the 19th century in Japan: Constraints on the provenance of lead source from the United Kingdom and Japan.
(19世紀の日本で流通していた銃弾の鉛同位体比:イギリスおよび日本を起源とする鉛の来歴の検討)

雑誌名:Journal of Archaeological Science: Reports

著者:Aizawa, M.1*, Mizota, C.2, Hosono, T.3, Shinjo, R.1,4, Furukawa, Y.5, and Nobori, Y.6
(※責任著者)
1 琉球大学,2 岩手大学,3 熊本大学,4 総合地球環境学研究所,5 長崎県対馬歴史民俗資料館,
6 山形大学

掲載年月:2021年11月9日19時(日本時間)

DOI番号:10.1016/j.jasrep.2021.103268

URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352409X21004806

お問い合わせ先

【研究内容について】

琉球大学 理工学研究科
博士研究員 相澤 正隆
TEL:098-895-8099(理学部物質地球科学科 地学系事務室)
E-mail:e-mail

熊本大学大学院 先端科学研究部
教授 細野 高啓
TEL:096-342-3935
E-mail:e-mail

総合地球環境学研究所 研究部
琉球大学 理学部物質地球科学科 地学系
教授 新城 竜一
TEL:075-707-2372(総合地球環境学研究所), 098-895-8099(理学部物質地球科学科地学系事務室)
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