日本発の農作物の種子は、資源として共有されているのか?
~利用に制限目立ち、地方自治体と国の考えのギャップ明らかに~

2021年12月6日

概要

穀物、果樹、花きなどの農作物の種子は、食料生産としてだけでなく、新たな品種の育種・開発にも欠かせません。こうした生物資源、遺伝資源として種子を保護し、共有しようと国際社会は、新品種の開発と保護に関する国際条約(UVOV条約※1)、農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGRFA※2)を採択し、協力体制を敷いています。こうした条約は、利益を生む一方で、地域間の緊張関係を生じさせることもあります。例えば、都道府県の研究機関が開発した新品種の種子の共有を、産地形成などを理由に制限することも考えられます。

こうした実態を把握し、種子を共有する場「種子コモンズ」の可能性を検討するため、総合地球環境学研究所・小林邦彦研究員と龍谷大学・西川芳昭教授の研究グループは、都道府県を中心に、新品種開発や共有の現状を調べました。その結果、農民等による都道府県が開発した新品種や育成のため収集した種子の入手、利用が、必ずしも資源アクセスの観点から促進されているわけではないことがわかり、植物遺伝資源の取得を容易にするため国際条約を締結した政府の思惑と相反することが明らかになりました。

研究の背景

種子は、食料生産だけでなく、新品種の開発にも必要とされます。こうした新品種を保護するため、国内では種苗法※3などの法律で開発者の権利が保護されているほか、国際的な枠組みでも新品種の開発と保護に関するUVOV条約を締結しています。また、その新品種の育成に使用される遺伝資源としての種子を円滑に取得できるように、食料農業のための植物遺伝資源に関する国際条約であるITPGRFAを締結し、協力体制を敷いています。

しかし、このような国際条約が国内で適用、実施されると、地域の特産物開発などブランド作物による付加価値をつけようとする地域間に緊張関係をもたらす場合もあります。一方で、遺伝資源としての農作物の種子への容易なアクセスは、新たな品種開発への重要なステップとなり、利益を生じさせることも考えられます。

研究の目的

こうした状況の中で地域の新品種の開発を担う都道府県の公的研究機関は、どういう姿勢で遺伝資源の保護と共有に取り組んでいるのでしょう。国際条約が目指す、遺伝資源としての種子の共有に重点を置くのか、反対に産地形成のために共有をせずに、種子の持ち出しを抑制しようとしているのでしょうか。その実態を把握することは、今後の種子に対する政策を考える上で重要です。

研究の方法

そこで研究グループは、まずITPGRFAとUPOV条約の国内実施状況を分析し、国がどのような方針や慣行に従って条約に臨んでいるかを明らかにすることとしました。次に、品種登録のデータベースによって、地方自治体の傾向を分析するとともに、アンケート調査を実施し、地方自治体の政策と実践を解明し、国内の種子を共有する「種子コモンズ」の構築の可能性を探ることにしました。

研究の経過や成果

まず、ITPGRFAとUPOV条約の国内実施状況を分析したところ、新たな品種が開発された後、譲渡、収穫、品種開発という過程(プロセス)の中で、種子を遺伝資源として扱うか、生物資源として扱うかの二つの側面が生まれることがわかりました(図1)。

図1 品種の開発から収穫物の生産までの流れと遺伝資源及び生物資源の両側面との関係について

図1 品種の開発から収穫物の生産までの流れと遺伝資源及び生物資源の両側面との関係について

このうち、ITPGRFAは生物多様性条約の精神を踏まえ、利用を主として遺伝資源として扱い、UPOV条約は主に生物資源としての側面を扱い、それぞれ一定の手続きを経て種子の取得や利用に焦点を当てていました。このように、相互の条約は、相互に補完しあうスキームと考えられました。

ITPGRFAでは、重要な作物種の種子などを入手しやくするため多国間制度「MLS」(Multilateral System)が構築されており、締約国にはジーンバンク(遺伝子バンク)が保有する遺伝資源を提供すること、遺伝資源の提供に当たって、共通の契約書として「定型の素材移転契約(SMTA)」を使用することが義務付けられています。日本では農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)がジーンバンクを運営しています。

UPOV条約では、各国が共通の基本ルールに基づき、植物の新品種を保護し、さらなる品種開発や利用促進することを目指しています。「育成者権を与え、保護する」ことを義務付けるのは、あくまで締約国であって、農家や種苗会社ではありません。この条約が世界で最初に採択されたのは1961年ですが、何度も条約改正され、日本は現在1991年に改正された「UPOV1991条約」を締結しました。このUVA条約の改正を踏まえて、日本の種苗法も改正されています。

ITPGRFAの下では、種子コモンズとしてのMLSがあります。提供した種子を遺伝的に改良して新たな品種が開発された場合、どうなるのでしょうか。1991年のUPOV条約は、多品種を育成する目的で、種子の譲渡を受け、新品種を開発した行為に対しては、育成者権を認めないとしており、整合性は保たれています。しかし、国内で両条約の実施と整合性が確保されているかどうかは、両条約の実施を担う国内法に委ねられているのが現状です。

次に研究チームは、地方自治体による品種の開発状況、種子の配布の実態を約40年間のデータ及びアンケート調査から分析しました。その結果、種苗法に基づく地方自治体の品種登録申請数について、北海道や長野のように過去40年間で200種以上の品種を開発している地方自治体がある一方で、滋賀や大阪のように同期間の品種登録申請数が10以下の地方自治体も確認されました(図2)。なお、論文には記載していませんが、具体的な品種は、北海道では、イネ(36種)、大豆(26種)、メロン(23種)などが目立ち、長野で大豆(25種)、ソルガム(20種)が多く、地域の特産物化を図り、産地形成を狙っているとみられました。

図2 1979年~2020年までの各地方自治体による品種登録出願数

図2 1979年~2020年までの各地方自治体による品種登録出願数

育成品種の配布、制限に関するアンケート調査(複数回答)では、アンケートに回答した8割以上の地方自治体が、育成者権が付与された品種を「管轄内の生産者や生産拠点にのみ配布している」と回答。6割の地方自治体が、配布された品種の種子の再配布を制限しているという実態が明らかになりました(図3)。

また、取得した遺伝資源を他の機関に配布したかどうかの有無を調査したところ、回答した半数の地方自治体が配布したと回答しました。

こうした結果を見ると、農民が、新たな生物資源及び遺伝資源として、地方自治体が開発した品種の種子を入手したり、新品種育成のために種子を利用したりすることは、図3にあるように、配布や利用を都道府県内の農家、土地に限定するなどの条件等をクリアすることが必要なため、必ずしも資源へのアクセスの観点から促進されているわけではないと考えられます(ただし、各地方自治体の開発した、すべての品種に適用されたわけではないので、品種ごとに配布の可否を確認する必要があります)。なお、過去40年間で、都道府県の公的機関が開発した花卉園芸や農作物2814種の新品種のうち、ジーンバンクのあるNAROが保有しているのは130種、わずか5%に過ぎない上、NAROを通じて、「定型の素材移転契約(SMTA)」で海外に配布することができる品種はわずか2種となっています。

こうした地方自治体の実態は、植物遺伝資源へのアクセスを容易にするMLSのようなメカニズムを確立したITPGRFAの精神に賛同する国の考えと相反していることがわかりました。

図3 登録品種を配布する場合に,制限している行為や条件

図3 登録品種を配布する場合に,制限している行為や条件

図4 取得した遺伝資源の他機関への配布の有無について

図4 取得した遺伝資源の他機関への配布の有無について

まとめと今後の展望

今回の研究を通じて、各都道府県の開発した品種の登録数に差があること、開発品種の自家増殖(育種した作物から種子を採り、作物生産を目的に増やすこと)の制限よりも、他の管轄区域(都道府県)での使用を制限する公的機関が多いことがわかりました。さらに、都道府県の新品種開発を担う研究機関は、SMTAによる外国機関への遺伝資源の移転や、MTA(試料提供契約)による国内の他機関への遺伝資源の移転に協力的ではなく、収集された遺伝資源の入手可能性や目的によって、移転できる種子、移転できない種子の品種に差があり、地方自治体によって移転時の、使用制限条件が異なることも明らかになりました。

以上を踏まえると、地方自治体によって状況は異なるものの、収集した遺伝資源や、流通可能となった新品種をまとめて、種子を配布する場「種子コモンズ」を形成することもできると考えられます。地域コミュニティレベルで種子を配布する海外とは異なりますが、都道府県レベルで種子の配布を行う「コミュニティ・シード・バンク」のような機能を果たせる可能性もあるでしょう。

最後に

本研究は、科研費(アジアにおける小規模農業の種子調達メカニズムの持続性評価;17H04627)及び2019年度人間文化研究機構若手研究者海外派遣プログラムの支援を受けている。

用語解説

※1 UPOV条約 「植物の新品種の保護に関する国際条約(The International Union for the Protection of New Varieties of Plants)」。植物の新品種について、商業販売を目的とする生産、販売の際に、新品種開発者の権利(育成者権)という知的財産権を保護することで、新品種の開発の促進や、公益性を担保するためのルールを取り決めた条約。締約国による植物新品種保護国際同盟を形成し、条約事務局をスイス・ジュネーブにおいてルールを取り決める。植物新品種保護国際同盟の仏語略称がUPOV。日本は、1982年に加盟した。メンバー国は現在78か国。

※2 ITPGRFA「食料農業植物資源に関する国際条約(International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture)」。生物多様性条約と調整を図りつつ、食糧生産や農業に用いられる植物遺伝資源を各国が協力して保全、持続可能な利用、公益性を確保すために結ばれた国際条約。重要な作物種(食用作物35種、飼料作物81種)の種子などを入手しやくするため多国間制度(MLS:Multilateral System )を設立。条約締約国は一定の条件を満たす遺伝資源をMLSに含めることが義務付けられ、無償あるいは低廉な手数料で遺伝資源を共有する。条約事務局は、ローマのFAO(国連食糧農業機関)本部内。2004年発効。日本は2013年加盟。締結国は148か国とEU。

※3 種苗法 植物の種子や苗など新たに開発された品種の保護を定めた日本の法律。新品種を農林水産省に申請し、登録されることで、他の知的財産権同様の「育成者権」が保護され、登録品種は最長25年間(果樹などの永年作物は最長30年間)、開発者によって独占、排他的権利が認められる。農家は開発者に対価を払うことで栽培・販売できる。上記のUPOV条約の度重なる改正を受けて改正された。国内で開発されたブランド品種などの海外流出が相次いだことから、開発者の権利を保護するため罰則などを強化した改正種苗法が2021年4月施行された。

論文情報

  • 雑誌名:International Journal of Agricultural Sustainability
  • オンライン掲載日:2021年10月19日
  • 掲載雑誌:Scientific Reports
  • 論文タイトル:Policies and practices of central and sub-national governments for seed commons formation in Japan: will the seeds of the varieties collected and developed be shared?
  • 著者名:Kunihiko Kobayshi & Yoshiaki Nishikawa
  • 主要著者:Kunihiko Kobayshi

  • DOI:10.1080/14735903.2021.1988476
  • URL: https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14735903.2021.1988476

問い合わせ先

総合地球環境学研究所広報室
准教授 岡田 小枝子
電話: 075-707-2450/070-2179-2130  E-mail:e-mail

メディア情報

  1. HOME
  2. 成果発信
  3. リリース
  4. 日本発の農作物の種子は、資源として共有されているのか?
    ~利用に制限目立ち、地方自治体と国の考えのギャップ明らかに~
↑ページトップへ
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構
総合地球環境学研究所

〒603-8047 京都市北区上賀茂本山457番地4

Tel.075-707-2100 (代表)  Fax.075-707-2106 (代表)

みんながわかるちきゅうけん