出自集団で出産するメスは「例外」ではない
―チンパンジー父系社会でメスが出自集団に居残る要因の検討―

2021年1月14日

概要

総合地球環境学研究所 松本卓也 外来研究員(日本学術振興会特別研究員RPD、研究当時は京都大学大学院理学研究科博士課程学生)、京都大学アフリカ地域研究資料センター 花村俊吉 研究員、酪農学園大学獣医学群 郡山尚紀 准教授、北海道大学大学院地球環境科学研究院 早川卓志 助教、東邦大学理学部 井上英治 准教授らは、出自集団に留まって出産したメス(以下、居残りメス)2頭の観察をきっかけに、過去30年分の人口統計学的データ(デモグラフィー)と合わせて居残りメスが出自集団で出産する要因を検討した結果、一般に父系社会とされるチンパンジー集団において居残りメスが例外ではないことを明らかにしました。

野生チンパンジー集団は、性成熟に達したメスが出自集団から出て、オスが出自集団に留まる父系社会と考えられてきました。今回、研究グループは、タンザニア連合共和国のマハレ山塊国立公園に生息する野生チンパンジー「M集団」の居残りメス2頭を詳細に観察し、同集団で過去に観察された5頭の居残りメスの記録と合わせて分析を行いました。その結果、集団個体数の減少や環境収容力の増大による採食競合の度合いの減少、母親や養母からの子育ての援助(下図参照)、仲の良い同時期の居残りメスの存在、比較的若い年齢での出産が、メスが居残る要因として考えられることが示唆されました。さらに研究グループは、同集団において蓄積されてきた人口統計学的なデータを分析し、居残りメスが見られない時期は、性成熟に達したメスの数自体が少ないことを示しました。また、野生チンパンジーの長期調査地の人口統計学的な研究をレビューし、これまで例外とされてきた出自集団で出産するメスが、人口統計学的なデータが公表されているすべての長期調査地で観察されていることを示しました。以上のことから、メスが出自集団で出産するという現象は例外的なものでなく、従来言われてきたよりもチンパンジー社会において一般的な現象であることがわかりました。

本研究成果は、2021年1月14日に国際学術誌「Primates」にオンライン掲載されます。

参考図表

<参考図表>居残りメスのザンティップが母のクリスティーナに毛づくろいしている様子。横にいるのはザンティップの子。こちらを向いている2個体は、チンパンジー父系社会においてはメスが居残らない限りみることのできない孫と祖母である。出自集団で出産するひとつのメリットとして、自分の子の世話を母に手伝ってもらえることが挙げられる。

1.背景

集団生活を営む哺乳類種の特徴として、オスメスのどちらか一方または両方が出自集団から出ていく、つまり移出することが挙げられます。これまで、近親交配の回避、血縁度の高い個体との食物をめぐる競合の回避、より良い資源や繁殖相手を選ぶ機会の確保などの移出のメリットと、血縁度の高い個体からの支援の終了、食物の場所などの知識が利用できなくなること、繁殖の遅れなどのデメリットをオスとメスで比較することで、個体の分散の性差を明らかにする研究が多くおこなわれてきました。

霊長類では、クモザルやチンパンジーなどの一部の種が「メスが出自集団から移出する社会」とされてきました。複数の野外集団で長期調査がなされているチンパンジーでは、出自集団で出産し、そのまま集団に留まるメスの事例がいくつか報告されてきましたが、それらは例外的な事例として扱われてきました。今回、1965年から調査が継続されているタンザニア連合共和国・マハレ山塊国立公園のチンパンジーM集団において、出自集団に留まって出産したメス2頭が同時期に観察されました。そこで本研究では、同集団における過去の事例ならびに他集団の人口統計学的データと合わせて、野生チンパンジーのメスが出自集団で出産する要因を検討しました。

2.研究手法・成果

研究グループはまず、野生チンパンジーの長期調査地(5か所)の人口統計学的な研究成果を集約し、レビューしました。その結果、これまで「例外」とされることの多かった出自集団で出産する居残りメスが、集約したすべての長期調査地で、「例外なく」観察されていることが明らかになりました。つまり、居残りメスと移出するメスの割合には調査地ごとにばらつきがあるものの、チンパンジー社会においては、地域や亜種の違いに関係なく居残りメスが存在することが示唆されました。

次に研究グループはM集団を対象に、居残りメスの過去の事例と今回新たに観察された事例を比較しました。これまで同集団では、1993年から1998年の間(期間Ⅰ)に5個体の居残りメスが報告されています。今回報告した居残りメスは、2013年から2014年の間(期間Ⅱ)に初産を迎えたパフィーとザンティップの2個体です。

7個体の居残りメスの個体特性や他個体との社会関係、および期間ⅠとⅡの集団の状況には一貫した特徴は見られませんでしたが、以下の複数の要因がメスの居残りの要因として挙げられることがわかりました。その要因とは、集団個体数の減少や環境収容力の増大による採食競合の度合いの減少、母親や養母からの子育ての援助(下図参照)、仲の良い同時期の居残りメスの存在、比較的若い年齢での出産です。なお、期間IとⅡの間、つまり1998年から2012年までの間に居残りメスが観察されなかったのは、その期間に性成熟に達したメスの個体数自体が少なかったということが影響している可能性があります。

また、今回報告した居残りメス2個体のうち、1頭(パフィー)が、排卵の可能性の高い発情周期後半に、観察当時集団のαオス(アルファオス:集団内の順位が第一位のオス)であった、母を同じくする兄のプリムスと射精を伴う交尾をする場面が観察されました。後にパフィーが出産した子についてDNAを用いた父子判定をおこなった結果、その子の父親は兄のプリムスではなく集団内の他のオトナオスであることが示されました。この結果は、近親交配の回避はメスが出自集団から他集団へ移出する究極の要因ではあるものの、必ずしも直接的な要因とは言えない可能性を示唆します。

3.波及効果、今後の予定

本研究成果は、チンパンジー社会において出自集団で出産をするメスの存在が、従来言われてきたよりも一般的な現象であることを示唆します。つまり、「チンパンジーの社会は、オスが出自集団に居残り、メスが出自集団から移出する父系社会である」というこれまでの定説は、居残る/移出するのはどちらの性か、という明確な二項対立では割り切れないものとして捉え直す必要があります。チンパンジー以外の種においても、父系社会とされながら「例外的に」出自集団に居残るメスの事例報告は散見されます。本研究の波及効果として、チンパンジー以外の種においても「例外」それ自体に焦点を当てることによって、(ヒトを含む)動物の社会の在り方に関する理解がより進むかもしれません。

ただし、居残りメスが本当にチンパンジー社会にとって一般的な現象であることを示し、メスが居残る理由について明確な結論を得るためには、まだ事例数が不足しています。今後も野生チンパンジーの長期調査を継続し、居残りメスの事例をさらに多く集めることが必要です。

4.研究プロジェクトについて

タンザニアのマハレ山塊国立公園は、故・西田利貞氏(京都大学名誉教授)が野生チンパンジーの調査を開始した1965年から数えて、50年以上も調査が継続されている長期調査地です。論文の著者となっている研究者だけではなく、これまでマハレ山塊国立公園に滞在した研究者や、現地のアシスタントたちによるチンパンジーの人口統計学的データの蓄積が本研究には必要不可欠でした。

マハレ山塊国立公園での野外調査はタンザニア科学技術局、タンザニア野生動物研究所、タンザニア国立公園局の許可を得ておこないました。また、本研究は文部科学省科研費および日本学術振興会科研費(#19J40031 and 20K20875 to TM; 19H05591 to TM and SH; 24255010 to TM and EI; 12J00004 to SH; 24770234 to TK; 12J04270 and 16K18630 to TH)、AA研共同利用・共同研究課題「社会性の起原:ホミニゼーションをめぐって」、総合地球環境学研究所(Project #14300001)による補助を受けました。

研究者のコメント

松本研究員

松本研究員

本研究は、「チンパンジーのメスは出自集団から出ていくものだ」という常識を、ほんの少し変える必要があることを示唆しています。ただし、明確な結論を得るにはまだまだ事例数が少ないです。新型コロナウィルスが世界的に流行し、海外の調査地を維持することはかなり難しい状況ですが、現地の地域社会の人々や政府機関とも協力しながら、今後もマハレ山塊国立公園における調査を継続し、チンパンジー社会の在り方や多様性についてより詳しく知りたいと考えています。

論文タイトルと著者

  • 論文タイトル:
  • Female chimpanzees giving first birth in their natal group in Mahale: Attention to incest between brothers and sisters (出自集団で初産を迎えたマハレのチンパンジー:兄妹間のインセストに着目して)

  • 著  者:
  • Takuya Matsumoto, Shunkichi Hanamura, Takanori Kooriyama, Takashi Hayakawa, Eiji Inoue

  • 掲載誌:
  • Primates

  • DOI:
  • 10.1007/s10329-020-00886-3

問い合わせ先

総合地球環境学研究所 広報室 岡田 小枝子
TEL 075-707-2450 / 070-2179-2130(携帯)
E-mail: e-mail 

  

京都大学総務部広報課 国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
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