ロックダウン後のデリーの青空はPM2.5が40~70%減少したためだった
~大気汚染物質計測では気象条件の考慮が重要なことも明らかに~

2020年8月26日

大気汚染は今も世界各地で広がり、中国やEUでも多くの人々に深刻な健康被害を引き起こしています。WHO(世界保健機関)の統計によると、大気汚染が激しい世界の都市の多くはインドにありますが、新型コロナウイルス感染症による2020年3月25日に始まったロックダウン後、インドでは大気汚染が静まり、きれいな青い空が戻ってきたことが多数報告されました。高度な時間分解能を持つ新しいセンサーの開発を進めてきた総合地球環境学研究所(地球研)を中心とした研究グループは、世界でも有数の大気汚染の過酷な都市であるインドの首都、デリーで、3月1日から4月14日にかけて、大気汚染の重要な因子のひとつとされる直径2.5ミクロン以下のエアロゾル(PM2.5)※1のデータ解析から、青空が戻ってきたのは、PM2.5濃度がロックダウン前に比べて40~70%も減少したためであることを定量的に明らかにしました。一方で、手のひらサイズの高性能センサーを用いた計測から、経済活動によるPM2.5の人為的な発生源が停止していても、気温が低下して(もや)が発生するとPM2.5濃度が上昇することも解明し、今後の大気汚染物質の計測について基本的に重要な知見も突き止めました。

この成果は、8月10日に『Scientific Reports』誌にオンライン掲載されました。

背景と目的

大気汚染は今も世界各地で広がり、中国やEUでも、多くの人々に深刻な健康被害を引き起こしています。WHO(世界保健機関)の統計によると、大気汚染が激しい世界の都市の多くはインドにあり、地球研では、インド北西部で行われている大規模な藁焼きに起因した大気汚染を事例にとり、大気浄化と公衆衛生、そして持続可能な農業のあり方を研究する「Aakash(アーカシュ)プロジェクト」が2020年4月に発足しています。

プロジェクト発足に先立つ3月、新型コロナウイルス感染症の拡大を阻止するためロックダウンが施行され、インドでは大気汚染が静まってきれいな空が戻ったことが多数報告されました。インド北西部のパンジャーブ農村で行われる藁焼きに起因した大気汚染に悩む首都デリーも例外ではありませんでした。デリーの場合、11月初旬に顕著となる大気汚染が、車や工場などの人為的な発生源によるものか、藁焼きの影響によるものかの区別が困難でした。そこで、Aakashプロジェクトの立ち上げ準備を行っていたプロジェクト関係者は、ロックダウンの機会を捉え、開始前後の大気汚染物質濃度を比較し、人為的な活動による大気汚染物質の排出低減の定量化を目指すことを目的として、「ミッション・DELHIS(デリー)(Detection of Emission Change of air pollutants: Human Impact Studies、大気汚染物質排出変化の検出:人為的影響に関する研究)」と名付けた研究活動を開始しました。

方法

研究チームはまず、デリー市の運営する大気汚染物質監視ネットワーク(Delhi Pollution Control Committee (DPCC) )とインド政府が運営する大気汚染物質監視ネットワーク(The Central Pollution Control Board (CPCB)のデータから、デリー市内の8か所の地点について、ロックダウン前後のPM2.5濃度を比較しました。

また、これまでに、ミッション・DELHISのメンバーである名古屋大学名誉教授の松見豊氏と、長崎大学准教授の中山智喜氏は、PM2.5測定用のセンサー「CUPI(Compact and Useful PM2.5 Instrument)」を開発してきました。CUPIは、軽量、コンパクトな高性能なセンサーで、連続した時間変化を継続的に測定できます(図1)。このセンサーで4月1日から14 日まで、デリー郊外のドワルカ(Dwarka)で1時間毎のPM2.5の変化を詳細に解析し、気象観測データと比較しました。

図1 手のひらサイズのPM2.5測定用のセンサー「CUPI(Compact and Useful PM2.5 Instrument)」(左)と、2017年に行われたPM2.5測定事例(右)。

図1 手のひらサイズのPM2.5測定用のセンサー「CUPI(Compact and Useful PM2.5 Instrument)」(左)と、2017年に行われたPM2.5測定事例(右)。
CUPIの詳細は下記論文を参照のこと。
Nakayama et al., 2018
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/02786826.2017.1375078

成果

DPCCとCPCBのデータから、3月25日のロックダウン前後でPM2.5の濃度を比較したところ、図2に示す通り、4月14日までのロックダウンの初期に、PM2.5がその直前の値に比べて40~70%も減少していたことがわかりました。これはロックダウンによって経済活動が停止したことによって、大気汚染物質の放出が一時的に激減したためです。

図2 CPCBネットワークによるPM2.5濃度の計測地点(左)とロックダウン前後の計測値の推移

図2 CPCBネットワークによるPM2.5濃度の計測地点(左)とロックダウン前後の計測値の推移

しかし、その後はロックダウンが継続していたにもかかわらず、PM2.5の値は、朝方、上昇することがわかりました(図3)。PM2.5の人為的な発生量の低下にも関わらず、PM2.5が上昇したのは、靄のような気象条件の強い影響を受けているためと考えられました。

図3 CUPIで観測されたPM2.5濃度(上のパネル(a)青線)と様々な気象的観測データの日内変化(4月1日~6日)。 PM2.5濃度は3日、4日、5日の朝方上昇しており、靄のような強い気象条件に影響されると考えられた。

図3 CUPIで観測されたPM2.5濃度(上のパネル(a)青線)と様々な気象的観測データの日内変化(4月1日~6日)。 PM2.5濃度は3日、4日、5日の朝方上昇しており、靄のような強い気象条件に影響されると考えられた。

このような現象が観測できたのは、人為起源の大気汚染物質の発生量が押さえられ、これまでになかった清浄大気が出現したことによるものです。

まとめと今後の展望

今回の研究で、デリーにおけるロックダウン後の大気浄化は、PM2.5の40~70%の激減によるものであることが明らかになりました。この成果は、ロックダウンによるインドの大気浄化を定量的に計測した初めての知見です。一方で、人為的な発生源の停止に伴うPM2.5の減少は単純な現象ではなく、気温が低下して靄が発生すると粒子濃度の上昇が見られ、発生源の活動と大気汚染物質の関係を調べる上で、湿度や太陽の光など気象条件に大きく依存することもわかりました。

研究チームは今後、気象条件も加味して、ロックダウン時の大気汚染物質の低減の程度から元の発生量を推定する手法を確立する予定です。

用語解説

※1 PM2.5
直径2.5ミクロン以下の微少な粒子で、人間の体内に入り込むため、我々の健康、特に呼吸器系に悪い影響があるとされている。Aakashプロジェクトの研究チームでは、プロジェクトの正式な発足前から数年前から小型計測機を用いて、デリーのPM2.5濃度を監視してきた。WHOの基準は1日平均で1立法メートルあたり25マイクログラムだが、デリーではその10倍から、ひどいときには40倍にもなる。

論文情報

  • 掲載誌名:Scientific Reports
  • オンライン掲載日:2020年8月10日
  • 論文タイトル:PM2.5 diminution and haze events over Delhi during the COVID‐19 lockdown period: an interplay between the baseline pollution and meteorology
  • 著者名:Surendra K. Dhaka1, Chetna, Vinay Kumar, Vivek P anwar, A. P. Dimri, Narendra Singh, Prabir K. Patra, Yutaka Matsumi, Masayuki Takigawa, Tomoki Nakayama, Kazuyo Yamaji, Mizuo Kajino, Prakhar Misra & Sachiko Hayashida
  • 主要著者: Surendra K. Dhaka(デリー大学教授)
  • DOI: 10.1038/s41598-020-70179-8

問い合わせ先

総合地球環境学研究所 広報室 岡田小枝子
岡田 小枝子(おかだ さえこ)
email: e-mail
Tel: 075-707-2450

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