環境保全への協力意識に情報提供が与える影響を評価
―寄付してもよいと思う金額は、文章と図表で情報提供すると12~19%増加、動画で情報提供すると逆に5~7%減少―

2020年8月26日

発表のポイント

  • 全国の約1万人にインターネットアンケートを行い、気候危機などに直面する沖縄のサンゴ礁の保全について、仮想の保全対策と寄付金額の組合せを複数回選択してもらった
  • 簡略な説明と詳細な説明を提供した場合は寄付してもよいと思う金額(支払意志額)が12~19%増加した一方で、動画の説明を提供した場合は逆に5~7%減少した
  • これらの結果は気候危機対策など環境保全への協力を呼びかける際に提供する情報の量や提供方法の重要性を示唆
  • 新型コロナウイルス感染症の様に複雑な問題に対応すべく行動変容を促す場合など、科学コミュニケーションを始めとするあらゆる分野に共通する有用な知見が明らかに

概要

長野県環境保全研究所、九州大学、国立環境研究所、北海道大学、福井工業大学、総合地球環境学研究所及び東北大学(研究当時)の研究グループは、気候危機などの脅威にさらされている沖縄のサンゴ礁の保全に対する支払意志額を全国規模で推計すると共に、提供する情報の量や種類の効果を世界で初めて検証しました。本研究は、文部科学省気候変動リスク情報創生プログラム領域テーマ「課題対応型の精密な影響評価」JPMXD0712103606(研究代表機関:京都大学)、環境再生保全機構の環境研究総合推進費JPMEERF16S11520(研究代表機関:総合地球環境学研究所)及びJPMEERF20192007(研究代表機関:長野県環境保全研究所)の支援を受けて行われました。

研究の背景:どれくらいの量や長さの情報をどのような媒体(文章や図表、動画等)で提供するかはあらゆる分野で重要な問題です。特に気候危機や新型コロナウイルス感染症の様に複雑な問題に対応すべく行動変容を促したり、自然環境の様にその価値が明示的でないものについて社会が判断を下したりするとき、提供される科学情報は決定的に重要な役割を果たします。その際の伝え方も大事です。情報中の文字や図表は理解を助けます。動画は目を引き、感情を引き起こし、記憶に残ります。一方で情報が多すぎると理解を妨げたり、情報に疲れたりして、より良い判断に結びつかない可能性もあるでしょう。そこで本研究では、提供される情報の量や媒体の違いによって、気候危機などにさらされる沖縄のサンゴ礁の保全に対する協力意識がどのように増減するか検証しました。

研究内容:情報の量や種類の効果を調べるため、2014年2月に全国規模のインターネット調査を行いました。調査会社に登録するモニターから日本の人口構成(性別、年代、全国6ブロックの地域人口)を反映するように20〜69歳の86,149人を抽出して参加を呼びかけ10,573人から有効回答を得ました(回収率12.3%)。回答者はランダムに4つのグループに分けられました。

  1. (a) 事前の説明を提供しない群
  2. (b) 簡略な説明(728文字+15枚の写真や図を12枚のスライドに編集)を提供する群
  3. (c) 詳細な説明(1777文字+20枚の写真や図表を14枚のスライドに編集)を提供する群
  4. (d) 動画の説明(473文字の字幕と19枚の写真をBGMあり・ナレーションなしで2分37秒に編集)を提供する群

説明の概要は(b)~(d)で共通していますが、情報の量(簡略か詳細か)や伝達方法(文字と静止画か、それを動画風に編集したか)が異なります。我々研究グループの予想は、協力意識は(a)<(b)≈(c)<(d)の順に高くなり、回答者の属性によっては(b)と(c)の効果が逆転するというものです。

説明(提供された情報)の概要は以下の様なものです。
[説明1:サンゴ礁とその恵み]サンゴ礁とは、サンゴが積みなってできた地形やサンゴを中心とする生態系をさし、世界の熱帯や亜熱帯に広く分布しています。日本近海には多くのサンゴ礁があり、主に沖縄県から鹿児島県の種子島までに分布していますが、北の日本海側では新潟県、太平洋側では千葉県まで分布しています。沖縄には約400種のサンゴが分布しており、世界的にも有名です。サンゴ礁が作り出す美しい景観は、観光資源としても重要です。また、サンゴ礁が育む魚や貝、海藻は人々の食べ物となります。さらに、サンゴ礁は天然の防波堤となって、強い海流や台風の高波を和らげ海岸や人々を守っています。

図1.サンゴ礁が受けているさまざまなストレス

[説明2:サンゴ礁の危機]サンゴは環境の変化にとても敏感で、図1のように様々な問題に直面しています。

[説明3:サンゴ礁の保全対策]これらの危機に直面するサンゴ礁を今後も保全していくためには、温室効果ガスの削減、農地改良などによる土壌の流出抑制や、農畜産業・生活排水の排出規制、埋め立ての抑制、サンゴの健康度調査やオニヒトデの駆除といった対策が必要です。
以上のように、サンゴ礁を保全していくためには、行政・民間・個人のレベルで様々な対策が求められています。

上述の(a)~(d)の異なる方法で情報提供した後に、「寄付金を集めて保全対策を強化する」という状況を仮想し、どのような保全対策案が好まれるかを調べました。それぞれの保全対策案では、「景観(見た目の美しさ)」、「サンゴの種数」、「サンゴ礁の面積」、「(温暖化のために)九州以北で増えるサンゴの量」、「必要とされる寄付金の額」が異なります。図のような対策案の組合せを提示し、最も好ましいと思うものを一つ選んでもらう作業(図2)を一人につき8回繰り返す実験を行いました。

そして選択された対策案の内容と寄付金額の関係を統計的に解析し、沖縄のサンゴ礁を最大限守る保全策に対して回答者がいくら寄付してもよいと考えているか(支払意志額)を推計しました。

図2.保全対策案の組合せ例.目標とする景観・種数・面積や必要となる寄付金額を様々に組合せて8回提示し、各回で最も好ましいと思うものを選択してもらいました

図3.情報提供の量や方法が回答者の協力意識(支払意志額)に与える影響

回答パターンから回答者は3つのグループに分けられました。回答者の6割を占める高額グループの支払意志額は一人当たり6,521~8,288円/年と推定されました(図3上段)。これは沖縄県の慶良間諸島で推計されているサンゴ礁保全への支払意志額(3,955~8,153円/年)に近く、全国の約6割の人が沖縄のサンゴ礁の保全に対して地元や旅行者の方と同程度の支払意志額を示したことを意味します。回答者の3割を占める低額グループの支払意志額は196~245円/年でした(図3中段)。残りの1割を占める不払いグループの支払意志額は負の値となり、保全策に対して寄付する意志がないと推定されました(図3下段)。回答者の属性を統計的に比較すると、高額グループは不払いグループより女性が多く、年齢が高く、収入が多い傾向がありました。同様に低額グループは女性が多い傾向がありました。

次に情報提供の量と方法の効果を比較しました。その結果、簡略な説明と詳細な説明を提供した場合には情報を提供しない場合に比べて支払額は12~19%増加しました(図3)。一方動画で情報を提供した場合に支払額は5~7%減少してしまいました(図3右端)。

これは動画説明の効果が最も高くなるという我々の予想と異なりました。この原因としては以下の様な理由が考えられました。(1)動画説明では文章量や図表が不足していた。(2)簡略・詳細説明を見終わるのに掛かった時間は1分程だったのに対し2分37秒の動画は長すぎて回答者の集中力が続かなかった。(3) インターネットアンケートの回答者は謝礼(本調査では抽選で500名に500円分の金券(グルメカード)を送付)を動機の一つとして調査に参加しており、できれば簡単に早く終わらせたいが、長すぎる動画は回答者をイライラさせてしまった。動画サイトで挿入される広告動画にも同じようなことが言えるかもしれません。

結論:支払意志額の推定結果は、サンゴ礁の保全目標やその予算を設定する参考になります。また、「インターネット調査会社のモニターの方にアンケートをする前」という特殊な条件であり理由も特定できませんでしたが「動画がよいとは限らない(マイナスの効果さえ与えうる)」ことも示唆されました。これらが全国規模の調査で示されたのは世界で初めてです。今後重要性が増す気候危機や新型コロナウイルスなどに関する科学コミュニケーションにおいても、複雑な情報を一般市民の方に効果的に伝える上で情報の量や質、媒体の使い分けを工夫していく必要があり、本研究の結果が参考になると考えられます。

論文情報

  • 題目:Valuation of coral reefs in Japan: Willingness to pay for conservation and the effect of information [日本のサンゴ礁の経済評価:保全への支払意志額と情報の効果]
  • 著者:Imamura K, Takano KT*, Kumagai NH, Yoshida Y, Yamano H, Fujii M, Nakashizuka T, Managi S. [今村航平(東京大学 特任研究員、元 東北大学大学院生命科学研究科 産学官連携研究員)、髙野(竹中)宏平*(長野県環境保全研究所 研究員、元 東北大学大学院生命科学研究科 研究員)、熊谷直喜(国立環境研究所 研究員)、吉田友美(福井工業大学 准教授、元 東北大学大学院環境科学研究科 助教)、山野博哉(国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター長)、藤井賢彦(北海道大学 大学院地球環境科学研究院 准教授)、中静透(前 総合地球環境学研究所 特任教授/プログラムディレクター、元 東北大学大学院生命科学研究科 教授、現 森林総合研究所所長)、馬奈木俊介(九州大学 工学研究院 主幹教授、総合地球環境学研究所 客員教授)]*責任著者
  • 雑誌:Ecosystem Services [エコシステム・サービス]. DOI: 10.1016/j.ecoser.2020.101166

アンケートではサンゴ15(藤田喜久・浪崎直子・中村崇・中野義勝の各氏)及び黒潮生物研究所から画像の提供を受けました。

問い合わせ先

論文全体に関すること
長野県環境保全研究所 自然環境部
髙野(竹中)宏平(たかの こうへい)
電話:026-239-1031
e-mail

海洋酸性化に関すること
北海道大学 大学院地球環境科学研究院
藤井 賢彦(ふじい まさひこ)
電話:011-706-2359
e-mail

生態系サービス(自然の恵み)に関すること
総合地球環境学研究所(現 森林総合研究所所長)
中静 透(なかしずか とおる)
e-mail

プロジェクト全体に関すること
九州大学大学院工学研究院
馬奈木 俊介(まなぎ しゅんすけ)
電話:092-802-3405
e-mail

広報担当者

長野県環境保全研究所 自然環境部
電話:026-239-1031
e-mail

学校法人金井学園経営企画部広報課 柏・川岸
電話: 0776-29-2819 (直)
e-mail

北海道大学総務企画部 広報課広報・渉外担当
電話:011-706-2610
e-mail

総合地球環境学研究所広報室
岡田 小枝子(おかだ さえこ)
電話:075-707-2450
e-mail

九州大学 広報室
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