Newsletter Aakash No.1

「清浄な空気」の出現と持続可能性への想像力:インドの場合

Covid-19感染拡大防止のためのロックダウンによって出現した「清浄な空気」は環境の持続可能性を追求するインド社会の想像力をどのように喚起しているか

プラカール・ミスラ、総合地球環境研究所

和訳:林田佐智子、総合地球環境研究所


写真: ヒマラヤのDhaualadhar山脈は、インドのパンジャーブ州ジャランダールから約200 kmの距離。30年ぶりにその姿が出現。 画像クレジットはTwitterユーザー@Deewalia

写真: ヒマラヤのDhaualadhar山脈は、インドのパンジャーブ州ジャランダールから約200 kmの距離。30年ぶりにその姿が出現。
画像クレジットはTwitterユーザー@Deewalia

2020年4月19日現在、Covid-19パンデミックは2200万人の感染者と15万人の死者をもたらしました[1]。ウイルス感染拡大を防止するため、40カ国以上が、強制的隔離(一般にロックダウンと呼ばれる)あるいは、強制的ではないが隔離要請や社会的距離の確保、特定のビジネスや集会の閉鎖などの対策をとっています[2]

ロックダウンの間、不要不急のサービスは一部もしくは完全に停止しています。これらの不要不急サービスの停止によって、様々な大気汚染物質源の環境中への放出が、はからずも減少しました。
同時に、多くの大気が汚染された都市の住民達は、普段よりきれいな空気の日々を経験しています。これは、地球全人口の三分の一は、行動を制限されながらも、きれいな空気を体験しているということを示唆しています。

空気中に含まれる人体に影響を及ぼす可能性のある物質、つまり大気質に関する人間と環境の相互作用を研究する者として、私はこの(ロックダウンときれいな空気という)二つの事象の同時発生が、インドのような汚染のひどい国々において、環境の持続可能性に対する人々の考え方をどのように変化させるのか、興味を持っています。この問題に対する回答は、どうすれば人々の行動変容と環境の持続可能性を視野に入れた政策を促すことができるかを研究する上で、非常に重要です。それにはアンケート調査に基づいた研究を行うのが良いのですが、このニュースレターでは、一般のニュース記事のまとめを元にして、私の考えを提示します。その目的は、コロナウイルスによるロックダウンと、それによって出現した清浄な空気が、環境の持続可能性に対する人々の想像力をどのように形作っているのかを示すことです。

ロックダウン中の清浄な空気と生活様式の変化

図: インドの都市での大気質指数はロックダウン前(3月22日)と比較し、ロックダウン中(3月29日)は減少。表は[3]をもとに作成。

図: インドの都市での大気質指数はロックダウン前(3月22日)と比較し、ロックダウン中(3月29日)は減少。表は[3]をもとに作成。

インドにおける国家規模のロックダウンは2020年3月24日に開始されました。ロックダウンという手法は、1月中旬、中国の武漢で、コロナウイルスの感染拡大を防止するための“社会的距離の確保”を強制するために初めて採用されました。

武漢上空の二酸化窒素の濃度が目に見えて減少していることが、欧州宇宙局のTROPOMIセンサーによって初めて報告されたのは、ロックダウン開始から1ヶ月少し経ってから後のことです。同様に、インドにおいても、ロックダウン開始から1週間後には、輸送や産業の停止によると見られる大気質の改善の観測結果が報告されました。ニューデリーのような都市では、人々がソーシャルメディア上で、青い空が毎日続くという経験を共有し始めました。いくつかのニュース記事では、インド各地で、ロックダウンの前後を比較して微小粒子(PM2.5)の減少が確認され始めたと報じています。これらの報告では、都市部では20~50%の減少とされ、特にインドガンジス河平原の都市部で最も顕著であることが示されました。さらに、パンジャーブ州ジャランダールでの興味深い景色の出現が人々に強烈な印象を与えました。そこでは、これまで隠れていたヒマラヤのDhauladhar山脈が30年ぶりに姿を現したのです。このような「青い空」の体験によって、人々はロックダウンがインドの都市にきれいな空をもたらしたことを知ったのです。

同時に、日常の生活様式のレベルでのパンデミックへの適応が、将来の行動変容につながる可能性を示すいくつかの兆候もみられました。例えば、インドでは普段人々はマスクを着用していませんでした。おそらくそれは、公共圏でのマスクの着用は失礼ではないかという感覚や、マスクの着用そのものへの窮屈さとも関係しているかもしれません[6]。極度な大気汚染が起きたときですら、マスクをつけているのは大気汚染の影響を特に深刻に意識している人々に限られていました。現在では、マスクが感染拡大に対する自己防衛のための重要なツールだと認識され、より多くの人々がマスクをつけるようになりました。人々はマスク着用を強く推奨されるようになり、いくつかの地方自治体では、着用していない人を処罰するようにすらなってきたのです[7]

ロックダウンの経済コストは、政府、産業界、そして一般の人々によって負担されています。しかも、その一般の人々のなかには、社会保障システムの外側にいる人々も含まれています。いくつかの工場ではロックダウンによってもたらされる雇用喪失を乗り切るためにテレワークを適用しています。テレワークの導入により、事務所のレンタル費やエアコン代などにかかる経費を削減し、母親を労働力の一翼と考えることも可能であることが明らかになりつつあります。

同様に、インド政府は、農村におけるロックダウンの影響への対応として、National Agricultural Market web-platform (e-NAM・インドの農産物のオンライン取引プラットフォーム)の機能を拡張しました。今では、農家の生産物に対する遠隔入札や電子決済が認められ、その結果、農民は市場や銀行に直接行く必要がなくなりました。このような変化は、コロナウイルスの危機を生き延びることを助けるだけでなく、大気汚染物質の移動量とエネルギー放出を減らすことになり、大気質の改善にも役立つと考えられます。

いつまで持続できるか?

しかしながら、ロックダウンによる環境浄化への効果について疑問がわいてきます。これまでも、食糧供給のための不可欠なトラックや、救急車、パトカーなどは都市部を通行する必要があるので、交通からの排出はゼロにはならないし、なるべきでものではないと指摘されてきました。家庭からのバイオ燃料の放出は都市部の大気汚染に大きく寄与していますが、これは現在も活発に放出されており、ロックダウンによってあまり低下しないでしょう。また、ロックダウン中の環境マネージメントの規制要綱に強制力がないため、鉄鋼業や鉱業といった産業は、何の監視も無しに(環境を)汚染しているかもしれません。さらに、化石燃料産業は、すぐに必要とされるエネルギーと材料を提供できる唯一の産業であるため、アメリカや中国では経済成長を再開するために、これらの産業への環境規制は緩和されています[4][5]

したがって、(ロックダウン中の)汚染物質放出が低いことによって得られる清浄な空気を生み出すメリットも、持続することは期待できないでしょう。コロナウィルスの流行中の政策介入に対する社会の対応が示唆しているのは、人々は、持続可能性の考え方を、より広い意味において、より真剣に受け入れる必要があるということです。ベネディクト・アンダーソンは、1983年に「想像の共同体」という概念を提起し、そこでは、たとえそれが大きな共同体であっても、人々は自分がそのグループの一員であると「想像」できることがあると述べました。この概念に倣えば、今、「想像の持続可能性」とでも呼ぶべき発想の共同体が形成されつつあると言えるのではないでしょうか。つまり、そこでは、人々は、持続可能性についての通念を、自ら意識しないまま共有してしまっているのです。この通念によれば、経済成長は常に健全な環境に悪い影響を及ぼすものとされます。

このことは、「清浄な空気」という認識が出現した時期に明らかになりました。というのは、社会環境問題の運動に携わる人たちは、「清浄な空気」こそは、政府の「環境を犠牲にしても(経済的)開発を進める執拗な態度」に終止符を打つための警鐘であり、それに気づくべきだと主張してきたからです。これこそ、ウイルスの蔓延という現象によって引き起こされた「想像の持続可能性」にほかなりません。しかし、そのような解釈は短絡的にすぎて、短期的な行動変容を超えて、持続可能性の観念を十分に共有するためには役に立ちません。

われわれが必要としているのは、環境負荷を増加することなく経済成長を促進するような、さまざまな環境と経済のデカップリング戦略(切り離した戦略)の、より包括的で精密な評価です。このような戦略は、しばしば環境評価を経済成長のそれに統合しようとします。生活の質やグリーン成長、包括的富といった概念は、そのような戦略を表現しようとしています。

現在の「清浄な空気」は、政策が主導した国家規模のロックダウンとは何の因果関係もないものです。しかしながら、それは、次の二つの点で、今後の社会認識に影響を及ぼすことになるでしょう。第一に、「青空の経験」は、短期間に終わったとしても、経済成長と大気汚染を切り離す技術を採用するための将来の政策に、一つのビジョンを提供する可能性があります。第二に、人々の行動変容は、たとえそれ自身は一時的なものに終わったとしても、公衆衛生への関心を高める効果を持つ可能性があります。

現在のインドにおける国家規模のロックダウンの期間を通じて、統治と国民への関与に対する強い意志は、明確に示されてきました。ただ、グリーン成長にコミットするために、同様の意志の力がどのように行使できるかは、まだわかりません。インド科学アカデミーの前会長は、最近の論説 [8]において、Covid-19に対するインドの戦いについて、要を得たサマリーを書いています。「検知せよ、防護せよ、防止せよ、予測せよ、そしてもっとも重要なのは…参加せよ」と。これは環境の持続可能性についても言えると思います。

追記

技術的なこととして、追加しておくと、大気汚染物質濃度は、放出だけではなく、輸送や地域的気象条件で決定されます。ロックダウンによる大気質改善に対する役割を定量化することは科学的に難しい問題です。現在、私たちAakash チームは、デリーに設置した独自のPM2.5センサーや衛星データセットを使ってこの問題に取り組んでいます。

引用記事:

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