【報道発表】
チンパンジーの子も「おやつ」を食べる?―母子の食事時間のずれに基づく洞察―

概 要

総合地球環境学研究所(日本学術振興会特別研究員PD)の松本卓也外来研究員(研究当時:京都大学大学院理学研究科 博士課程学生)は、野生チンパンジーの子が母親と一緒に食事をするだけでなく、母親と異なるタイミングにおいても食事をするという現象に着目し、子の食べ方に関する詳細な観察・分析を行いました。その結果、子は母親と一緒に食べる際には果実など『栄養価が高く』、『環境中で限られた場所にしかない』食物を食べる一方で、母親と異なるタイミングでは、『オトナが食べない食物』を含めて、地上性草本の茎部など『環境中にありふれていて』、『年中食べられる食物』を高い割合で食べていることを明らかにしました。母親と異なるタイミングで食事をとる理由として、子は大人よりも基礎代謝が高く、また消化器官が小さいために、「間食」をとる必要があるのだと考えられます。また、このようなチンパンジーの子の食べ方の特徴は、多くの点で現生の狩猟採集民の子の食べ方と共通しています。本研究成果は、初期人類の子が、大人から食事を与えられるだけの受動的な存在ではなく、積極的な採食者としての側面を持っていた可能性を示唆します。

本研究成果は、2019年6月14日に米国の国際学術誌「Journal of Human Evolution」にオンライン掲載されました。

母親が毛づくろいをしている横で、つる植物を食べるチンパンジーの子

母親が毛づくろいをしている横で、つる植物を食べるチンパンジーの子

  1. 1.背景
  2. ヒト(ホモ・サピエンス)以外の霊長類の子(=未成熟個体)は、離乳した後は独立して食物を獲得できるようになる、とされています。一方で、ヒトの子は、離乳後であっても母親などの大人から食物を与えられます。そのため、これまでの人類(=チンパンジーと分かれた後の直立二足するヒト科の系統)の進化過程に関する議論において、ヒト子は離乳後も独立した採食者とは言えず依存的な存在である、という側面が強調されてきました。しかし、近年の狩猟採集民の子(2~12歳)を対象とした生態人類学的な調査によって、子は大人から食物を与えられるだけの受動的な存在ではなく、大人たちが狩猟採集に出かけている間、キャンプで自らの食物獲得を能動的に行っていることが指摘され始めています。また、そうした子自身による食物獲得の量は集団間のばらつきが大きく、「条件的な適応」とされています。つまり、人類の進化過程において、子自身による食物獲得がどの程度重要だったかについては、はっきりとした結論が出ていません。よって本研究では、人類の進化過程における子の食物獲得の重要性を検討するため、ヒトに最も遺伝的に近縁なチンパンジーの子(母乳以外のものを食べ始める生後半年から6歳)を対象に、採食行動の詳細な記録・分析を行いました。

  3. 2.研究手法・成果
  4. 調査対象集団はタンザニア連合共和国・マハレ山塊国立公園に生息するチンパンジーM集団です。チンパンジーの社会は離合集散性が高い社会と言われ、集団の個体全員(M集団:約60頭)が集まって移動することもあれば、母子だけで他の個体と離れて過ごすこともあります。子は8歳ごろになるまで母親と一緒に行動するため、母親と近い距離を保って森の中を移動します。よって野生チンパンジーにおいては、年長個体の中でも特に母親による子への影響が大きいと考えられます。本研究では『母親からの食物分配』および『母親と同時に食べること』を『母親と(一緒に)食べること』と位置づけ、母親と一緒に食べる場面と母親と異なるタイミングで食べる場面とで、子の食べ方や食物がどう違うかを比較しました。また、母乳への依存度を大きく減少させていると考えられる3歳前後で、子の食べ方や食物がどのように変化するかを分析しました。

    まず、チンパンジーの子は6歳になるまで38.8%の割合で母親と異なるタイミングで食事をしていました。近代的な社会のヒトを対象とした研究では、子は大人よりも消化器官が小さいために、日に数回の大人との食事の間に「間食」をとる必要があると考えられています。チンパンジーの子も、同様の理由で母親と異なるタイミングで食事をする必要があるのだと考えられます。

    また、チンパンジーの子は、母親と一緒に食べる際には栄養価が比較的高く、環境中で限られた場所にしかない果実などを高い割合で食べていました。また、母親と同様の食物を食べる傾向が高いことが分かりました。つまり、母親と一緒に食べることは、子にとって効率的な栄養摂取の機会になっていると考えられます。このような傾向は、ヒガシゴリラやニホンザルなど他の霊長類種においても指摘されています。

    一方で、母親と異なるタイミングでは、生息域内でどこにいても手に入りやすく、年中食べられる地上生草本の茎部やつる性植物の髄などを高い割合で食べていました。また、今回の観察期間でオトナ(母親を含む)が食べる場面を観察しなかった食物を比較的高い割合で食べていました。このようなチンパンジーの子の特徴は、チンパンジーの子が置かれた状況に応じたものであると考えられます。例えば母親が毛づくろいしている場面など、母親が食事をしていない場面では、近くにオトナ同様の食物がないかもしれません。そして、子は迷子になってしまう危険性を避けるために、母親からあまり遠くまで離れることができません。そのような状況下で、子はオトナがほとんど食べないものを含めて、手近なものを機会主義的に食べていると考えられます。

  5. 3.波及効果、今後の予定
  6. 本研究結果から、チンパンジーの子は母親との食事によって主たる栄養摂取の機会を確保しつつ、母親との食事以外のタイミングでも、母親の近くで手に入りやすいものを(機会主義的に)食べている可能性が示唆されました。母親と異なるタイミングでの食事の特徴は、現生の狩猟採集民の子による食物獲得の特徴と共通する点が多くみられました。つまり、大人と異なるタイミングで、大人のあまり食べないような食物を含めて機会主義的に採食している点で、チンパンジーと現生の狩猟採集民は共通していました。日に数回の大人との食事『以外』の場面で食物を獲得・消費することは、大人よりも基礎代謝が高く消化器官が小さいという、子の身体的条件への対応かもしれません。これらの結果は、初期の人類の子が、大人から食物を与えられるだけの受動的な存在ではなく、積極的な採食者としての側面を持っていた可能性を示唆します。

    また、霊長類学における『子の食べ方』を対象とした研究は、『食物分配』や『誰かと一緒に食べる』といった側面に焦点を当てたものがほとんどでした。本研究はそうした側面に加えて、『子が母親(あるいは他の年長個体)との食事以外の場面で食べること(間食)』の重要性、という新しい視点を提供しました。今後、他の地域のチンパンジーやチンパンジー以外の霊長類種においても研究が進むことで、このような子の食べ方が生息地域への条件的な適応なのか、あるいは多くの種で共通した特徴なのかが明らかになると考えられます。

  7. 4.研究プロジェクトについて
  8. タンザニアのマハレ山塊国立公園は、故・西田利貞氏(京都大学名誉教授)が野生チンパンジーの調査を開始した1965年から数えて、50年以上も調査が継続されている長期調査地です。本研究のようなチンパンジーの母子を対象とした研究は、チンパンジーが人に十分慣れている必要があり、50年以上も研究者がチンパンジーに寄り添い続けたことによる成果であると言えます。

    マハレ山塊国立公園での野外調査はタンザニア科学技術局、タンザニア野生動物研究所、タンザニア国立公園局の許可を得ておこないました。また、本研究は文部科学省科研費(#19255008, 19107007, 24255010)および日本学術振興会科研費(#14J00562, 16J03218)による補助を受けました。

研究者のコメント

人類の進化という壮大なテーマの中で、子は二足歩行になった大人に運ばれ、外敵から保護され、食物を与えられる、といったように、受動的な存在として語られることが多かったように思います。本研究は、『子どもだって自分で食べる』という観点から、いわば子ども目線で人類の進化を捉え直そうとしたものです。本研究成果は、人類の祖先が気候や植生の大きく異なる環境へと進出した際に、大人だけでなく子がどのような食物(あるいは「おやつ」)を獲得・消費していたか、を考察するための足がかりになると考えています。

論文タイトルと著者

タイトル:
Opportunistic feeding strategy in wild immature chimpanzees: Implications for children as active foragers in human evolution(野生チンパンジーの未成熟個体の機会主義的な採食戦略―人類進化の過程において子供が積極的な採食者であった可能性の示唆)
著  者:
Takuya Matsumoto
掲 載 誌:

参考図表

(左)母親と異なるタイミングの食事の例。母親が毛づくろいをしている横で、子はつる植物を食べている。

(左)母親と異なるタイミングの食事の例。母親が毛づくろいをしている横で、子はつる植物を食べている。

(右)母親と一緒の食事の例。母親が果実を食べている横で、子は同じ木の果実を食べている。

(右)母親と一緒の食事の例。母親が果実を食べている横で、子は同じ木の果実を食べている。

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