食物網のかたちを捉える新手法 河川で生態系の変化を捉えることに成功

学術誌「Ecology Letters」に掲載

【ポイント】

  • 野外生物調査と生物組織の化学分析(安定同位体分析)を組み合わせて計算される新しい生態系の指標(3つのD指標)を使うことで、これまで捉えることのできなかった、食物網の複雑性を知ることができるようになりました。
  • さまざまな河川における水生昆虫の食物網を例に、それぞれについて3つのD指標の時間変化等を調べることで、これらの生態系の状態が人間活動等の影響を受けて変化する様子を捉えることに成功しました。

【概要】

総合地球環境学研究所・加藤義和研究員、陀安一郎教授、東北大学・近藤倫生教授、森林総合研究所・吉村真由美室長らの研究グループは、生物多様性を知るための指標として知られていたシャノン・ウィーナー指数(H’)をもとに算出できる3つのD指標を用いることで、食物網の複雑な構造を捉えられることを示しました。

本研究成果は、生態学分野のトップジャーナルであるEcology Letters誌に5月18日にオンライン公開されます。

【背景】

自然界には多種多様な種の生物が生息しています。この“生物多様性”は、空気や水の浄化、さまざまな食物や医薬原料の提供、自然災害の抑制、美しい風景の提供などのかたちで、私たちの生活にも多くの恵みをもたらしています。

生物は、単独では生きることができません。生物は、「植物は草食動物に食べられ、草食動物は肉食動物に食べられ、その肉食動物はさらに別の肉食動物に食べられ…」といった“食う-食われるの関係”によって互いに関係し合っています。このような“食う-食われるの関係”がさまざまな種の間で複雑に結ばれる結果、それらの関係の総体は「食物網」と呼ばれるネットワーク構造を取ります。生物多様性が私たちの生活にもたらす恵みの数々は、食物網の構造とも強く関係しているのです。生物多様性と食物網構造の間には、密接な関係があると考えられていますが、どのような関係があるのかを明らかにする方法は限られていました。そこで、本研究グループは、食物網の構造を捉えるための新手法の開発に取り組みました。

【成果】

従来から知られていた栄養ネットワークの解きほぐし※1という手法を使うと、食物網をより単純なかたちで表現することができます。また、この手法により、生物多様性を表すシャノン・ウィーナー指数(H’※2を三つの異なる指標へと数学的に分解できることが知られていましたが、この三つの指標が意味するところは、明らかになっていませんでした。本研究では、これら三つの指標(図1D指標※3)が、H’では捉えることのできなかった食物網構造の重要な特徴を示す指標であることを初めて示しました。

さらに、D指標が自然界の食物網構造を本当に捉えることができるのか明らかにするため、四つの河川(図2: 滋賀県・和歌山県)のさまざまな地点で調査採集を行い、それぞれの地点について、水生無脊椎動物※4(主に水生昆虫)の食物網を構築しました。食物網内でのつながりを明らかにしてD指標を計算するために、生物の体に含まれる炭素・窒素の安定同位体比※5を測りました。生物の現存量については、それぞれの動物の乾重量をはかりました。さまざまな食物網の間で指標を比較した結果、H’の値に差はなくても、D指標の値が大きく異なる場合があることが分かりました(図3)。さらに、D指標の地点間での違いは、河川生態系の季節変化や流程変化、人間活動の影響※6などによって説明できることが明らかになりました。このことは、食物網構造の特徴を示す指標としてD指標が役に立つことを示しています。

図1.解きほぐしがなされた後の食物網におけるD指標。四角は、それぞれの種のバイオマス(現存量)のうち、各栄養段階に分配された分量を示す。灰色の四角は、ある一つの種について分配されたバイオマスを示す。

図1.解きほぐしがなされた後の食物網におけるD指標。四角は、それぞれの種のバイオマス(現存量)のうち、各栄養段階に分配された分量を示す。灰色の四角は、ある一つの種について分配されたバイオマスを示す。

図2.水生無脊椎動物の食物網を構築した河川。左上から時計回りに、護摩壇山試験地内の渓流(和歌山県)、安曇川の上流部(滋賀県)、有田川の中流部(和歌山県)、野洲川の下流部(滋賀県)。

図2.水生無脊椎動物の食物網を構築した河川。左上から時計回りに、護摩壇山試験地内の渓流(和歌山県)、安曇川の上流部(滋賀県)、有田川の中流部(和歌山県)、野洲川の下流部(滋賀県)。

図3.スギ人工林の皆伐と再植林が、林内を流れる渓流の食物網に及ぼす影響。ここでは、DRへの影響のみを示す(H’およびDH、DVには、異なる経過年数の間での有意差はなかった)。上段には、伐採・再植林後の経過年数に応じたDRの変化を示す(アルファベットは異なる経過年数の間での有意差を示す)。下段には、経過年数に応じてDRが変化するメカニズムを示す。

図3.スギ人工林の皆伐と再植林が、林内を流れる渓流の食物網に及ぼす影響。ここでは、DRへの影響のみを示す(H’およびDHDVには、異なる経過年数の間での有意差はなかった)。上段には、伐採・再植林後の経過年数に応じたDRの変化を示す(アルファベットは異なる経過年数の間での有意差を示す)。下段には、経過年数に応じてDRが変化するメカニズムを示す。

【今後について】

今後、世界各地のさまざまな食物網でD指標を比較することにより、「それぞれの食物網の構造はどのような特徴を持っているのか?」あるいは「さまざまな食物網が共通して持っている構造上の特性は何か?」といった生態学上の問題に迫ることができると考えられます。さらに、食物網構造に起きた変化の検出にもD指標は利用できるため、漁業資源の管理や野生生物の保全などへの応用が期待されます。

【用語の説明】

  1. 栄養ネットワークの解きほぐし※1
  2.  食物網に含まれる生物のバイオマス(現存量)を、どのような餌に由来しているのかに応じて、複数の栄養段階に分配、整理する方法。光合成を行う植物の栄養段階は1、この植物だけを食べる草食動物は2、その草食動物だけを食べる肉食動物の栄養段階は3、…となりますが、さまざまな餌を食べる動物(雑食者)では、バイオマスはいくつもの栄養段階に分配されることになります。この手法により、複雑な食物網構造(網状の構造)を単純な連鎖構造(直線的な構造)に構成し直すことができます。これにより、食物網を通じて生態系内を移動する物質やエネルギーの流れをより単純化して示すことができます。

  3. シャノン・ウィーナー指数(H’※2
  4.  生物多様性を表す方法はいくつかありますが、“種の多様性”はもっとも一般的なものです。そのうち、シャノン・ウィーナー指数(H’)は、“種の豊富さ”と“種組成の均等さ”の両方を含む尺度であり、種の多様性を表す指標として広く用いられています。本研究でも、シャノン・ウィーナー指数を使っています。

  5. D指標※3
  6.  シャノン・ウィーナー指数(H’)を数学的に分解すると、“各栄養段階における種の多様性の平均(DH)”、“栄養段階の数の多様性(DV)”、“一つの種が所属する栄養段階の数の多様性(DR)”の三つの指標が得られます(図1)。本研究では、これら三つの指標をD指標と名づけました。シャノン・ウィーナー指数とD指標の間には、次式のような関係があります。

    H'=DH+DV-DR

  7. 水生無脊椎動物※4
  8.  河川には、水生昆虫(カゲロウ・カワゲラ・トビケラ・トンボ等の幼虫など)、エビやカニの仲間、貝類、水生ミミズ類などの多様な無脊椎動物が生息しています。これらの生物は、餌の種類や採り方も多様であり、食物網の中で果たす役割も異なっています。

  9. 炭素・窒素の安定同位体比※5
  10.  炭素、窒素、水素、酸素、硫黄などの元素には、それぞれ陽子数が等しく中性子数の異なる同位体が存在します。これらのうち,時間の経過に伴って崩壊し、別の原子に変わるものを放射性同位体、変化しないものを安定同位体と呼びます。生物の組織に含まれる炭素と窒素の安定同位体の比率(安定同位体比)を調べることで、その生物がどのような餌を食べてきたか、推定することができます。

  11. 人間活動の影響※6
  12.  河川生態系に人間活動が与える影響は、河川環境の直接的な改変(護岸化、浚渫、ダムの建設など)だけでなく、集水域の変化に伴う間接的な改変(森林の伐採、住宅地や農地からの栄養塩の流入など)もあります。本研究では特に、「スギ人工林の皆伐とその後の再植林が林内を流れる渓流の食物網に及ぼす影響」と「河川の上流から下流にかけて増大する人為負荷が食物網に及ぼす影響」について調べています。

【発表雑誌等】

雑誌名:
Ecology Letters

論文タイトル:

論文和訳名:
栄養ネットワークの解きほぐしを使って食物網構造を生物多様性の観点から評価する:理論と応用

著者:
Yoshikazu Kato1,2*, Michio Kondoh3,4, Naoto F. Ishikawa2,5, Hiroyuki Togashi6,7, Yukihiro Kohmatsu2,8, Mayumi Yoshimura9,10, Chikage Yoshimizu1,2, Takashi F. Haraguchi1,2, Yutaka Osada1,3, Nobuhito Ohte11,12, Naoko Tokuchi7, Noboru Okuda1,2, Takeshi Miki13,14, Ichiro Tayasu1,2
*責任著者

所属機関:

  1. 総合地球環境学研究所
  2. 京都大学 生態学研究センター
  3. 東北大学大学院 生命科学研究科
  4. 龍谷大学 理工学部
  5. 海洋研究開発機構
  6. 水産研究・教育機構 東北区水産研究所
  7. 京都大学 フィールド科学教育研究センター
  8. 立命館大学 グローバル・イノベーション研究機構
  9. 森林総合研究所 企画部研究評価科
  10. 森林総合研究所 関西支所
  11. 京都大学大学院 情報学研究科
  12. 東京大学大学院 農学生命科学研究科
  13. 国立台湾大学 海洋研究所
  14. 中央研究院環境変遷研究センター

DOI番号:10.1111/ele.12973

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