<生命倫理学事典(新版増補)>               *〔 〕は引用者による補足を示す

  ■伝染病(communicable disease)
・定義
 ウィルス、細菌、寄生虫などの病原微生物に感染することで発病する疾患。

・歴史的経緯
 19世紀に細菌学が革命的に発展、伝染病の原因と治療面における手がかりの双方に重要な影響をおよぼした。その背景には、光学式顕微鏡の進展があった。1857年、L・パストゥールがはじめて酵母菌によってアルコール発酵がおこることを発見、その後さまざまな伝染病の原因菌を研究し、ワクチン治療の基礎を確立した。またR・コッホは結核菌を発見し、1905年にノーベル賞を受賞。さらにE・ベーリングと北里柴三郎は破傷風とジフテリアにたいする酵素毒の有効性を発見した。
 他方、ウィルス研究は20世紀にはいり電子顕微鏡の開発と発展をまたなければならなかった。1918~1919年、全世界でインフルエンザが大流行、2100万人が死亡した。インフルエンザウィルスは1935年以降つぎつぎと発見され、やがてワクチンも開発された。インフルエンザワクチンの有効性は完全とはいえないが、1954年に開発された小児麻痺〔ポリオ〕のワクチンは医学誌にのこる偉大な勝利といえよう。


・諸分野との連携
 伝染病予防の原則は感染症成立の要因、すなわち(1)感染源(2)感染経路(3)感受性宿主のそれぞれにたいして適切に対処することである。(1)および(2)への対策として、上下水道の完備・個人衛生思想の啓発・患者/保菌者の隔離・媒介動物の駆除が有効である。また(3)への対策としては、適切な栄養摂取や予防接種などがある。
 以上の対策は現在の先進諸国では国家レベルでとりくまれた結果、伝染病は克服されつつある(平均寿命の高齢化はそのあらわれである)が、耐性菌感染の深刻化やエイズ・狂牛病など十分な治療法が確立していないあたらしい感染症の流行が問題となっている。また発展途上国では、いまださまざまな伝染病が蔓延しており、医療の南北問題は残存している。

・倫理上の問題
 現在、日本ではその他先進諸国同様、伝染病予防法に規定される法的伝染病や届出伝染病の発症数はかつてに比べ減少している。衛生状態の改善やワクチン使用などの積年にわたる伝染病対策の成果がその要因と考えられる。他方でしかし、海外旅行が一般化し、とくにアフリカなどの熱帯地域への渡航者が増加したために、コレラや赤痢などの輸入感染症対策が重要な課題となりつつある。また結核の集団感染や性行為感染症の流行もあらたな問題となりつつある。その背景には、性モラルの低下といった社会意識の変化、医療従事者の伝染病一般についての知識不足があると考えられる。
 かくして時代の変化によって主要な病原生物は交替していくが、伝染病対策は決して過去のものではない。あわせて、らい予防法などの過去の感染症対策の悪影響として、社会の一部に伝染病患者への偏見がいまなお根強く存在することも看過されてはならない。




©2006-2012

Effects of Environmental Change on Interactions
between Pathogens and Humans.
All rights reserved.