■■第2章 生命史上最大の危機 |
◆レッドリスト |
国際自然保護連合(IUCN)の「種の保存委員会」によって数年間隔で発表される絶滅危惧種リストのこと。レッドリストは生物種を「絶滅種」「野生絶滅種」「絶滅の恐れがきわめて高い種」「絶滅の恐れが高い種」など8つのカテゴリーに分類している。
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◆大絶滅の歴史 |
現在の生物は40億年ほど前に最初に地球に誕生した生物がさまざまな種にわかれて形成されてきた。約5億4000万年前の古生代カンブリア紀に動物種の分化が爆発的に起こった。それ以後急速に生物種数が減少した時期が5つある。
最初の大絶滅は4億4000万年前(古生代オルドビス紀末)に発生し、三葉虫など生物の85%が絶滅した。 第2期は3億5000年前(古生代デボン紀末)で、生物の75%が姿を消した。
第3期にあたる2億5000年前(古生代ペルム紀末)の絶滅は地球史上最大のもので、海の生物の95%以上が絶滅、有孔虫・多くの珊瑚が姿を消し、残存していた三葉虫など古生代の生物はすべて絶滅している。
第4期は2億1500万年前(中生代三畳紀末)で、1500万年という比較的長期にわたって絶滅がつづき、生物の75%が姿を消したとされる。
第5期は6500万年前(中生代白亜紀末、KT境界と呼ばれる)で、ジュラ紀から繁栄していた恐竜・アンモナイトが絶滅したほか海底生物やプランクトンの大多数が姿を消し、地上の植生も多くが損なわれ、生物の70%超がいなくなった。その原因としては、小惑星の衝突による大規模な環境変動説がある。
その後、地球上の生物種は増加しつづけてきた。ひとつには、大陸移動によって大陸が分化し、多様化した環境に適応して生物が進化したためである。また小惑星の衝突もなく、巨大な火山活動がなりをひそめているのもその理由と考えられる。
ところで現在、地球上では過去の5回の現象に匹敵する生物種の大絶滅がおこっている。その原因は人間活動である。E・O・ウィルソンは「世界の多様性を危機に陥れてきたのは人間の人口統計上の「成功」である」、「わが種は陸上植物が有機物質としてとらえる太陽エネルギーの20~40%を独占」しており「人間がこれだけ地球上の資源を吸い取っては人間以外の他の大部分が減らずにすむわけがあるまい」と指摘している。この第6の絶滅はまた、質的にもこれまでのものとおおきく異なっている。「進化のゆりかご」とも呼ばれる湿地や熱帯林の破壊が急速に進んでおり、生態系の不可逆的な大絶滅が危惧されている。 |
◆リベット仮説 |
種の絶滅は急速にすすんでいるが、それの人間への影響は明確ではない。我々がその存在すらしらないような生物が絶滅したところで、とりたたて問題はないのではないか。こうした疑念にたいし、ひとつに将来的な有用可能性が指摘される。だがこれはあくまで仮定の話であり、じっさいにもミツバチやインドのハゲワシのように種の絶滅/急減が人間生活に直接明確な影響をおよぼしたケースはさほど多くない。それでも我々は絶滅種をすくう努力をするべきである。「リベット仮説」を提唱しつつ、そう主張するのはポール・エーリッヒである。「飛行機から一つのリベットが抜け落ちても、即座に飛行に影響が出ることはないように、ある種が絶滅し、あるいは個体数が急減しても、近縁の種が同様の機能を果たして生態系を支える。ところが、抜け落ちるリベットの数がだんだん多くなってくると、いずれ限界に達し、やがて飛行機は空中でバラバラになって墜落してしまう。次々と絶滅によって種を失っている現在の地球の生態系は、リベットを落としながら飛んでいる飛行機のようなものなのだ」(64)。
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◆運転手と乗客仮説 |
生態系のなかで主要な役割をはたす少数種にその他おおくの種が依存して生きているという考え方。生態系の維持にとくに重要な種は「キーストーン(要石)種」とよばれる。湖のなかでプランクトンをたべる大型魚がいなくなった結果、プランクトンが大発生したケースがある。またアメリカのイエローストーン国立公園では、オオカミがいなくなったためにシカが増え、植物にたいする食害がすすんだ。このようにキーストーン種はその生態系のなかで食物連鎖の頂点にたつ捕食者であることがおおい。裏からいえば、たとえばトラがいる環境がきちんと守られ個体数が安定していることはとりもなおさず、その生態系や生物多様性がきちんと守られていることをしめしている。 |
◆生きている地球指数(LPI) |
世界自然保護機構(WWF)が数年にいちど、地球の生物多様性状況を総合的に評価することを目的にもちいている指標。世界各地の陸域、淡水域、海洋に生息する1686種の野生生物について、約5000の地域個体群の個体数の減少率をもとに算定される。1970年を基準とすると、世界のLPIは2005年には30%ちかく減少している。熱帯地域にかぎってみると、50%も低下している。熱帯林の伐採が地域の生物多様性に大きな影響をおよぼしいることがよくわかる。
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◆エコロジカル・フットプリント(EFP) |
EFPは、化学燃料や木材資源などさまざまな資源の消費量や人間活動による環境負荷を「グローバル・ヘクタール」という面積の換算した指標で「地球の利用率」をあらわしているとみることができる。木材や海産物の消費量はその生産に必要な森や海の面積に、二酸化炭素の排出量はその吸収に必要な森林面積に換算される。
人類の足跡(フットプリント)は、年々大きくなっている。地球の生態系が持続的に生産できる農作物や森林が吸収できる二酸化炭素の量などから算出した「地球環境がもつ許容量」を1985年あたりを境にオーバーし、2005年に時点では1.3倍になっている。このまま増えつづければ、2030年頃には許容量の二倍に達する。WWFはこれを「生態系の負債(エコロジカル・デット)」とよんでいるが、このままでは文字どおり破産しかねない状況にあるのだ。 |
◆日本の生物多様性 |
「生物多様性国家戦略2010」によれば、日本の生物多様性の危機には三つの側面がある。第一は、開発など、人為による負の要因。第二は、これとは逆に、自然にたいする人為的影響の不足による負の要因。「里山」や「里地」は生物多様性の宝庫として知られているが、過疎化や高齢化・農林水産業の衰退によって人間が利用しなくなった結果、生物の生息状況も悪化をみている。第三は、外来種や化学物質などの人工的な移入による生態系の「攪乱」。
環境省が2010年にだした「生物多様性総合評価」によれば、陸水、沿岸・海洋、島嶼の生物多様性はおおきく損なわれており、この傾向は今後もつづくと予想される。森林と農地の生態系は、前者ほどではないが1950年代後半以降からの損失がおおきい。今後予測では、森林は横ばいだが農地では損失がつづくと予想されている。かくして「わが国の生物多様性の損失はすべての生態系に及んでおり、全体的に見れば損失は今も続いている」というのが、総合評価の結論である。 |