コイヘルペスウィルス感染症(KHVD: Koi Herpes Virus Disease)>

ウィルス                                               
 コイヘルペスウィルス(KHV)。大きさ約200nmの糖タンパク質の殻につつまれた29万5000塩基対のDNAをもつ。ゲノムのすべての塩基配列は2005年に解読されている。形態はその他ヘルペスウィルスに類似しているが、塩基配列は天然痘をひきおこすポックスウィルスに類似していることから、最近ではアロヘルペスウィルス科に分類され、CyHV-3(Cyprinus Herpes Virus-3)とも呼ばれる(川端 2010)

対象                                            
 マゴイおよびニシキゴイの幼魚と成魚。マゴイにはさらに野生型と養殖型がある。野生型は琵琶湖・淀川水系・関東平野・四万十川に生息し、日本在来種と考えられている(川端 2010)。
 野生型と養殖型では感受性がことなっているといわれ、ニシキゴイの感受性はマゴイよりも高いといわれている(飯田 2005)。

症状                                                 
 行動緩慢、摂食不良、鰓の退色・びらん・壊死、体表に大量の粘膜質液が発生、眼球のくぼみ、膵臓および肝臓の肥大

潜伏期間                                                  
 2~3週間

死亡率                                                 
 室内感染実験による致死率は水温18-28℃で80パーセント以上(内井・川端 2009)

感染部位と死因                                                 
 KHVの感染部位は鰓もふくむ体表と推定されるが直接の死因は不明。①KHVの感染により体表や鰓のイオンバランスを保持する機能がうしなわれ、②イオンバランスの崩壊により心筋症が発生し、③死亡する、とする説もある(飯田 2005)。

診断法                                                 
 培養細胞によるウィルス検査およびPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査

治療法                                                
 30℃以上での飼育により治療効果があると考えられているが(飯田 2005)、完全にウィルスが体内から排除されるかは不明であり、
キャリアーとなる可能性は大きい(飯田・佐野 2005)。
 不活性ワクチンは効果が低く、生ワクチンが有効といわれている(Ronen et al 2003) 。

免疫                                                 
 感染を耐過するとコイは免疫を獲得することからワクチンによる予防は可能といえるが、免疫を獲得したコイがキャリアーとなる問題はある。感染を耐過したか否かは血中の抗体を検出することで簡単に検査可能だが、キャリアーとなっているかを検出する方法はいまのところない(飯田 2005)。

水温                                                 
 発病しやすい水温は18℃から25℃。13℃以下では発病しない。また30℃以上では増殖できない。

人体への影響                                                 
 30℃以上では増殖できないため、ヒト(平均体温36-37℃)に感染することはないとされる。

感染経路                                               
 水を介して感染(Hedrick et al. 2000)。環境水中で感染力を維持できるのは長くても3日(Shimizu et al. 2006)。

拡大径路                                               
 感染ゴイ(死体)の放流・移動。また自然水域におけるKHVの伝播には継続的なウィルス供給が不可欠(内井・川端 2009)。

KHVDの歴史(日本以外)                                                
 1996年:英国で発生(確認は1998年)
 1998年:米国、イスラエルで発生(1998)
 2002年:ベルギー、デンマーク、ドイツ、オランダ、インドネシア、中国、台湾で発生
 2003年:日本、スイス、ルクセンブルク、イタリア、オーストリア、フランス、南アフリカで発生

KHVDの歴史(日本)                                                
・2002年にアジアでの発症が報告され、日本への侵入が脅威となったことから、KHVDは水産資源保護法の指定伝染病、および持続的養殖生産確保法の特定疾病に指定(飯田 2005)。
・2003年5月、岡山県の河川でコイの大量死が発生。冷凍保存されていた死亡魚のサンプルの検査結果からKHVDが原因であることが判明。日本における最初のケースと考えられている(飯田 2005)。
・2003年10月、霞ヶ浦(茨城県南東部から千葉県北東部)の養殖ゴイ(食用マゴイ)に発生。全養殖魚の1/4に相当する1200トンが死亡、被害総額推計は約2億5000万円。
・2003年末、23都道府県で確認(飯田 2005)。
・2004年、琵琶湖(滋賀県)で発生。10万尾が死亡。死亡個体の過半がマゴイ。
・2004年、鶴見川(神奈川県)で8000尾、多摩川で8000尾、多摩川・鶴見川・九頭竜川で数千尾、筑後川で数千尾が死亡。
・2004年末までに、四国4県・広島県・山口県・長崎県・沖縄県をのぞく39都道府県で発生が報告されている(飯田 2005)。
・2004年の特徴は、天然河川湖沼での発生が相次いだことである。また日本は、KHVが自然水域まで進入した世界で最初のケースと考えられている。放流事業がその要因と推定されている(飯田・佐野 2005)。
・2005年4月、長崎県で発生。同5月、徳島県・広島県で発生(飯田・佐野 2005)。

日本における対策                                                
・KHVの発生後、各都道府県では法令にしたがい、病魚を処分し移動を禁止した。日本における魚類の防疫制度には、輸入防疫として水産資源保護法、国内防疫として持続的養殖生産確保法がある(飯田・佐野 2005)。
・完全な治療法がまだない現状では、キャリアーをふくめ病魚の移動制限・禁止、処分、排水の消毒がKHVDの拡大を防止する最良の方法である(飯田・佐野 2005)。

関連法規                                                
◆持続的養殖生産確保法

 持続的・安定的な養殖生産の実現を図るため、1999年5月に制定された法律。海面養殖業は、「とる漁業からつくる漁業へ」のスローガンのもと、60年代後半から急速に発展し、2005年の生産量は121万tに達している。しかし一方で、過剰生産に起因する魚価低迷や過密養殖による魚病・へい死などの構造的問題に直面している。同法の制定は過密養殖などでの漁場悪化の改善に向けて漁協や養殖業者が作る自主的計画を支援し、日本でまだ定着していない特定魚病の蔓延(まんえん)を防ぎ、漁場容量に応じた適正養殖体制の実現を図ることを目指している。
(kotobank

cf. http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO051.html
http://www.ron.gr.jp/law/law/jizoku_y.htm
http://www.b-post.com/info/info_law/jyouhou_houmu_008.html
◆水産資源保護法

 水産資源の保護培養を図り、その効果を将来にわたって維持することにより、漁業の発展に寄与することを目的とする法律。水産資源枯渇防止法(1950)を廃止して新たに1951年に制定された。農林水産省所管。
 水産動植物の採捕の制限、対象種の捕獲が可能な漁船(許可漁船)の定数などの規制的な措置、及び保護水面、溯河魚類の国営孵化放流などの積極的な維持培養措置とが規定されている。 「野生水産動植物の保護に関する基本方針」に基づき、調査等を踏まえ、要保護野生水産動植物種の特定などを行う仕組みもある。
 従来、海棲動物については鳥獣保護法(1918)、種の保存法(1992)が適用外としてきたため、本法が保護の拠り所となってきたが、2002年の鳥獣保護法改正により、海棲哺乳類の一部(ニホンアシカ、アザラシ類、ジュゴン)が保護対象となった。
ELCネット

cf. http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S26/S26HO313.htmlk

参考文献                                                 
◇飯田貴次 2005 「コイヘルペスウィルス病」『日本水産学会誌』71(4): 632-5
◇飯田貴次・佐野元彦 2005 「コイヘルペスウイルス病」『ウイルス』1:145-52.
◇内井喜美子・川端善一郎 2009 「コイヘルペスウィルス病の侵入を外来種問題として捉える」『陸水学雑誌』70: 267-72.
◇川端善一郎 2010 「コイヘルペスウィルス感染症」『地球環境学事典』,284-5.
◇Hedrick, R. P et al.. 2000. A herpesvirus associated with mass mortality of juvenile and adult koi, a strain of common carp. Journal of Aquatic Animal Health 12:44-57.
◇Ronen, A et al.. 2003. Efficient vaccine against the virus causing a lethal disease in cultured Cyprinus carpio. Vaccine 21:4677-84.
◇Shimizu, T et al.. 2006. Survival of koi herpesvirus (KHV) in environmental water. Fish Pathology 41:153-157.






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