実践プログラム1

地域に根ざした小規模経済活動と長期的持続可能性

─歴史生態学からのアプローチ
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研究プロジェクトについて

経済活動の多様性とその規模、長期的持続可能性は密接に関係しています。本プロジェクトでは、考古学、古環境学、人類学、生態学、農学などの立場から過去と現在の事例を検討し、地域に根ざした食料生産活動がなぜ重要なのか、また、それを機能させるためには何が必要かを考えます。その結果に基づいて、社会ネットワークに支えられた小規模な経済活動とそれに伴うコミュニティを基礎とした人間と環境の新しい関係の構築を提唱します。

 

なぜこの研究をするのか

私たちのプロジェクトでは、地域に根ざした小規模で多様な経済活動、特に小規模な生業(食料生産)活動の重要性を、人間社会の長期的な持続可能性という観点から研究しています。出発点となるのは、「高度に特化された大規模な生業活動は、短期的にはより大規模のコミュニティを維持することを可能にするが、生業の多様性の減少は、長期的には生業システムとそれにともなうコミュニティの脆弱性を高める」という仮説です。先史時代と現代という時間の壁を越えて、多様性、ネットワーク、地域の自律性という3つの要素が、システムのスケールとその長期的持続可能性にどのように寄与するのかを重点的に検討します。

食料生産活動の多様性とその長期的な持続可能性については、これまでに諸分野での議論がありますが、ほとんどは短期的な視野から経済的利益と損失を論じており、100年以上の時間幅を扱う研究は多くありません。これに対して、私たちのプロジェクトでは「長期的な持続可能性」を、少なくとも数百年から数千年以上にわたって「人間が環境に対して適応する能力を創造・試行・維持する力」と定義します。

現代では世界各地でグローバル化が進展していますが、それは必ずしも経済の均質化や同質化を意味するものではありません。このプロジェクトでは、グローバルな経済とつながりながらも地域の自律性を保った生産・流通・消費が可能なネットワークの範囲を「小規模経済」と仮説的に定義し、その重要性を過去と現代の事例から検討します。

プロジェクトの理論的枠組は、人間活動の環境への影響を強調しながら文化の長期・短期的な変化を研究する歴史生態学のアプローチです。過去を研究する考古学者や古環境学者が、現代の事例を扱う人類学や社会学、環境科学の研究者と問題意識を共有して研究を進めます。

どこで何をしているのか

図1 主な研究対象地域

図1 主な研究対象地域

主なフィールドは、東日本と北アメリカ西海岸(北米北西海岸地域~カリフォルニア)を中心とする北環太平洋地域です(図1)。北環太平洋地域には、気候や植生、地震の多さなど、共通する要素がたくさんあります。東アジアから新大陸への人類拡散にともなう更新世末期以降の歴史的連続性や、海洋資源や木の実などに依存した小規模社会の豊富さなど、歴史・社会・文化的な共通性も重要です。特に東日本は、豊富な考古資料に恵まれ、現代日本における食料生産の主要地域のひとつです。一方、北アメリカの西海岸も、考古学的資料や、先住民族によるサケ漁などの民族誌が豊富です。さらに近年では、小規模な有機農業や都市農業、ファーマーズ・マーケットなどの食に関する新しい動きの中心地となっています。このプロジェクトでは、北環太平洋両岸の過去と現在との比較を通じて、食の多様性と生産活動の規模、システムの持続性などの関係を検討します。そして、その結果を、従来型の大規模な食料生産と長距離輸送や大量消費のシステムに代わる「オルタナティブ」な食や農の議論に生かすことを目指します。この目的を達成するため、次の3つの研究班が、日本チームと比較研究チームとに分かれて研究を行ない、研究会等での議論を通じて成果を統合します。

図2 文化の長期的変化の原因・条件・結果

図2 文化の長期的変化の原因・条件・結果

  1. (1)長期変化班
  2. 生業活動の多様性と、それにともなうコミュニティ規模の時間的変化をいくつかの指標から検討し、考古学的証拠が、上記の仮説と一致するかどうかを調べます。生業の多様性の指標としては、遺跡から発掘された動植物遺体(動物の骨や植物の種子・実など)、生業に使った道具の多様性、古人骨の安定同位体データや、土器の残存脂肪酸分析と残存デンプン粒分析等を使います。コミュニティ規模の指標としては、集落遺跡の規模、遺跡数から推定された人口推定値などを用います。これらの変数と諸要素(図2)との関係を分析し、生業の多様性と規模について、歴史的動態の理解をめざします。

  3. (2)民族・社会調査班
  4. 民族・社会調査班では、数百年~数千年の時間幅を持つデータが欠如しているため、上記の仮説をそのまま検証することはできません。しかし、食料の生産・流通・消費システムの規模とそのレジリアンス(システムの弾力性・復元力)に関して、学際的な見地から考察することが可能です。小規模な沿岸・内水面漁業、有機栽培を含む小規模農家、先住民族のコミュニティ等でのインタビューや参与観察とともに、経済の規模と土壌や水質汚染などの環境破壊の度合との相関関係を調べるための化学的・生物学的分析も進めます。

  5. (3)実践・普及・政策提言班
  6. 過去・現在の事例から得られた知見に基づき、地域の住民の方々やNPO、NGO、地方公共団体等と連携しながら、コミュニティ菜園や環境教育プログラムなど、小規模で多様な経済活動の長所を取り入れた活動を提案・実践します。小規模な生業活動の実践者と協働して、実際の生業活動の現場を共有しながら野外実験を進めるのも特徴です。

これまでにわかったこと

写真1 カナダ・トリケット島における先史時代遺跡の発掘

写真1 カナダ・トリケット島における先史時代遺跡の発掘

写真2 カリフォルニアにおけるドングリ加工ワークショップ

写真2 カリフォルニアにおけるドングリ加工ワークショップ

長期変化班では、まず、東北・南北海道・中部・関東の縄文時代を中心とする遺跡から発掘された動植物遺体、生業に使った道具の多様性等の分析を進めました。また、集落遺跡の規模、遺跡分布の変化から推定された地域人口等のデータも集計しました。さらに、これらの諸変数に影響を与えうる要因のひとつとして気候変動を取り上げ、その指標となる花粉分析や古水温解析などのデータを検討しました。古人骨の同位体比に基づき食性解析も実施しています。一方、北米北西海岸やカリフォルニア等では、完新世後期~歴史時代の遺跡から出土した動植物遺体と集落に関するデータを分析しました。

民族・社会調査班では、食料生産の多様性とそれを支える社会ネットワークについて研究が進んでいます。東日本では、山の生業に関して歴史生態学の枠組みに基づいた現地調査とともに、沿岸域の生業に関しては小規模な生業活動とコミュニティのレジリアンスや未来観の多様性の関わりについて調査しました。また、戦前から現代までの東北山間部と沿岸部の漁業・農業と資源利用の特徴とその歴史的変化や、伝統知とコミュニティ・ネットワークの重要性について新知見が得られています。さらに、福島原発事故後の有機農家を中心とする小規模農家の被害状況と対応、地域ごとの新たな試みについて聞き取り調査を実施しました。一方、北米西海岸では、伝統知については先住民族コミュニティを中心に、オルタナティブな生産活動については比較的小規模な有機農業・都市農業を中心にフィールド調査を行ないました。都市農業による食料生産のポテンシャル評価と制限要因(病虫害・土壌理化学性等)についての実験研究も継続しています。

実践・普及・政策提言班では、考古学を含めた長期的な視野から環境問題を論じる講演会、環境保全型農業・漁業を推進する実習授業(カリフォルニア大学・精華大学など)や地域セミナー、伝統知と科学知との接点を地域の方々と共に考えるワークショップなどを開催しました。また新しい方法論として、シダ植物を用いた土壌汚染の浄化技術開発等を行ないました。これらを通じて、近年盛んになってきた縮小社会、成熟社会、田園回帰などの議論に、プロジェクトの研究成果を具体的に生かす見通しを得ました。

伝えたいこと

人類の歴史は、食料生産活動の集約化と大規模化、それに伴う富の集中化と人口増大等の経済・社会発展の側面と、その一方で発展に伴う環境破壊をはじめとする弊害の増加と人間社会と生態系のレジリアンスの低下という側面を持っています。後者は、気候変動や災害などをきっかけとして、時に急激な人口減少や、いわゆる文明の「崩壊」を引き起こします。生産活動の集約化・大規模化の弊害は食料に固有なものではなく、エネルギーも含めた他の生産活動にもあてはまりますが、食料は、鮮度が命であること、そして人間の生存に直接的に関わる要素である点で、特に重要です。

現代社会においては、大規模で均質化された集約的な生産・流通・消費システム、特に食料のモノカルチャーが、生物多様性の減少や土壌汚染、海洋汚染など、地球環境に長期的なダメージを引き起こし、システムの長期的なレジリアンスを低下させています。このプロジェクトでは、考古・古環境学など長期の時間幅を扱う研究分野と、人類学や社会学など近現代を扱う研究分野が協力し、上記の環境問題とそれに関連する社会問題の解決に寄与する道を、具体的な事例研究に基づいて提案します。地球環境への負荷を減らし、未来社会の多様性・柔軟性と災害時の回復力を高めるために、これまで過小評価されてきた小規模な食料生産の重要性を新しい視点から見直す必要があります。そのためには、過去と現在の事例の統合的な研究が重要な役割を担うと考えます。

集合写真

メンバー

プロジェクトリーダー

氏名所属
羽生 淳子総合地球環境学研究所教授

東京大学理学部助手、マッギル大学人類学科講師、カリフォルニア大学バークリー校人類学科助教授、准教授を経て2010年より同校人類学科教授。環境考古学と生態人類学の立場から、地域と地球環境問題の解決に役立つ国際発信をめざします。

プロジェクト研究員

氏名所属
安達 香織プロジェクト研究員
真貝 理香プロジェクト研究員
竹原 麻里プロジェクト研究推進支援員
小林 優子プロジェクト研究推進支援員
小鹿由加里プロジェクト研究推進支援員
冨井 典子プロジェクト研究推進支援員

主なメンバー

氏名所属
池谷 和信国立民族学博物館
伊藤由美子青森県県民生活文化課県史編さんグループ
川幡 穂高東京大学大気海洋研究所
佐々木 剛東京海洋大学海洋科学部
福永 真弓東京大学大学院新領域創成科学研究科
細谷  葵お茶の水女子大学グローバル人材育成推進センター 
山口 富子国際基督教大学
米田  穣東京大学総合研究博物館
ALTIERI, MiguelUniversity of California, Berkeley
AMES, KennethPortland State University
BALÉE, WilliamTulane University
CAPRA, FritjofCenter for Ecoliteracy
FITZHUGH, BenUniversity of Washington
KANER, SimonSainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures
LIGHTFOOT, KentUniversity of California, Berkeley
NILES, Daniel総合地球環境学研究所
OWENS, Mio KatayamaUniversity of California, Berkeley
PALLUD, CélineUniversity of California, Berkeley
SAVELLE, JamesMcGill University
WEBER, StevenWashington State University
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