現代の私たちの生活はグローバル経済に支えられており、食品も例外ではありません。国産の食品も、農産物の巨大産地から東京のような巨大消費地に大量に輸送され、消費され、廃棄されています。これを食品に含まれる窒素やリンのような栄養塩の動きに注目してみると、生産地の土壌から東京湾に窒素とリンが一方向に移動していることがわかります。一方、日本における自然の代表である森林では栄養塩が森林内で循環しており、外部から肥料を投入する必要はありません。
研究プロジェクトについて
福島第一原子力発電所事故にともなう放射性物質による農地の汚染は、そこで生産された食品の安全性についての大きな不安を引き起こしました。一方、大量の資源を使う現代農業は土壌劣化を引き起こし、食品に含まれる栄養塩も不均衡というリスクが生じています。本FSでは、どちらのリスクが大きいかを比較するとともに、生態学的に持続可能な農法を提案します。エネルギーを自給し、生産者と消費者の信頼に基づく食料主権を取り戻し、農林業の復興を達成し、福島モデルとして提示します。
なぜこの研究をするのか

写真1 福島大学による農地の放射性セシウム濃度の測定
2011年3月の福島原発事故は、放射性セシウムを拡散させ、環境を汚染しました。日本ではコメや多くの野菜に放射性セシウムが検出されたため、多くの消費者は原発に近い福島県産の農産物を避けるようになりました。震災から4年が経過する現在、農産物への放射性セシウムの移行を効果的に抑制する方法が開発・実施されたことで、農産物のほとんどは放射性物質が検出限界以下の極めて低いレベルです。しかし、依然として消費者はリスクが高いと判断しています。一方、一般的な農法で生産される食品の栄養の量やバランスは1950年ごろと比べると悪化しており、食の潜在的なリスクが存在します。実は、地球レベルの食料問題としては生産量の確保ではなく、食品としての質が問題です。福島の農業生産を放射性セシウムのリスクを十分制御したうえで食品としての質を高めることは、世界の農業の方向性を決めるためにも重要です。
福島県では多くの先進的な有機農家が、消費者との信頼に基づいた安全な食品の生産を行なってきました。有機農業は環境への負荷を減らし、安全な食品を生産することを目的としていますが、生態学的に考えてみるとまだまだ多くの問題があり、必ずしも持続可能な方法ではありせん。本FSでは、福島原発事故をきっかけに、改めて食品の安全性と農業生産の持続可能性について考察を深めます。
これからやりたいこと
福島県だけでなく、東北では復興に向けてさまざまな取り組みがなされています。本FSでは、福島県の複数の地域で有機農家との協働のもと、「消費者のリスク意識」「農産物の安全確保」「農地の保全利用」の3つを有機的に組み合わせながら、(1)消費者と生産者の関係性、(2)生産者と生態系の関係性を再構築することをめざします。

写真2 木質バイオマス利用に向けた森林除染試験地のようす
震災後、汚染対策として実施されたさまざまな制度は、時間の経過とともに見直しの必要性が指摘されています。消費者の信頼が回復しない一方、汚染対策が十分とられていない地域では、放射線リスクの把握を行なわない傾向が強くなっています。また、世界的には小規模家族農業のほうが大規模農業よりも生産効率が高く、自然災害に対する抵抗性が高いことが認識されてきました。私たちが研究を続けてきた日本の自然農を参考にした不耕起・草生栽培は、品質の高い食料生産が可能で、農法として確立しつつあります。これらのことから、生産される食品の汚染によるリスク(放射能だけでなく、農薬や重金属による汚染リスクもある)と、食品としての質の低下によるリスクの比較により、小規模家族農業による保全農業の優位性と安全性が認識されるようになると考えています。また、社会全体としての栄養塩の循環のあり方について、生産者はどのようにして、石油や化学製品のような外部からの資源に依存せず、栄養塩をうまく循環させたら良いのか検討します。エネルギーに関しては、汚染によって利用が困難となっている里山から木材を伐り出し、利用することが必要です。このようなシステムの構築には、農地と森林、さらには消費者との間に循環が成り立つ適切なスケールを見つける必要があります。
持続可能な農業をとおして環境を保全し、放射性セシウム汚染で打撃を受けた福島の有機農業を発展させることにより、世界中の多くの人が食料生産と消費、エネルギー生産と消費に主権を持つことを可能にします。
メンバー
FS責任者
氏名 | 所属 |
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金子 信博 | 横浜国立大学大学院環境情報研究院 |
主なメンバー
氏名 | 所属 |
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小山 良太 | 福島大学経済経営学類 |
林 薫平 | 福島大学経済経営学類 |
石井 秀樹 | 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター |
小松 知未 | 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター |
菅野 正寿 | 福島県有機農業ネットワーク |
浅見 彰宏 | 福島県有機農業ネットワーク |
武藤 一夫 | ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会 |
杉山 修一 | 弘前大学農学生命科学部 |
小松崎 将一 | 茨城大学農学部 |
野中 昌法 | 新潟大学農学部 |
山口 富子 | 国際基督教大学教養学部 |
小池 浩一郎 | 島根大学生物資源科学部 |