北極海の夏の海氷面積がユーラシア大陸側で縮小しています。その結果、ユーラシア大陸側の北極海上で低気圧が発生しやすくなり、夏のシベリアに大雨がもたらされるようになりました。その結果、レナ川中流に位置するヤクーツク付近では、夏にも河川水位が上昇するようになりました(夏洪水)。一方、レナ川で毎年春に発生する解氷洪水(春洪水)は、氷のかけら(アイスジャム)が川の流れをせき止め、川沿いの住居に浸水被害をもたらします。1998年以降、春洪水によって毎年のように浸水被害が生じ始めました。
レナ川の春洪水と夏洪水がどのような場合に災害として住民に認識されるのか、そして現地政府(ロシア連邦・サハ共和国政府)の適応策について調査しました。その結果、河川沿いの住居浸水や牛馬への被害は災害と認識されますが、情報伝達がうまくいっている村では、大きな災害として認識されていませんでした。一方、近年発生するようになった夏洪水は、レナ川の中州で生育させた牧草を刈り取り直前に水浸しにしてしまうため、災害として認識されていることがわかりました。春洪水に対しては、移住を勧める行政側と、生業のためのアクセスの良さ、在来知や文化を尊重する住民側との間で議論した結果、季節的な移住が行なわれています。夏洪水については行政側も住民側も在来知を持たないため、適応策が存在していません。そこで私たちは、飼料流通網の整備や洪水情報の伝達手段の改善が、持続可能な牛馬飼育維持のために有効な適応策であると提案しました。
また、ツンドラやタイガでトナカイの飼育や狩猟をしている少数民族への温暖化の影響についても調べました。衛星データ解析と生態人類学的調査を照らし合わせた結果、水環境や植生の変化に対し、牧民は微地形を巧みに利用して柔軟に適応できていることがわかりました。彼らは気温上昇を大きな環境変化と認識していない一方、大雨や小河川の洪水を鮮明に記憶しており、また、オオカミなどの肉食獣が増加していると認識していました。さらに、野生トナカイの移動ルートがわかり、夏には繁殖のため、冬には越冬のため、群れで滞留することがわかりました。温暖化で緑色植物は繁茂している一方、冬の餌であるトナカイゴケは減少傾向にあるため、トナカイの出生率や春の体重が減少傾向にあることがわかりました。そこで私たちは、野生トナカイを保護するために、越冬地を保護区にする必要性を提案しました。また、極北シベリアの生業文化として位置づけられるトナカイ飼育と牧民を守るために、彼らに適度な政府補助金を与え、肉食獣の狩猟を促す政策が必要であることを見い出しました。