2026.03.24

研究ニュース

地球温暖化から逃避する樹木と哺乳類・鳥類との関係
-野生のサクラの種子散布に果たすクマの役割-

ポイント

  • 地球温暖化が進むなかでの樹木の移動分散の機構を明らかにするため、3つの山地で哺乳類・鳥類によるカスミザクラとウワミズザクラの種子散布を調査しました。
  • 種子の散布距離は動物によって明確な違いがなかった一方、種子の散布量は哺乳類の種類によって異なり、ツキノワグマが圧倒的に多くを占めていました。
  • とりわけカスミザクラではたくさんの種子を気温の低い高標高の場所へ運んでいた一方で、ツキノワグマが生息しなくなった山地では種子の散布量が激減していました。
  • 野生のサクラが温暖化から避難するにあたって、奥山に棲むツキノワグマが重要な役割を果たしていると考えられます。
概要

 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、国立大学法人東京農工大学、総合地球環境学研究所などの研究グループは、哺乳類と鳥類による野生のサクラ(カスミザクラおよびウワミズザクラ)の種子散布について、3つの山地(関東山地、足尾山地、阿武隈高原)で調査した結果の評価を行いました。
 地球温暖化が進むなかで、山地の植物は気温の低い場所へ避難する必要がありますが、標高方向の種子散布はほとんど評価されていません。私たちの研究グループはこれまでにツキノワグマなどが関東山地においてカスミザクラを高標高に種子散布していることを報告しましたが、哺乳類が他の山地でも同様に種子散布しているのか、また鳥類の種子散布についてはほとんどわかっていませんでした。
 本研究の結果は、奥地に棲む哺乳類と鳥類のいずれもが高標高の場所へ種子を散布しうることから、山地の植物が温暖化から避難する上で重要な役割を果たしていること、また、メガファウナ*1であるツキノワグマがサクラの存続に重要であることを示しています。
 本研究成果は、2025年1月24日にOecologia誌でオンライン公開されました。

背景

 地球温暖化によって植物では成長が遅くなる、繁殖に失敗しやすくなる、死亡率が高くなるといった悪影響が報告されています。そのため、植物は気温の低い高標高や高緯度の場所へ避難する必要があります。実際に、植物の分布はここ数十年で高標高や高緯度の場所へ変化しつつあります。自ら動くことの出来ない植物は、種子散布によって移動する必要があります。しかし、小さな種子の移動を気温が変化するほどの長距離にわたって追跡することは大変困難で、ほとんど研究例はありません。
 私たちの研究グループはこれまでに種子の酸素安定同位体比*2が標高によって変化することを利用して、世界ではじめて標高方向の種子散布を評価しました。その結果、関東山地(東京都奥多摩)のツキノワグマとテンは野生のサクラであるカスミザクラの果実を食べ(写真1左、右)、その種子を糞として排出することで高標高に多く散布していることを明らかにしました。しかし、哺乳類が他の山地でも同様に種子を散布しているのかは不明で、また他の主要な種子散布動物である鳥類の標高方向の種子散布については直接的な評価がなされていませんでした。

内容

 本研究では、動物による標高方向の種子散布の全体像を把握するため、関東山地、足尾山地(栃木県日光市)、阿武隈高原(茨城県北茨城市)の3つの山地において哺乳類と鳥類の種子散布を調査しました。このうち阿武隈高原では果実食のメガファウナであるツキノワグマが生息しなくなっています*3。対象とした植物は、初夏に結実するカスミザクラ、晩夏から初秋に結実するウワミズザクラです(写真1右下)。標高方向の種子散布距離は、各山地において哺乳類と鳥類の糞から種子を2年間採取し、種子の酸素安定同位体比を分析することで求めました。関東山地については、過去の研究で4年間取得した、哺乳類によるカスミザクラの種子散布データを比較のために再解析しました。

写真1. (左)樹上でヤマグワの果実を食べるツキノワグマ母子(右上)カスミザクラの果実(撮影6月)(右下)ウワミズザクラの果実(撮影8月)(提供:全て直江将司)

 調査の結果、ツキノワグマが生息している山地において哺乳類による種子散布の多くはツキノワグマによることが明らかになりました。ツキノワグマの種子散布量は年や山地によって異なりましたが、カスミザクラでは哺乳類全体の43.9〜80.3%(図1の水色部分)、ウワミズザクラで53.7〜66.8%を占めていました。他の哺乳類による種子散布はツキノワグマと比べると限定的でした(ニホンテン:カスミザクラで9.0〜26.2%、ウワミズザクラで23.0〜32.5%。タヌキ:カスミザクラで0.0〜5.1%、ウワミズザクラで0.0%。ニホンザル:カスミザクラで15.0〜42.0%、ウワミズザクラで0.7〜23.3%)。一方でツキノワグマが生息しなくなった山地においては、ニホンテンとタヌキによる種子散布が確認できたものの、哺乳類の種子散布量は激減していました。カスミザクラではツキノワグマが生息している山地の10.0〜37.4%、ウワミズザクラでは18.2〜38.6%しか種子散布されていませんでした。なお、鳥類による種子散布量は哺乳類と調査方法が違うために比較できませんが、ツキノワグマが生息しなくなった山地での過去の報告(今回と同じ山地で実施)では鳥類による種子散布率はカスミザクラで約10%、ウワミズザクラで約30%とされており、 種子散布量は哺乳類の方が多いものと推察されます。

図1. 哺乳類によるカスミザクラ(上)とウワミズザクラ(下)の標高方向の種子散布
点線(0m地点)よりも右にあれば母樹よりも高標高へ、左にあれば低標高へ種子散布されています。カスミザクラではツキノワグマが生息している足尾山地と関東山地、ウワミズザクラではツキノワグマが生息している足尾山地と生息しなくなった阿武隈高原の結果を示しています。グラフの各色は動物の種類を表しています。関東山地は調査手法が異なっているため、種子散布量を他の山地と比較することはできません。種子の酸素安定同位体比の情報が十分に得られなかったため、阿武隈高原ではカスミザクラの種子散布距離は求められていません。
※図は、シュプリンガーネイチャー社から許可を得て、論文中の図を基に作成しました。

 鳥類と哺乳類の種子散布距離の違いについて、水平方向の種子散布距離は一般に鳥類の方が哺乳類よりも短いことが知られています。これは鳥類の方が哺乳類よりも行動圏が小さく、また果実を食べて種子を糞として排出するまでの時間が短いためです。そのため、標高方向の種子散布についても鳥類の方が哺乳類よりも短いと予想していました。しかし、本研究の結果では、哺乳類と鳥類、また山地による明確な違いはないことが示されました。このことは鳥類の標高方向の種子散布において、行動圏や種子排出時間といった種子散布距離の制限が、鳥類が飛翔して哺乳類よりも効率よく山を上り下りすることで相殺されている可能性を示唆しています。カスミザクラにおける哺乳類と鳥類の標高方向への種子散布距離は平均で+196〜334mでした(高標高への散布)。ウワミズザクラでは平均で−11〜57mでした(低標高への散布。阿武隈高原のニホンテンのみ55m高標高に種子散布)。サクラ2種の種子散布距離の違いをもたらした要因は定量的には評価できていませんが、結実時期が関わっていることが考えられます。温帯において、春から夏にかけては植物の開葉・結実また虫の発生が山麓から山頂方向にかけて進む一方、秋から冬にかけては植物の紅葉・落葉・結実また虫の消失が山頂から山麓方向に進みます。動物が餌生物の分布の季節変化にあわせて移動した結果、初夏に結実するカスミザクラでは高標高へ、晩夏から初秋に結実するウワミズザクラではやや低標高へ偏って種子散布された可能性があります。
 種子散布量と種子散布距離の両者を考慮すると、サクラ2種のいずれにおいてもツキノワグマが最も重要な種子散布者であることが示唆されました(図1)。カスミザクラについては、ツキノワグマは気温の低い高標高へ偏って種子を多数散布していました。ウワミズザクラについても、ツキノワグマはやや低標高へ偏って種子を散布しているものの、高標高へも高い確率で種子を散布していました。温暖化から避難するためには植物は高標高へ種子散布される必要があることを考えると、ツキノワグマはサクラが温暖化から避難するのに大きく役立っているといえます。一方でツキノワグマが生息しなくなった山地では哺乳類による種子散布が激減していることから、温暖化が進むなかでのサクラの存続が懸念されます。

今後の展開

 本研究では、奥山に棲むツキノワグマは野生のサクラが温暖化から高標高へ避難する上で重要な役割を果たしていることを明らかにしました。果実食のメガファウナであるツキノワグマは少なくとも100種近くの果実を食べることが知られており、他の植物でも温暖化から避難する上で役立っているのか評価していく必要があります。さらに、ツキノワグマをはじめとする有力な種子散布動物が絶滅・減少した地域において、動物に種子散布を依存している植物(地球上の全植物種の半分程度)が温暖化から避難できるのか注視していく必要があります。

論文

論文名 Fruiting phenology affects the direction of vertical seed dispersal by mammals and birds across mountain ranges
著者名 Yoshihiro Tsunamoto(綱本良啓・森林総合研究所【現・北海道立総合研究機構産業技術環境研究本部エネルギー・環境・地質研究所】), Shinsuke Koike(小池伸介・東京農工大学), Ichiro Tayasu(陀安一郎・総合地球環境学研究所), Takashi Masaki(正木隆・森林総合研究所【現・近畿大学】), Shuri Kato, Satoshi Kikuchi, Teruyoshi Nagamitsu(加藤珠理、菊地賢、永光輝義・森林総合研究所), Takashi F. Haraguchi(原口岳・総合地球環境学研究所【現・大阪府立環境農林水産総合研究所生物多様性センター】), Tomoko Naganuma(長沼知子・帯広畜産大学)& Shoji Naoe(直江将司・森林総合研究所)
掲載誌 Oecologia
DOI 10.1007/s00442-025-05663-x
研究費 文部科学省科学研究費補助金「JP15K18718, JP16H02524, JP17H00797, 17H05031, JP21K19155, JP21H04784, JP25241026」など

共同研究機関

国立大学法人 東京農工大学
大学共同利用機関法人人間文化研究機構 総合地球環境学研究所

用語解説

*1 メガファウナ
ゾウやクジラなどの大型動物のことをメガファウナといいます。メガファウナは各地で絶滅あるいは個体数を大きく減少させていますが、植生の改変、栄養塩の循環など生態系に大きな影響を与えていることが知られるようになってきました。メガファウナが生態系に果たす役割の多くは他の動物では代替できないと考えられています。

*2 安定同位体
同位体とは、同じ元素でありながら、構成する中性子の数が異なるものを指します。そのような同位体の中で、自然界で時間が経過しても崩壊せず一定の割合で存在しているものを「安定同位体」といいます。同位体は質量が異なるため、環境条件等によってその割合(同位体比)が変化する特徴があります。私たちは種子の酸素安定同位体比が母樹の標高が高いほど小さくなることを利用して、動物に散布された種子の生産された標高(母樹の標高)を推定しました。さらに、散布された種子の標高と種子が生産された標高の差分から、標高方向の種子散布距離を求めました。

*3 阿武隈高原でのツキノワグマの生息状況
ツキノワグマは阿武隈高原において1765年以降は生息の記録がありませんでしたが、近年になって目撃例が増えており、奥羽山脈から新たに侵入していることが分かりました。しかし、その個体密度は未だ低く、生態系において十分な役割を果たしているとはいえない状況にあることから(機能的絶滅)、ここではツキノワグマが生息しなくなった山地として取り扱っています。

ニュース一覧へ