2025.01.16

研究ニュース

進行する地球温暖化は春の一番茶の凍霜害を増加させる?!
〜過去35年間の宇治地域の凍霜害の実態と気候変動の影響を調査・分析〜

京都は日本茶で最も古い歴史を持ち、現在も国内の最も品質の高い日本茶である「宇治茶」生産の重要な産地です。宇治茶の中でも5月初旬頃に摘採される一番茶は、その品質の高さと出荷額の多さからみて最も重要な産品です。

しかし、一番茶は春の季節的な気温上昇で萌芽した新芽が、その後に出現した低温日(寒の戻り)により、時として枯れるなどの深刻な被害(凍霜害※1)を受けます。たとえば2021年春には、異常に暖かかった3月で新芽の萌芽が早まった後に4月上旬の低温に見舞われて枯れてしまうという深刻な凍霜害に見舞われました。総合地球環境学研究所(以後、地球研)と京都府、京都市が共同で運営する京都気候変動適応センター(以後、適応センター)は、これを機に京都府茶業研究所(以後、茶業研)と共同で、過去35年間(1987–2021年)における京都府宇治地域の一番茶への凍霜害の実態とその気候変動影響についての調査・分析を行いました。

その結果、特に近年(2000年前後以降)に凍霜害の頻度が増加していること、その要因として、3月の顕著な温暖化傾向と4月の相対的な低温化傾向の組み合わせが多くなっていることが明らかになりました。そして、この「暖かい」3月から「冷たい」4月の季節変化傾向は、近年の「地球温暖化」に伴う日本付近での特異的な季節変化である可能性も強く示唆され、今後の「温暖化」に伴う、茶を含む農業への気候変動影響として懸念されます。

写真1:近年で最も凍霜害がひどかった2021年4月10-11日に被害を受けた新芽の様子。(京都府茶業研究所提供)

研究の背景と課題

適応センターでは、事業の一環として、京都府市地域での農業への気候変動(地球温暖化)影響を調査し、今後の対策・施策に資することを掲げています。「宇治茶」とよばれる日本茶の生産は京都地域を代表とする農業です。そこで、近年の気候変動が日本茶(宇治茶)の生産にどう影響しているかを、宇治市にある茶業研で確認したところ、品質も高く生産量も多い春の一番茶が、最近では2021年4月に深刻な凍霜害を受けており、茶業研で取得している資料・気象データ等から、近年、このような凍霜害が多くなっている可能性が示唆されました。そこで、適応センターと茶業研が共同して、一番茶への気候変動影響を、過去にさかのぼってさらに詳しく調査することにしました。

研究の目的

茶業研茶園での一番茶の凍霜害の記録のある過去35年間について、それぞれの凍霜害がどのような生育条件と気象条件の下で発生したかを明らかにするため、特に、凍霜害を受けやすい新芽がいつ発芽したかというタイミングと、凍霜害が発生した日が、それぞれどのような気象条件と関係しているかを精査しました。その上で、両者の関係性を気候変動の季節的特性という観点から明らかにしました。

研究の方法

茶業研で観測された35年間(1987-2021)の一番茶の萌芽期※2および凍霜害記録およびその時の気象状況を、特に萌芽期のタイミングと凍霜害の発現に関係する3月から4月の気温の推移の関係を調査しました。さらに、茶業研の観測でみられた季節推移と年々変動が、日本および東アジアのどのような広域の天候変動の下で生じたかを、気象庁発行の天気図と、ヨーロッパ中期天気予報センター(ECMWF)による全球大気客観解析データ※3ERA5の850 hPa(上空約1500m)の気温データを用いて分析しました。特に分析期間での長期的な気温変動と凍霜害の発現が、近年の「地球温暖化」とどう関連しているかも調べました。

研究の経過と成果

一番茶の萌芽期(4月)の日付は、春(3月)の平均気温と負の有意な相関関係があり、3月平均気温が高いと4月の萌芽期は早くなることがわかりました(図1)。特に、3月平均気温が8℃以上の時に、8℃未満の時に比べ、萌芽期が平均的に6日程度早くなります(図2)。

図1:京都府茶業研究所における一番茶の萌芽期(4月のカレンダー日)と
3月平均気温の36年間(1987年-2022年)における相関分布。
縦軸の0は3月31日を、-5は3月26日を示す。

図2:京都府茶業研究所における一番茶の萌芽期の頻度分布(1987-2022年)
3月の平均気温8℃以上(16年)であった萌芽期の中央値(破線)は4月5日
3月の平均気温8℃未満(20年)であった萌芽期の中央値(破線)は4月11日

凍霜害は、3月平均気温が8℃以上で萌芽期が早まり4月上旬に集中すると同時に、日最低気温0℃以下の低温日の時に、発現頻度が極めて高くなる(図4)ことがわかりました。

図3:京都府茶業研究所における53年間(1969年-2021年)の気温変化
(a)3月月平均気温の経年変動とその直線回帰(破線)
(b)同期間の4月前半(1-15日)で平均した日平均気温(実線)、
日最低気温(破線)および0℃未満の日最低気温日の頻度(棒グラフ)の経年変動
4月に凍霜害が発現した年を(a)に示す

1990年以降の気候の温暖化は、3月は特に気温の上昇が顕著である一方で、4月はむしろ下降傾向で、凍霜害が発現しやすい状況となっていることが明らかになりました(図4)。またこの「暖かい」3月から「冷たい」4月の季節変化は、より広域の大気の状態を示す850 hPa(上空約1500m)の日平均気温を分析した結果、同様の傾向が見られました(図5)。つまり、この傾向は、近年の「地球温暖化」に伴う日本付近での特異的な季節変化である可能性も強く示唆されました。

図4:京都府茶業研究所における日最低気温の
長期変化傾向((1990-2021年平均)一(1969-1989年平均))
(a)1年間の時系列変化と(b)その5日移動平均値の時系列変化

図5:ヨーロッパ中期気象予報センター(ECMWF)の
全球客観解析気象データ(ERA5)による京都府茶業研究所に
最も近い格子点での850 Pa(上空約1500m)の気温の
長期変化傾向((1990-2021年平均)一(1969-1989年平均))
(a)日平均気温の1年間の時系列変化と、
(b)その5日移動平均値の時系列変化。

まとめと今後の展望

茶の萌芽期は、3月の平均気温が8℃以上の時に4月上旬に早まり、その時期に日最低気温が0℃以下になると凍霜害が発生する頻度が高くなることが分かりました。また、「暖かい」3月から「冷たい」4月へと季節が進行する傾向は、日本付近の近年の「気候温暖化」に伴った日本列島付近の大気循環の季節進行における特異的な変化に関係している可能性が高く、茶の凍霜害の予測と対策には、今後、全球的な気象データや気候モデルなどを用いての機構解明が重要です。

用語解説

※1 凍霜害:
茶の新芽が低温により凍結あるいは霜により枯死する被害。

※2 萌芽期:
茶の新芽が萌芽した日。茶園全体で萌芽した芽が70%に達した日で定義されている。

※3 全球大気客観解析データ:
不規則に分布する地上や高層観測、衛星観測等で得られた全球の気象観測データを、天気予報に用いる全球数値気象予報モデルに入力して、最もモデルに馴染む格子点初期値として同化したデータ。

論文情報

・論文タイトル:京都府宇治市における近年の茶の凍霜害の発現傾向と気候温暖化の関係

・著者名:安成哲三(総合地球環境学研究所 京都気候変動適応センター)・大串卓史(京都府農林水産技術センター 農林センター茶業研究所)・金森大成(神戸学院大学経営学部)

・掲載誌:茶業研究報告 (日本茶業学会 学会誌) 138号

・発行日:2024年12月31日

※ 本論文はJ-STAGE (https://www.jstage.jst.go.jp/browse/cha/list/-char/ja)へ掲載されます。

本件に関するお問合せ先

大学共同利用機関法人人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 広報室
担当:岡田、柴田、松本
TEL:075-707-2128
E-mail:kikaku[at]chikyu.ac.jp  [at]を@へ変更してください。

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