2024.10.28

研究ニュース

多様な魚の遡上が川の生態系を支えている
回遊魚の「おしっこ」は川の生物の大切な栄養源

発表のポイント

  • 琵琶湖に流れ込む川には、春から秋まで年間8か月もの間ウグイ・ニゴイ・ヨシノボリ・アユ・ハス・ビワマスなど多様な種類の回遊魚が順を追って大量に遡上します。
  • 安定同位体比分析(注1)などの分析により、回遊魚から排泄される「おしっこ」(実際には魚からの尿そして粘液なども含むと考えられる)が川にリンや窒素などの栄養塩を供給することで川の付着藻類の成長を促し、川にすむ底生生物などの重要な資源となっていることを突き止めました。
  • 海や湖とその流入河川などの生態系のつながりの重要性を示すとともに、その間を回遊する動物の存在と多様性が、藻類や昆虫など生態系全体に波及効果をもつことを世界に先駆けて示した研究成果です。

概要

海や湖にそそぐ自然のつながりの保たれた川には、海や湖からさまざまな回遊魚が産卵などの為に遡上してきます。これら多様な回遊魚の存在は川の生態系にどのように影響しているのでしょうか?

京都大学生態学研究センターの倉澤央氏(当時大学院生)、総合地球環境学研究所の大西雄二特任助教、東北大学大学院生命科学研究科の宇野裕美准教授らのグループは、琵琶湖にそそぐ川を対象に、綿密な野外調査による魚の遡上実態の解明と魚に由来する栄養塩の化学・安定同位体比分析を行いました。その結果、琵琶湖から遡上する多様な回遊魚が排泄する「おしっこ」が、一次生産者の生育に不可欠なリンや窒素などの栄養塩を河川生態系に供給することで河川の生物群集を支えていること、多様な魚種が季節を追って順に遡上することで年間8か月もの間その効果が持続することを明らかにしました。この成果は自然の生態系のつながりおよび大移動する動物の存在とその多様性が生態系全体に果たす役割の重要性について新たな側面を明らかにしたものであり、自然環境の管理と保全に重要な示唆を与えます。

本成果は科学誌Science Advancesにて、2024年10月25日付で公開されました。

研究の背景

地球生物多様性の減少と栄養塩循環の変質という重大な危機に瀕している中で、生態系で動物が果たしている役割を見直す必要があります。動物は消費者として餌生物を食べるだけでなく、食べた餌を消化して糞や尿として排泄することで生態系に新たな栄養分を供給し、生態系の中での栄養塩の循環を促進するという重要な働きを持っています。魚類を含む多くの動物は、海や湖と川、海と陸、川と森など異なる生態系の間を集団で移動することで、大量の栄養塩などを輸送し、移動先の生態系に貴重な資源を供給します。海から産卵の為に遡上したサケの死骸が川の昆虫や流域のクマなどの食物になったり、死骸が分解されることでリンや窒素などの栄養が川やその周りの渓畔林の生態系に供給されたりする例は有名です。

一方で、海や湖から川に遡上する魚の中には、産卵後、死なずに再び海や湖に戻ってさらに成長する種類(多回産卵)の回遊魚も多くいます。多回産卵の回遊魚は遡上先の川に死骸は供給しませんが、川での糞・尿・粘液などの排泄を介して、湖や海に由来するリンや窒素を川へ輸送し、川の生態系を豊かにしている可能性があります。また、こうした動物による資源の輸送には、多くの場合、多様な動物種が関わっています。

これまでの研究で、植物や微生物においては、多様な種が存在することで資源をより効率的に利用することに貢献するとして、生物多様性の価値の一つとして認められてきました。しかし、動物の多様性が生態系に果たす役割についてはあまり議論がされてきませんでした。

そこで、この研究では40万年の歴史を持つ古代湖であり、多種多様な回遊魚が生息する琵琶湖と琵琶湖に流れ込む河川を舞台に、各回遊魚種がどのようにどのくらい湖から川へ栄養塩を輸送し、川の生態系に影響しているのかを調べ、その回遊魚の多様性が河川生態系に果たす役割について明らかにしました(図1)。

図1. 本研究の概念図。多様な回遊魚の季節をおった遡上が琵琶湖から流入河川に安定的かつ長期的な栄養塩供給を実現し、遡上域の河川の栄養塩濃度を上昇、それらの栄養は河川中の藻類や底生生物に取り込まれた。

今回の取り組み

本研究では琵琶湖への流入河川の代表として滋賀県高島市の知内川に遡上する魚類とそれらの種が川の生態系に与える影響について調べました。まず、二週間に一度の野外調査により、どの魚種が、いつ、どこまで、どのくらい遡上してくるのかを調べたところ、春から秋までウグイ・ニゴイ・ヨシノボリ・ハス・アユ・ビワマスと順々に主に6種の回遊魚が大量に遡上し続けることが分かりました(図2)。各種ごとの遡上期間は平均3か月程度だった一方で、6種全体での遡上期間は合わせて年間8か月も続きました。回遊魚が遡上してこない河川上流域と多くの回遊魚が見られた下流域において河川水を採水し、その栄養塩(アンモニウムイオン、リン酸イオン(溶存反応性リン))濃度を比較しました。その結果、6種の回遊魚が遡上する8ヶ月の間、下流域での栄養塩濃度が持続的に増加していました(図3)。次に、飼育実験による回遊魚種ごとの栄養塩排泄速度の計測や、河川水中アンモニウムイオンの窒素安定同位体比の分析を実施した結果、8ヶ月間に及ぶ河川での栄養塩濃度の上昇はそれら多様な回遊魚の排泄によることが明らかとなりました。

図2. 調査期間の河川における各魚種の総バイオマス。魚は3月16日から11月22日まで回遊しており、遡上期間は3月から11月の8ヶ月間続いた。

図3. 回遊魚のいない上流域と回遊魚が多く見られた下流域の河川水で観測されたアンモニウムイオンとリン酸イオン濃度の時系列変化と河川におけるアンモニウムイオンとリン酸イオンの河川内での増加量と回遊魚による排泄投入量 の時系列変化。回遊魚が見られる8ヶ月間の遡上期間を通して、上流域よりも下流域での濃度が高い。またアンモニウムイオンにおいては、濃度差から推定される河川での増加量は回遊魚による排泄量と良く一致している。

次に、各回遊魚種の遡上がピークとなるそれぞれの季節において、河川における一次生産者である底生藻類や消費者である水生昆虫の生物量と窒素安定同位体比を回遊魚が遡上しない河川上流域と多くの回遊魚が見られた下流域とで比較解析したところ、遡上期間を通じて回遊魚が排泄した窒素栄養塩が一次生産者を介して河川生態系に取り込まれていることを明らかにしました。これは、回遊魚によって供給された栄養塩が河川生態系を支えていることを意味しています。最後に、多様な魚種が季節を追って遡上することによって、単一の魚種だけの場合よりも、全体としての栄養供給の期間が延長され、河川生態系への栄養供給を安定化させていることをモデルシミュレーションによって確認しました。これらの結果から、琵琶湖からの多様な回遊魚によって湖から河川へ輸送された栄養塩が河川生物群集を支えていること、さらに回遊魚の多様性が河川生態系を安定化させていることを明らかにしました。

今後の展開

本研究では回遊魚が遡上先の河川生態系に栄養供給をもたらしており、さらにその回遊魚の種多様性が、遡上先の河川生態系への栄養供給を安定化させていることを明らかにしました。河川の整備においては、海や湖などからの移動生物にとっての空間的な連続性についても着目し、整備を実施することでその移動生物のみならず他の生物にも恩恵があり、自然環境に配慮した河川整備に繋がることが改めて示唆されました。また、魚類に限らず多くの動物種において生態系間を移動することが報告されており、本研究で明らかになった移動する動物の多様性の生態系にとっての重要性については、広く他の生態系・移動生物についても当てはまることが予想されます。動物の種多様性及び生態系間の連続性を考慮した自然環境管理が重要です。

謝辞

本研究は滋賀県高島市百瀬漁業協同組合に協力をいただき実現しました。また、本研究は科研費JP21K17879(若手研究)およびJP22KJ0004(特別研究員奨励費)JP20J00607(特別研究員奨励費)、さらに国土交通省および公益財団法人リバーフロント研究所の助成、公益財団法人日本科学協会からの笹川科学研究助成を受けて実現しました。

用語説明

注1.       安定同位体比分析:本研究では、河川水中のアンモニウムイオン(NH4+)や底生藻類・水生昆虫の窒素安定同位体比を分析した。窒素(N)には質量数が異なる14Nと15Nの「安定同位体」が存在している。それらの存在比(15N/14N)を安定同位体比と呼ぶ。物質の安定同位体比は、物質が化学反応する際や状態変化する際に変化が生じるため、安定同位体比を分析することでその元素の起源や、経験したプロセスを調査することができる。

動画情報

公開動画URL: https://youtu.be/dRBszne5B9s

論文情報

タイトル:Sequential migrations of diverse fish community provide seasonally prolonged and stable nutrient inputs to a river.

著者:
京都大学大学院理学研究科 修士課程(当時)倉澤央(筆頭著者)
総合地球環境学研究所 特任助教 大西雄二(筆頭著者・責任著者*)
福島大学 食農学類 生産環境学コース 准教授 福島慶太郎
京都大学生態学研究センター 教授 木庭啓介
東北大学 大学院生命科学研究科 准教授 宇野裕美(責任著者*)

掲載誌:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.adq0945
URL:https://doi.org/10.1126/sciadv.adq0945

問い合わせ先

研究に関すること

●東北大学大学院生命科学研究科
准教授 宇野 裕美
TEL: 070-8535-1832
Email: hiromi.uno.c5[at]tohoku.ac.jp

●総合地球環境学研究所
特任助教 大西 雄二

●京都大学生態学研究センター(当時)
NPO法人Bioクラブ(現在)
倉澤 央
TEL:080-8433-9503
Email: Kurasawa.akr[at]gmail.com

●京都大学生態学研究センター
教授 木庭 啓介

●福島大学食農学類
准教授 福島 慶太郎
TEL:024-548-8313
Email: fmktaro[at]agri.fukushima-u.ac.jp

*[at]を@に変更して下さい。

報道に関すること

●東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp

●京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
平田 慎太郎
TEL: 075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail: comms[at]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

●大学共同利用機関法人人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 広報室
TEL: 075-707-2128
E-mail: kikaku[at]chikyu.ac.jp

●福島大学総務課広報係
TEL: 024-548-5190
Email: kouho[at]adb.fukushima-u.ac.jp

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