2024.03.26

研究ニュース

ニホンミツバチとともに生きる
~長野県伊那谷における伝統養蜂調査の30年間を映像化~

研究概要

総合地球環境学研究所の真貝 理香 外来研究員は名古屋大学大学院人文学研究科の甘 靖超 准教授との共同研究(JSPS科研費基盤研究C「日本各地の山間域における、伝統的ニホンミツバチ養蜂の総合的研究と映像化」)の一環として、長野県伊那谷におけるニホンミツバチの伝統養蜂の現在と1990年代以来からの変容について、民俗誌映像(33分)を制作し、公開しました。

「ニホンミツバチとともに生きるー長野県伊那谷における伝統養蜂調査の30年ー」

日本には明治時代に海外から移入されたセイヨウミツバチ(家畜種)と、古くから生息する野生種のニホンミツバチがいますが、伊那谷は長野県下の最大のニホンミツバチの飼育地です。この30年間、少子高齢化や過疎化、温暖化などで社会情勢や自然環境が変化する中、ニホンミツバチの養蜂も外来生物のアカリンダニ注1)や獣害といった新たな問題に直面しています。さらに近年はインターネット上での養蜂技術の公開とあいまって、ニホンミツバチの趣味養蜂ブームが起こり、これは歓迎される一方、多様な地域の養蜂文化が失われるという側面もあります。

こうした中、地域の養蜂文化を映像で記録し、さらに30年前の状況と比較することは、大きな意味を持ちます。

本映像は、甘 准教授と真貝 外来研究員が2017年から2024年現在までに伊那谷の2市3町5村の趣味養蜂家36名からニホンミツバチの飼育について聞き取った調査・記録をまとめたものです。多様な飼育方法が営まれ、「3つのニホンミツバチ文化圏」注2)を育んできた伊那谷を舞台に、飼育者とミツバチ・自然との付き合い、そして養蜂技術や在来知の変化、飼育者同士のネットワークを、周辺の蜜源環境などを含めて映像化しています。

ポイント

  • 多様な地域性を持つ、ニホンミツバチの伝統養蜂技術の民俗誌映像
  • ニホンミツバチの趣味養蜂をめぐる在来知の伝承と30年間の変容
  • 養蜂家ネットワークと山村生活の変容
  • 人とミツバチと自然との関係の多角的検討
  • 山間地域のマイナーサブシステンス注3)の再考
  • サステナブルな地域社会

映像内容

本映像では、まず1990年代に高校教諭として現地の伝統養蜂を調査した岩崎 靖氏と共に、 巣箱を横にしてミツバチを飼う「山地型」の「横置き型文化圏」とされる長野県大鹿村を訪ね、30年間の変化を追いました。

大鹿村では従来、横箱と横置きの蜜桶を使用し、10月中旬頃、巣箱内にミツバチの幼虫がいなくなってから全巣から採蜜する方法が主流でしたが、2010年頃からアカリンダニ被害などによる地域の蜂群数の激減を受け、様々な対策がとられるようになりました。ダニ対策がしやすい重箱式と呼ばれる巣箱に変えたり、採蜜を9月下旬に早め、「たたき上げ」と呼ばれる方法で成虫を別の横箱に移し、越冬させて飼いつないだりする方法で、横箱を使い続ける方もいます。

また、重箱式と横箱を飼育巣箱として併用し、木の丸太を利用した丸胴式と縦箱を、分蜂(春の巣別れ)の誘引用待ち箱に使う飼育者もいます。しかし伝統的な蜜桶は、専門の桶屋がいなくなり、ダニ対策に不向きであるため、使われなくなる傾向にあります。

ある飼育者(養蜂歴72年、91歳)は、ハチが「いて当たり前」のようなものから「尊い存在になった」と語り、伝統を生かしつつ、ダニ対策を模索しています。

こうした飼育者たちの姿や、村の養蜂名人親子が百年かけて続ける探究、養蜂に関する在来知の伝承と新たな飼育技術の工夫など、大鹿村のニホンミツバチ趣味養蜂の30年間を記録しました。

研究成果の意義

現在世界各地で、在来種ミツバチの養蜂が、たとえ採蜜量が少なくとも、生物多様性や養蜂文化の面からも着目されています。本研究は、現代に残る伝統的養蜂技術とその歴史・民俗的背景を文化と見なし、映像として記録することで、国内外への情報発信にもつながります。

また、地域に根ざした多様な養蜂文化を知ることで、ニホンミツバチの減少・生態系との関わりなど、今後学際的な研究を進め、行政・教育機関と連携して、持続可能な地域文化・自然保全活動に寄与することも期待されます。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究C「日本各地の山間域における、伝統的ニホンミツバチ養蜂の総合的研究と映像化」(研究代表者:真貝理香、19K01215)の支援のもとで行われたものです。

研究成果は、2024年3月25日「名古屋大学@NagoyaUniversityPR」にて動画発信されました。

用語説明

注1)アカリンダニ Acarapis woodi(Rennie):
ミツバチの気管に寄生し、寄生されるとニホンミツバチは呼吸・飛翔困難、徘徊などの症状を呈し、群の消滅を招くこともある。小さなダニで気管に寄生するため、目視で発見することが難しい。日本におけるアカリンダニの寄生は2010年に長野県ではじめて報告された(農林水産省,2014)。

注2)3つのニホンミツバチ文化圏:
長野県伊那谷では、標高270mから1100mの範囲にニホンミツバチが飼育されており、岩崎、井原(1994)は、地形・標高に適した「山地型」「低地型」、さらに巣箱の設置法により、縦型の巣箱を家の壁や樹木にとりつける「壁掛け型」、縦型の巣箱を地面や架台に置く「縦置き型」、横型の巣箱を地面や架台に置く「横置き型」と大別できるとした。
岩崎靖、井原道夫(1994)「伊那谷のニホンミツバチ」『ミツバチ科学』15(1),pp.7-18.

注3)マイナーサブシステンス(minor subsistence):
環境民俗学分野で注目を集めている概念で、「小さな/副次的生業」「遊び仕事」と訳されることが多い。主たる生業や収入源ではないが、地域の環境資源の中で、当事者が情熱や楽しみながら継続している生業のこと。ニホンミツバチの養蜂や、山菜・キノコの採集、小規模な川釣り、狩猟などがそれにあたる。本研究では、ニホンミツバチの飼育の楽しみ、養蜂技術の工夫や地域での共有、ハチミツのお裾分けなど、人とハチと自然、人間同士のつきあいにも着目し、山間地域の「暮らしの楽しみ」、生業複合を再考するものである。

写真1:「横置き文化圏」にみられる様々な巣箱の併用(大鹿村、2022)

写真2:保管された伝統的な横箱と使われなくなる傾向にある蜜桶(大鹿村、2022)

写真3:春の分蜂を待つ、村の養蜂名人親子
左:名人(84歳)と蜜桶(岩崎靖撮影,1993/5)
右:名人の息子(81歳)と重箱式巣箱(2023/4)
※温暖化による分蜂時期の変化;巣箱を内検・採蜜しやすいとされる、伝統的な蜜桶からダニ対策しやすい重箱式に変更

写真4:村の養蜂名人の残した蜜桶(左)と息子のダニ対策用の重箱式巣箱(右)(大鹿村、2023)

研究者連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学大学院人文学研究科
准教授 甘 靖超(かん せいちょう)
TEL:052-789-4792 
E-mail:gan.jingchao.h6[at]f.mail.nagoya-u.ac.jp  *[at]を@に変更して下さい。

報道連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学広報課
TEL:052-558-9735   FAX:052-788-6272
E-mail:nu_research[at]t.mail.nagoya-u.ac.jp  *[at]を@に変更して下さい。
 
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 広報室
TEL:075-707-2450 / 070-2179-2130
E-mail:kikaku[at]chikyu.ac.jp  *[at]を@に変更して下さい。

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