2024.02.07
研究ニュース
未来人になって考える地球温暖化に負けない京都の農業
〜後継者不足、高齢化も克服するには?〜
気候変動の影響が世界各地で加速度的に深刻化する中、地球温暖化が進まないように温室効果ガスの排出量を減らす「緩和策」だけでなく、すでに起こりつつある気候変動の影響から人々の暮らしや町、自然などを守る「適応策」の必要性が高まっています。特に農業は気候が収穫量に直接影響するため、早急な適応策が求められます。
総合地球環境学研究所(地球研)が京都府・京都市と共に設置・運営する京都気候変動適応センター(Kyoto Climate Change Adaptation Center, KCCAC)は、気候変動の影響に対する農業分野の適応策について検討するため、未来志向で将来の課題解決を目指す「フューチャー・デザイン(FD)」という新しい手法を使ってワークショップを行っています。昨年8月と12月に開催したワークショップには、農業関係者、行政担当者、研究者が参加し、それぞれが「2053年の未来人」になったつもりで、将来の京都の農業や気候変動の影響について話し合いました。すると、気候の影響による収穫への悪影響を回避するために、農業にAI技術を導入し、工場式農業をさらに発展させて後継者不足や高齢化問題も克服できるのではないかといったポジティブな将来像が見えてきました。
本成果の論文は、Frontiers in Climateに2月5日(日本時間)に掲載されました。地球研の一原雅子外来研究員(日本学術振興会特別研究員)、中川善典教授、石井励一郎准教授、西條辰義名誉フェロー、安成哲三名誉教授が執筆を担当しました。
今後は、2〜3月にさらに具体的な対策を考えるためのFDワークショップを行います。これらの活動で明らかになった目指すべき将来ビジョンとそれを実現するための対策をまとめ、今夏頃に発表する予定です。
気候変動の影響を受けやすい農業 後継者不足、高齢化も課題
京都では過去100年の間に平均気温が約2度上昇するなど、地球温暖化の影響が確認されています。また地球温暖化で猛暑日や豪雨の回数が増えることが予測されており、農業への影響が懸念されています。KCCACの調査により京都における温暖化の稲作への影響や、温暖化で増すお茶の霜被害のメカニズムなどが明らかになってきました。
一方で、KCCACが2021年度に府内で行った気候変動の影響に関するヒアリング調査では、すでに農業は気候変動の深刻な影響を受けているにも関わらず、農家の気候の影響に対する認識は低く、準備も十分にはされていないことがわかりました。それよりも労働力不足、高齢化問題、作物価格の不安定などの多様な課題に悩まされていました。それらの結果を踏まえ、KCCACは、農業の適応策は農業が抱える諸問題を包括的に解決できるように、農家だけではなく、専門家や行政担当者も含めて、議論していく必要があると考えました。
多様なステークホルダーが農業の将来ビジョンを共創するために
世界の研究事例からも、適応策は緩和策と異なり、地域ごとにその特性を考慮し、その地域で暮らす多様なステークホルダーが意思決定に参画し公正に策定される必要があると言われていますが、まだそのようなプロセスは確立されていません。また、適応策は目前の深刻な影響に即応しようとするばかりに、意図せず他の地域に悪影響を及ぼすなど、しばしば「適応の失敗※1」を招くことが指摘されており、長期的な観点に立ち、時に社会に根差す脆弱性に切り込むような変革的※2包括的な議論が必要とされています。
そこで、「気候変動下の京都の農業」について、様々な立場の関係者がそれぞれの視点の違いを前提としながら、対等に情報や知見を共有しつつ、長期的な視野に立って将来ビジョンを共に創り上げることを目的に、KCCACは「フューチャー・デザイン(FD)」(図2)という手法を採用しました。FDは現代を生きる人々が「仮想未来人」になりきって、社会をデザインする手法で、地球研の⻄條辰義名誉フェロー(京都先端科学大学特任教授)が経済学の理論をもとに2012年に提唱しました。参加者は現代社会の条件や制約から解き放たれた未来人の立場で共通の課題を共有し、理想的な未来を思い描くことが期待できます。
これまでに、日本や海外で、自治体計画や、水道料金の世代間負担、コミュニティ施設の管理などのテーマに絞った課題解決に活用されてきました。今回、適応策の検討にFDが採用されるのは初めてです。
「フューチャー・デザイン」を使った初めての試み
まず、農業分野の適応策策定に参加すべきステークホルダーとして、農業関係者、行政担当者、気象学・気候学や防災学、環境農学、農業環境工学、環境法などの多様な分野からの研究者が選ばれました。参加者が対等な立場でフラットに意見交換できるように配慮し、各々1名からなる3人の班を複数設けました。実現可能な将来像を描くために、人口減少の予測や、農業の技術革新の程度、天気予報の精度など、30年後の社会状況を科学的に検証した結果を共有したあと、それぞれが未来人の立場になって「2053年の今、より深刻な気候変動影響の下で、各々どのように農業と関わっているか」について話し合いました。
これまで2回のFDワークショップを実施し、5人の農業関係者と、3〜5人の行政担当者、12人の研究者が参加しました。また、FDワークショップの後に、ワークショップに参加しなかったメンバーも含めた意見交換会を開催しました。
農業のポジティブな将来ビジョンが見えてきた
これらの話し合いで、参加者はそれぞれの専門性に基づいて平等に議論し、独創的でポジティブな意見が出されました。例えば、「農業の現場にAIなどの技術が浸透し、農業が誰にでもできるようになって、担い手の若年化や数の増加、人の入れ替わりが活性化する」「気象予測は精緻化するが完全にはならないことを前提として、被害を社会全体でわけあうしくみができている」「日本の人口が減少・高齢化するにつれて、国際競争力が相対的に低下し、食料安全保障のために国が資源を投入する必要があるため、農業セクターの社会的地位が向上する」などです。
包括的な適応策検討のための手法確立に向けて
FDワークショップを通して、複数のステークホルダーが、立場や現在の利害関係、しがらみを超えて、自分事として未来の理想的なビジョンを創造するために協力し合うことを楽しむ様子が見られました。FDを使った農業分野における適応策検討の取り組みは、まだ実施過程ですが、既に変革的包括的なアイディアも見られ、かつ多様なステークホルダーが参画をしており、世界のニーズに応え得る手法として期待できます。
今後の予定
2〜3月に将来ビジョンに向けて取るべき具体的な適応策について検討するFDワークショップを行います。全体のセッションを通して得られた将来ビジョンと適応策をまとめ、今夏頃に発表する予定です。
用語解説
※1 適応の失敗:気候に関連する悪い影響のリスクの増大をもたらすかもしれない対策を表し、現在また将来において、温室効果ガスの排出量の増加、気候変動に対する脆弱性の増大又は移転、更に不衡平な結果、もしくは福祉の減少によるものを含む。適応の失敗は、意図しない結果であることが非常に多い。
(出典:https://adaptation-platform.nies.go.jp/climate_change_adapt/words.html)
※2 変革的適応: 変革(トランスフォーメーション:持続可能な開発の実現において鍵となる、自然と人間のシステムの基本的な特性の変化)を伴う適応。
(出典は上記サイトに加えて肱岡靖明、2021.『気候変動への『適応』を考える-不確実な未来への備え』(丸善出版)、185頁)
論文情報
掲載誌名:Frontiers in Climate
(Brief Research Report article. Sec. Climate Adaptation Volume 5 – 2023)
掲載日:2024年2月5日
論文タイトル:Toward a transformative climate change adaptation from local to global perspective -a transdisciplinary challenge by Kyoto Climate Change Adaptation Center
著者名:Masako Ichihara, Yoshinori Nakagawa, Reiichiro Ishii, Tatsuyoshi Saijo, Tetsuzo Yasunari
DOI:10.3389/fclim.2023.1304989
取材申し込み及び問合せ先
総合地球環境学研究所(地球研)広報室 岡田、柴田、中大路
Email: kikaku[at]chikyu.ac.jp *[at]を@に変更して下さい。
Tel: 075-707-2450/070-2179-2130