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キヤノングローバル戦略研究所フューチャー・デザイン・ワークショップ72
「地域振興とフューチャーデザインの類似点」

日時
2025年1月28日(火)15:00 - 16:30
場所
オンライン
※参加希望の方は担当者にお問い合わせください。
開催
中川戦略プロジェクト
報告者
八木信行先生(東京大学大学院農学生命科学研究科教授、日本学術会議連携会員)
概要

どうすれば地域振興が成功するのか、これが私の研究課題である。私の専門は水産政策と水産経済である。水産業は、離島や半島の先端部など、人口減少と高齢化が進む場所で重要な産業となっている。地域振興を議論する上では欠かせない。

地域振興は、フューチャーデザインに似ている側面がある。すなわち、遠隔地も未来も、いずれも自分自身から遠く離れたところに存在している点で類似点があるのだ。フューチャーデザインの場合、現在の自分から時間的に遠く離れた将来時点の人間社会や地球環境ケアすることが課題になっている。地域振興の場合も都市で生活する自分から空間的に遠く離れた過疎地の人間社会や地球環境をケアする課題である。

放っておくと、このような遠くの対象ではなく、自分自身にケアの対象が移行することが我々の研究からわかっている。我々は、2011年の東日本大震災および福島第一原発の事故以降、水産物の消費者に対して継続的にオンライン調査を行った。これによると、消費者が水産物の価値を判断する評価軸は概ね3つあることがわかった。1つは、放射性物質への懸念である。これはマイナスの価値となって現れる。2つ目は、被災の地産品を「応援買い」したいとの気持ちである。これはプラスの価値となって現れる。3つ目は水産物が食べておいしそう、栄養になりそう、といった水産物の本来的な価値である。震災の直後は、放射性物質への懸念は高いレベルで存在したが、それと拮抗するレベルで「応援買い」の気持ちも存在し、プラスマイナスで打ち消し合う形となっていた。

しかしながら、そこから数年経つと、放射性物質の懸念は高止まりしたままで「応援買い」の意図は徐々に低下した。その一方で、水産物がおいしそう、栄養になりそう、といった水産物の本来的価値が比較的高く評価されるようになってきた。震災から数年以上の時間が経つと、東北産の水産物の人気が低下する傾向が示唆されたことになるが、これは実際の市場の傾向にも見て取れた。福島の漁船数や港の設備などは震災後数年程度で概ね復興したにもかかわらず、福島での水産物生産量は震災後10年以上経ても震災前の3割程度にとどまっている。これは東京などにおける水産物消費地の福島産水産物の引き合いが弱いことによる。自分のことではなく遠くの人間社会を応援することがいかに難しいかを表している。

類似の問題で、自分の遠くにある自然環境をどう守るのかとの課題も存在する。水産の場合、エコラベルという仕組みがある。これはサステナブルな方法で漁獲や養殖された水産物に対してエコマークのようなロゴをつけ、それを消費者が高く買うことで、サステナブルな取り組みをする漁業者に金銭的なインセンティブを与える仕組みである。イギリスなどで始まった取組であるが、日本にも導入されている。しかし実際、東京のスーパーで観察をすると、エコラベル付きの水産物が必ずしも高い値段で売られているわけではない。消費者は、水産物を購入する際に見るポイントは、鮮度や値段など自分自身で感じることができる価値であり、自分から遠く離れた場所の地球環境まで関心が及んでいないことの表れであろう。

遠くの場所にも消費者が思いを馳せることができれば、地球環境もよりよく守ることができるし、「応援買い」により、過疎化している地域などの進行に役立てることもできるだろう。

それではどうすれば良いのか。1つはリレーショナルバリュー(relational value)の考えを応用することであろう。もう1つが、なんでも自分がコントロールできるとのマインドを切り替えて、自分が周囲に生かされているとのマインドに切り替えることであろう。今回の発表では、この話について議論を深めていきたい。そして、どうすれば遠く離れた将来世代に現在から貢献ができるのか、またどうすれば遠く離れた過疎化の人間社会や自然環境に都会の人間が貢献ができるのか、理解を深めることとしたい。

お問い合わせ
中川戦略プロジェクト
上田
ueda[at]chikyu.ac.jp *[at]を@に変更して下さい。

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