人間活動下の生態系ネットワークの崩壊と再生
研究プロジェクトについて
現在、地球上のあらゆる生態系が人間活動により危機に瀕しています。従来の研究では直接的な影響だけが評価され、生態系ネットワークを介した生態系の劣化は十分に扱われていませんでした。本プロジェクトは、モンゴルでの草原劣化とボルネオの熱帯雨林の減少にかかわる生態系ネットワークをモデルに、より望ましい生態系の維持への道筋をつけることをめざしました。
何がどこまでわかったか

モンゴルでは、2000年以上にわたって遊牧が行なわれてきました。遊牧は、降水量の変動によって植物の生産量が大きく変動するモンゴル草原の環境に適した牧畜システムです。本プロジェクトでは、近年問題となっている草原の劣化(主に、家畜が食べたあとの植物の回復が遅くなること)の原因について調査を行ないました。これまでは、カシミア生産のため、ヤギが増えたことが原因だとされることが多かったのですが、それに加え、畜産物の価格が高い首都周辺に家畜が集中しすぎていること、さらには、家畜の密度が高すぎることや土地の私有化により、より良い草地への移動が妨げられていることが、草原の劣化を引き起こしていることを明らかにしました。
ボルネオ島のマレーシア・サラワク州では、企業による森林伐採やオイルパームプランテーションの拡大により、熱帯雨林(写真)が急速に減少しています。本プロジェクトでは、森林の減少が、これまで焼畑や狩猟、林産物の採集といった形で森林を利用してきた先住民の人々の暮らしを大きく変えていること、生物多様性にも直接的、間接的に大きな影響を与えていることを示しました。
上に述べたモンゴルとサラワクの環境問題が、どのような原因で起こっているのか比較してみると、生態系利用における住民と企業の関係に、生態資源(自然の生態系から得られる資源)の性質に起因する重要な違いがあることがわかりました(図)。モンゴルでは、地元住民がまず草を生態資源として使用し、その製品(主にカシミヤなど)を企業に売ります。したがって、住民と企業はお互いに依存しています。一方で、サラワクの森林の場合は、企業が生態資源の利用に直接携わっており、森林を狩猟などにより利用している地元住民と森林伐採をする企業とは、同じ資源をめぐる競合関係にあります。このような環境問題が起こるメカニズムの違いに応じて、問題解決に有効な政策も異なることが明らかになりました。
私たちの考える地球環境学
本プロジェクトでは、個々の環境問題についての研究をもとに、生態系や生態資源の特徴、それにともなって起きる環境問題とそのメカニズムの共通点や相違点を整理し、問題の解決へと結びつけることを試みました。現在起きている個別の問題を理解するだけでなく、ほかの問題にも広く適用しうる成果を得ることが、これから、より深刻になっていくであろう環境問題の解決には重要です。

森林伐採やプランテーション開発によって急速に失われている
本プロジェクトでは、いろいろな専門分野の研究者が共同で研究を行ないました。その成果を出版物やシンポジウムで発信することに加え、成果をそれぞれの学問分野に持ち帰り、優れた研究論文として発表することを通じて、世界中の研究者と共有していくことが重要だと考えています。
プロジェクトリーダー
- 酒井 章子
- 京都大学生態学研究センター