プログラム名実践プログラム1:環境変動に対処しうる社会への転換
プログラムディレクター杉原 薫

 

○研究目的と内容

研究目標
人間活動に起因する環境変動(地球温暖化、大気汚染などを含む)と自然災害に柔軟に対処しうる社会への転換を図るため、具体的なオプションを提案する。
 
ミッション
人類社会にとっての地球環境の持続性の本質的な重要性を示すためには、環境変動や自然災害そのものを研究するだけでなく、それらが貧困、格差、紛 争、生存基盤などの社会問題とどのように関係しているかを明確に概念化するとともに、その知見が現実の社会の転換に役立つような展望が形成されなければな らない。実践プログラム1「環境変動に柔軟に対処しうる社会への転換」はこうした課題への貢献を目指す。
具体的には次の二つの課題に取り組む。 第一に、気候変動史、環境史を参照しつつ、アジア型発展径路の研究を推進する。人間と自然の相互関係を歴史的に理解するとともに、各地域の政治的経済的条 件や文化的社会的な潜在力を、欧米などのそれと対比させながら評価する。例えば、アジア太平洋沿岸に広がる臨界工業地帯の発展は、化石資源の輸入と、土 地、水、バイオマスなど、ローカルに豊富に存在する資源とを結びつけることによって可能になった。そして、これらの地域の産業発展は、高度成長と環境汚 染・劣化を同時にもたらした。こうした歴史過程の原因と帰結を明らかにし、社会の変化や政策の成否を判断する根拠を提供する。
第二に、ステー ク・ホールダーとの協働によって生存動機のあり方を多面的に解明する。例えば、スマトラの熱帯泥炭湿地を対象としたわれわれの研究によれば、地域社会の持 続性を確保するためには、「生存」基盤の確保、地域の農民や農業・工業に従事する企業の「利潤」追求、地方、中央レベルの「統治」行動、政府、NGO、国 際機関による「保全」の試みの4つの動機が適切に働くことが必要であり、村レベルでもこれらの動機を共存・協調させる必要がある。地域の大学、企業、政府 の担当者と協力して行われているこのプロジェクトは、すでに、インドネシアおよび近隣諸国において大きな環境問題となっている泥炭湿地の火災を防ぐための 地方・中央の政策の発展に貢献してきた。
本プログラムは、これらの目的を達成するにふさわしい、いくつかの具体的テーマを研究するプロジェクトを有機的に連携させ、研究成果を社会構造の転換につなげる方法を発展させることを課題とする。

○本年度の課題と成果

中塚プロジェクト: FR4

中塚プロジェクトは、順調に進んでおり、英語の出版物を含 む、優れた結果をもたらすことが期待される(プロジェクト・リポートを参照)。プログラム1としても、2017年5月に開催された社会経済史学会の年次大 会において、杉原が中塚教授と共同でパネルを組織し、議論に参加した。気温と降水量のデータから、江戸時代の社会の再解釈の可能性を議論し、経済史家、人 口史家との間で貴重な意見交換が行われた。また、2018年7月~8月に米国・ボストンで開催される世界経済史学会にセッションを開催する運びとなり、フ ランス、英国と米国から中国、インド、ヨーロッパや近代日本の専門家を含むスピーカーを招き、中塚グループのデータの歴史学へのインパクトについて議論す る予定である。

 

水野プロジェクト: FR1 (20171月から)

本プロジェクトは、高い期待(FRにいたるまでの研究成果 をまとめた英文論文集に好意的な評価が出たなど)と、インドネシアにおける学界や政府との密接な交流の実績を前提にして開始された。当初、関連するプロ ジェクトとの調整に時間をかけて(キー・メンバーの何人かがJICA, CIFOR, 京都大学のプロジェクトジェクトにも参加している)、本プロジェクト特有の課題を合意・共有し、関連プロジェクトとの協力関係を確立した(プロジェクト・ リポートを参照)。本プロジェクトは、ヨーロッパ発の多くの研究潮流に比べても、学際、超学際的な研究へのコミットメントにおいてもっとも野心的なプロ ジェクトであり、国際的にもそのようなものとして認知されつつある。

 

吉田プロジェクト: PR1 (20176月から)

本プロジェクトは、生態系を活用した防災減災(Eco- DRR)を主な研究対象としているが、いくつかの地方自治体の政策に関わりつつ社会の価値観の変化も促すような「社会転換」への強いコミットメントや、国 の政策にも影響を与えようとする意欲を有し、あえてプログラム2ではなく、プログラム1に属していただいた(プロジェクト・リポートを参照)。

 

ISFS 段階の関連プロジェクト

2017年度は、2つのFSプロジェクトをサポートした。 一つ目は、living spaceをめぐる村山プロジェクトである。このプロジェクトは、ローカルヒストリー・アプローチと、学際的研究及び数理地理モデリングの手法を結びつけ ようとし、地理的にも広範囲(日本、アジアとヨーロッパ)をカバーしようとしていたので、プログラム1でも、「空間をどう生かすか、空間はどう生かされる か」といった問題意識でliving spaceという概念の有用性について検討してみたが、2017年11月の評価委員会で採用されなかった。他方、林田プロジェクトは、デリー近郊の農村か ら排出される短寿命気候汚染物質(SLCPs)の軽減方法を行った学際的な研究で、11月の委員会では採用されたが、外部評価及び外部評価後の委員会で採 用は見送られた。ISプロジェクトでは、グローバル・ヒストリーの視点から南アジア、東南アジアとサブサハラアフリカの熱帯地域の比較を提唱する脇村プロ ジェクトがきわめて野心的な構想を示した。杉原の個人的な意見では、プログラム1にとって最も重要なプロジェクトであったが、FSに進むことはできなかっ た。

 

研究の方向性

杉原は、二つの科研プロジェクトの最終年度にあたっていた ため(ともに前任校の政策研究大学院大学(GRIPS)で行われてきたが、最終年度に地球研に移管)、そのまとめに時間を費やした。一つは「アジア、アフ リカ新興国の政治と経済の関係」(新学術領域)の経済史的研究、もう一つは植民地期インドの交易統計に関する研究である。地球研との関係の深まりにした がって、これらのプロジェクトに資源史の視点を導入し、アジアにおける「資源ネクサス」の形成と発展について、地球研のスタッフと意見を交換した。また、 インドの統計研究も、地域交易がローカルな資源制約を緩和したことの環境史上の帰結を明らかにするという問題意識を導入した。統計資料も2018年2月ま でにすべて地球研に移管し、3月にGRIPSおよび地球研において二つのプロジェクトのまとめのための一連の研究会を開催した。

以下では、プログラム1のプロジェクトの諸テーマが今後ど のような関連性をもって発展していくのかを考えながら、資源ネクサスについての杉原の現時点での理解を記しておこう。アジア・アフリカの新興国においては 現在、(メガシティー、メガロポリスなどの発展を含めて)都市化が急速に進んでおり、過密化、交通渋滞、大気汚染、水質の低下などとともに貧困、格差の問 題を起こしている。本プログラムにとっての第一の問題は、さまざまな資源がどのように都市に持ち込まれ、ローカルな資源と結合して都市の生産と消費を支え ているかを明らかにする方法を確立することである。都市の外から(しばしば遠方から)持ち込まれる資本、労働、化石エネルギーといった資源に加え、土地、 水、バイオマス・エネルギーといった比較的ローカルに供給される資源を考慮に入れ、これらすべての結びつき方(シナジーとトレードオフ)が分析されなけれ ばならない。また、都市は生産だけでなく生存基盤も提供しているので、生存基盤の保障にとっても「水・食糧・エネルギー」ネクサスの分析が一つの鍵となろ う。

都市化のグローバルな進展はまた、都市域以外の地域(農山 漁村)や人がほとんど居住していない地域における資源管理の必要性が高まる可能性を示唆している。都市域以外の人口が相対的に減少する一方で、気候変動や ツーリズムなどによる人間の介入の度合いは増加する可能性が高いからである。したがって、第二の問題は、生態系サービスと都市域以外の社会の総合的なガバ ナンスをどう構築するかである。それにはもちろん都市に集中している最新の技術や情報が活用されなければならない。

この二つの問題は、いずれも都市化、グローバル化が巻き起 こす問題であり、「同じコインの表と裏」だとも言える。われわれは、これまで使われてきた「農村・都市ネクサス」という概念を、人類世における諸問題を踏 まえて再定義し、地球環境の持続性の分析にふさわしい分析枠組を構築するべきであろう。

資源ネクサスについての杉原のこうした考えは、京都大学東 南アジア地域研究研究所発足記念シンポジウムにおける記念講演(2017年6月), 環境経済・政策学会2017年大会シンポジウムのパネルにおける講演(2017年9月). 日本学術会議主催学術フォーラム(RIHNからは他のメンバーも参加)における講演(2017年7月:のちに『学術の動向』に発表(2018年2月))な どでも表明された。また、2018年1月には、プロジェクトとの接合をめざして、土地利用に関するプログラム1の研究会を開催し、中塚プロジェクト、水野 プロジェクトと吉田プロジェクトの各プロジェクトリーダー及び、研究員が参加して関心を共有した。プログラム1に赴任した増原氏とともに、さらなる研究会 も企画されている。

○共同研究者名(所属・役職・研究分担事項)

増原 直樹 ( 総合地球環境学研究所・上級研究員 )

○今後の課題

国際出版室

杉原は、2017年4月に地球研の国際化についての議論を 活性化することを提案し、NUS PressのPaul Kratoska氏を招いて、国際出版戦略を議論した。それも契機となって、非公式のワーキング・グループが地球研で独自のジャーナルを刊行する可能性を 検討し、ジャーナルの目的についても草案を作成したが、結局、Cambridge University Pressから刊行予定のGlobal Sustainabilityと いう新しいジャーナルの主筆であるJohan Rockström氏からの招待を受け、この新しいジャーナルに参加することを選んだ。地球研は、‘humanities and global sustainability’というコレクションを担当することになり、安成所長と杉原がセクション・エディターに就任した。そして、既存の地球研での 英文出版シリーズ(Springer)や他の英文出版物の刊行促進とあわせ、英文刊行物におけるプレゼンスを高めるために2018年度から国際出版室を設 置することになった。杉原が室長に就任する。

 

世界社会科学フォーラム

第4回世界社会科学フォーラム(World Social Science Forum)が2018年9月に福岡で開催される。杉原は、日本学術会議の第一部国際協力分科会委員長およびフォーラム組織委員会のメンバーとして、この 国際学会の誘致に深くかかわってきた。地球研は、コンソーシアムの一員としてフォーラムをサポートすることに同意した。今回のフォーラムの主要なテーマ は、security(安全保障だけではなく、広い意味での生存基盤の保障)とequality(平等)である。地球研からのパネルへの応募も、数件採択 された。今回のフォーラムは、これまでフォーラムを主催してきた国際社会科学協議会と自然科学の主要な学会である国際科学会議との合併後の初めての国際会 議になるため、より国際的に注目されると同時に学際的なプログラムとなっている。地球研の活躍が期待される。

著書(執筆等)

【分担執筆】

増原直樹 2018年03月 環境自治体づくり関連年表. 中口毅博・環境自治体会議環境政策研究所編 『環境自治体白書2017-2018年版―地域における持続可能な消費と生産』. 生活社, 東京.  http://www.seikatsusha.com/book41.html

論文

【原著】

杉原 薫 2018年02月 「開発主義の環境史的基盤―臨海工業地帯から内陸部への歴史的移動を考える」. 『学術の動向』(2018年第2号):52-55頁.

Sugihara, K. 2017 “Monsoon Asia, Intra-Regional Trade and Fossil-Fuel-Driven Industrialization”. Gareth Austin (ed.) Economic Development and Environmental History in the Anthropocene: Perspectives on Asia and Africa. Bloomsbury Academic, London, pp.119-144.

Sugihara, K. 2017 “Monsoon Asia, Industrialization and Urbanization: The Making and Unmaking of the Regional Nexus”. RIHN (ed.) RIHN 11th International Symposium Proceedings ‘Asia’s Transformations to Sustainability: Past, Present and Future of the Anthropocene'. RIHN, Kyoto, pp.67-99.

その他の出版物

【その他の著作(新聞)】

杉原 薫 「神田さやこ『塩とインド-市場・商人・イギリス東インド会社-』」. 『日本経済新聞』, 2017年11月03日 朝刊. 第60回日経・経済図書文化賞選評

会合等での研究発表

【口頭発表】

Sugihara, K. “Intra-regional Trade and Labour-intensive Industrialization: A General Discussion”. Workshop on Emerging States in Global Economic History (Part 2), 2018.03.26, RIHN, Kyoto. (本人発表).

Sugihara, K. “Emerging States in Global Economic History”. Workshop on Emerging States in Global Economic History (Part 1), 2018.03.24, GRIPS, Tokyo. (本人発表).

Sugihara, K. “Intra-regional Trade and Labour-intensive Industrialization: A Regional Comparative Perspective and its Implications for the Emerging States”. Workshop for the Emerging States Project (Vol.2), 2018.03.09, GRIPS, Tokyo. (本人発表).

杉原 薫 「3年間の総括」. 基盤B「植民地期インドにおける外国貿易・国内交易・物価の長期趨勢と変動-統計的研究(代表研究者杉原)」, 2018年02月12日, 総合地球環境学研究所、京都市. (本人発表).

Sugihara, K. “Transition to the Emerging State in History and the Developing World”. Workshop for the Emerging States Project, 2018.02.03, GRIPS, Tokyo. (本人発表). (General meeting with Professors Roy Bin Wong and Dr Chris Baker)

Sugihara, K “Intra-regional Trade and Labour-intensive Industrialization: A Regional Comparative Perspective and its Implications for the Emerging States”. Workshop for the Emerging States Project, 2018.01.12, GRIPS, Tokyo. (本人発表). (General meeting with Professor Sugata Bose)

Sugihara, K. “Comments on Multiple Payment Systems in Globalizing Economies”. Pre-Conference of the World Economic History Congress 2018 Boston, 2017.12.15-2017.12.16, Kansai University, Osaka. (本人発表).

Sugihara, K. “Consolidating India's Trade Statistics, c.1800-1890: Notes on Sources with special reference to Administration Reports”. 「開放性と多様性のなかの経済・社会:植民地期インドを焦点にして」研究会(科研費基盤研究(B)「植「民地期インドにおける外国貿易・国内交易・物価の 長期趨勢と変動:統計的研究」と京都大学南アジア地域研究拠点(KINDAS)グループ1-Bの共催), 2017.11.18, 京都大学東南アジア地域研究研究所、京都市. (本人発表).

杉原 薫 “India’s Internal Trade around 1850: With special reference to Bombay(発表は日本語)”. 杉原科研B「植民地期インドにおける外国貿易・国内交易・物価の長期趨勢と変動-統計的研究」研究会, 2017年08月02日, 総合地球環境学研究所、京都. (本人発表).

杉原 薫 「開発主義の環境史的基盤: 臨海工業地帯から内陸部への歴史的移動を考える」. 学術フォーラム「アジアの経済発展と立地・環境:都市・農村関係の再構築を考える」, 2017年07月08日, 学術会議講堂、東京. (本人発表).

Sugihara, K. “Urban Living Space as a Factor Endowment: A Note on Asia’s Long-term Development Path”. Workshop on ‘Learning from Historical Tokyo: Implications for Developing Cities’, 2017.06.05, GRIPS, Tokyo. (本人発表).

諸田博昭 「戦間期中国の銀行券発行における領用の役割」. 社会経済史学第86回全国大会, 2017年05月27日, 慶應義塾大学、東京. (本人発表).

【招待講演・特別講演、パネリスト】

杉原 薫 「資源ネクサスの大転換―アジアから展望するグローバル・ヒストリー」. 第15回一橋大学関西アカデミア シンポジウム「アジアに開く関西と日本:その過去、現在、未来」, 2018年02月17日, 新梅田シテイ、梅田スカイビル, 大阪市.

Sugihara, K. (Organizer, Panelist and Chair) . "Roundtable on South Asia, Asia and Global History (with Professor Sugata Bose)”, 2018.01.14, Center for South Asian Studies, Ryukoku University, Kyoto.

Sugihara, K.(Chair of Session 3 and roundtable discussant) "Trans-scale Solutions for Sustainability". RIHN 12th International Symposium, 2017.12.21-2017.12.22, Kyoto International Conference Hall, Kyoto.

杉原 薫 (招聘報告) 「環境経済史から考える近代アジア: 成長パラダイムから持続性パラダイムへ」. 環境経済・政策学会2017年大会シンポジウム「フューチャーデザインと新国富論:将来の持続可能な社会をいかにデザインしていくか」, 2017年09月09日, 高知工科大学、高知.

杉原 薫 (記念講演) 「モンスーン・アジア、工業化、生存基盤の持続性」. 京都大学東南アジア地域研究研究所発足記念シンポジウム, 2017年06月02日, 京都大学、京都.