平成16年12月16-7日に開かれました「地球研プロジェクト発表会」に提出した進捗状況報告より
〈基本的認識〉
基本的認識1:
人間は有史以前より様々な人工物、様々な人工システムを作りだし、自然環境の中に裸で存在することの危険から身を守り、より快適な生存を可能とする、第二の環境を構成してきた。この第二の環境は、人間が、自然物や自然システムを加工して、自らの生存目的のために人工的に作り出したという意味で、自然環境に対置して、人工環境と呼ぶことが出来るだろう。それは目に見える人工物、人工施設、それらの集合だけではなく、人間の行動や生活を秩序化する文化や国家などの人工的な制度・システムをも含め、人を取り囲み機能している環境である。
我々が現在、環境問題として取り上げる多くの現象は、人間のこの人工環境を拡張し充実させる活動に起因している。すなわちひとつには自然諸物を資材として利用・収奪し、また、人工環境を展開する空間を自然環境の中に切り開くために、自然諸物を改作し、またついには邪魔者として破壊しているのである。現在進行中の自然破壊も、人間の破壊欲にしたがう破壊のための破壊ではない。それは人工環境を作り、拡張する人間の行動に起因する事態である。したがって、環境問題を生むに至った人間と自然との関係の歴史を理解するためには、人間−自然という二項関係をそのまま考察の基礎モデルとするよりも、人間−人工環境−自然という三項関係を基礎モデルとして考察を進める方がより適切であろう。
ある人間集団における人工環境の発達は、その集団が活動する地域の自然環境の制約のもとに行われる。しかし一方その制約を乗り越えて行くところにこそ人間の創意と工夫とが働くのであるから、単純な環境決定論では人工環境の構成と発達とを理解することは出来ないだろう。こうして形成された人工環境の発達は、それ以前の人間と自然との直接的な関係を当の人工環境を介した間接的な関係へと変えて行く。それとともに人間の自然観、世界観も変化して行く。
自然現象や自然諸物は人間に対置される強い存在感を持つものでは徐々になくなり、様々な資材・資源として人工環境に繰り込まれるだけのものへと変化する。このことは逆に、元来が自然物である人間自身の心身をも資源として取り扱う人間観をもたらす。現代の地球環境問題を生み出す人工環境の飽和的とも言いえる拡張のなかで我々が直面しているのはこのような事態なのではないだろうか。
基本的認識2:
従来のアジア諸地域に関わる歴史研究、社会研究は、19世紀西欧に成立した歴史学、社会学などの基礎概念枠(例えば「アジア的専制支配」、「家父長制」、「家産国家」など)に覆われ、また「国民国家」の枠により寸断されてきた。現在、このような歴史理解、社会理解について、実態に即しての見直しの機運が研究状況のなかに出現している。この機運を担っている研究者の、出会いと共同研究の場を組織することによって、新しいユーラシア規模での歴史研究の地平が開けるだろう。
〈目標と内容〉
以上のような認識により、本プロジェクトの目標を次のように設定する。
目標1:
ユーラシア大陸と周辺島嶼部各地域の自然環境という舞台のうえで、また様々な他地域との交流のなかで、人間の人工環境を作り出す活動がどのような節目を経て拡張してきたのか、その歴史を解明する。この場合、人工環境拡張の節目として、
A.農耕・牧畜の成立と発展、
B.都市の形成、
C.国家の成立、
D.近代工業化社会の成立と全世界への波及、
の4つに焦点を合わせ、それぞれの人工環境としての特質と相互関係の実態を歴史的に解明する。
目標2:
人工環境の拡張がそこに住む人間のものの見方、考え方の基本地図、すなわち世界観にどのような変転をもたらしたのか、またどのような世界観が人工環境の拡張を推進し、あるいは抑制したのか、その実態を1)の解明を基礎として究明する。
ユーラシア大陸とその周辺島嶼部は有史以前より農耕・牧畜技術を発明し、都市・国家を形成し、その技術を広め、あるいは互いに交流して、地域的な偏差を拡大させながらも、時代とともに、緊密な人工環境のネットワークを築いてきた。人工環境は各地域の自然環境を舞台として発達する。その発達の地域的偏差にはそれぞれに特殊な各地域の自然的条件が大きく関わっている。
内容1:
本プロジェクトは、この自然的条件について、大きく大陸と海域、大陸については乾燥地帯と湿潤地帯との対比に注目する。それと共に、これらの自然条件に対応して生ずる狩猟・採集と農耕・牧畜、移動と定住という生業・生活形態の差異を大きな分析枠として採用し、各地域での人工環境の形成と発達、および地域間の交流、大きくはユーラシア全体に広がる人工環境ネットワークの形成を解明する。
内容2:
ユーラシアにおいては古くより文字が発明され、大量の言語記録が残されて来た。これらの記録によってそれぞれの時代、地域においてどのような世界観が現れていたのかを詳細に検討することが可能である。これらの言語記録に図像資料や考古学的資料を加え、人工環境の発達にともなうユーラシア各地での世界観の変遷の究明を行う。
内容3:
ユーラシアにおける人工環境発達の歴史において、これまでの節目の全てに勝る画期は、西欧における近代工業化社会、市場経済体制、国民国家体制の手を携えての成立、世界全域への伸張であろう。ユーラシア各地域へのその波及は、各地域の人工環境の構成とその人工化の度合いを現在も激変させつつある。その激変の実態、それにともなう人々の生活形態や世界観に起こっている変動を、現地調査にもとづいて明らかにする。この解明は、現代からの考察として、前近代における人工環境発達の解明と相補的な関係にあり、あわせて現代の地球環境問題の理解に確かな歴史的展望を与えると期待できる。
内容4:
ただしユーラシア全域、全歴史に研究を展開することは不可能であるので、研究の現状に照らし、本プロジェクトの目標にかなう、新しいユーラシア歴史像を切り開く基点となりうる複数の研究ポイントを重点的に設定する。