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アラブ社会におけるなりわい生態系の研究――ポスト石油時代に向けて

プロジェクトのホームページ

地球研年報(業績一覧など)

プロジェクトリーダー

縄田浩志 総合地球環境学研究所

サブリーダー

石山 俊 総合地球環境学研究所

コアメンバー

川床睦夫
宮本千晴
坂田 隆
吉川 賢
星野仏方
篠田謙一
BABIKER, Abdel Gabar E. T.
ABU SIN, Abdallah M. A.
LAUREANO, Pietro
BENKHALIFA, Abdrahmane

イスラーム考古学研究所

マングローブ植林行動計画

石巻専修大学理工学部

岡山大学大学院環境学研究科

酪農学園大学農食環境学群

国立科学博物館人類研究部

スーダン科学技術大学

ゲジラ大学

伝統的知識世界銀行

アルジェリア科学技術大学

研究プロジェクトについて

中東の乾燥地域において、千年以上にわたり生き残り続けることができたアラブ社会の生命維持機構と自給自足的な生産活動の特質を明らかにし、ポスト石油時代に向けた、地域住民の生活基盤再構築のための学術的枠組みを提示することを目指します。

 

研究の目的

背景と目的

写真1-3
写真1-3
上・ヒルギダマシ葉のサンプリング(サウディ・アラビア)
中・ヒルギダマシ形態的特性の調査(スーダン)
下・ヒルギダマシ枝葉を食べるラクダ(スーダン)

日本国と中東諸国は、エネルギー・水・食糧の観点からみて地球環境に多大な負荷を与え続けてきました。自国の経済的繁栄を維持・拡大することを最優先に、中東地域における化石燃料と化石水といった再生不可能な資源の不可逆的な利用を過度に推進し、外来種の植林による地域の生態系の改変や資源開発の恩恵の社会上層への集中をもたらしました。現代石油文明が分岐点を迎えつつあるいま、これからの日本・中東関係は、化石燃料を介した相互依存関係から、地球環境問題の克服につながる「未来可能性」を実現する相互依存関係へと一大転換する必要があります。その社会設計のために、これまで中東地域で育まれてきた生命維持機構、さらには将来に向けて維持すべき生産活動の特質について、「地球環境学」の観点から実証的に明らかにする基礎研究を推進することが重要です。

低エネルギー資源消費による自給自足的な生産活動(狩猟、採集、漁撈、牧畜、農耕、林業)を中心とした生命維持機構、すなわち「なりわい」に重点を置いた生態系の実証的な解明を通じて、先端技術・経済開発至上主義を根源的に問い直し、砂漠化対処の認識的枠組みを社会的弱者の立場から再考します。研究成果に基づき、庶民生活の基盤を再構築するための学術的枠組みを提示し、ポスト石油時代における自立可能な将来像の提起へとつなげていきます。

研究方法と研究組織

主要な調査対象地域は、紅海とナイル川の間に位置するスーダン半乾燥3地域(紅海沿岸、ブターナ地域、ナイル河岸)です。さらに、サウディ・アラビア・紅海沿岸、エジプト・シナイ半島、アルジェリア・サハラ沙漠の3カ国・3地域をサブ調査対象地域とし、各地域のなりわい生態系の特質を比較研究していきます。現地調査をもとにして、それぞれのキーストーン、エコトーン、伝統的知識を地域間で比較し、固有の条件下でのなりわいの持続性の違いを明らかにしようとしています(図1)。最重要課題である研究テーマは、1)外来移入種マメ科プロソピス統合的管理法の提示、2)乾燥熱帯沿岸域開発に対する環境影響評価手法の確立、3)研究資源の共有化促進による地域住民の意思決定サポート方法の構築、の3点です。研究方法の中心的アプローチは、i)キーストーン(ラクダ、ナツメヤシ、ジュゴン、マングローブ、サンゴ礁)に焦点をあてたなりわい生態系の解析と、ii)エコトーン(涸れ谷のほとり、川のほとり、山のほとり、海のほとり)に焦点をあてたアラブ社会の持続性と脆弱性の検証の2点です。

図1 調査対象地域
調査対象地域

プロジェクト・メンバーには、国内外の人文社会科学者、自然科学者、地域のNGOメンバー、プロジェクト・マネージャーが含まれ、それぞれのメンバーが、A)外来移入種の統合的管理グループ、B)乾燥熱帯沿岸域の環境影響評価グループ、C)研究資源共有化グループ、D)地域生態系比較グループ、に分かれて研究を進めています(図2)。 

図2 プロジェクトの研究テーマ、研究方法、研究組織(クリックで拡大)
プロジェクトの研究テーマ、研究方法、研究組織

 

主要な成果

急激な開発が進む乾燥熱帯沿岸域の環境影響評価

写真4
写真4
現地研究者とマングローブ植林についての議論(スーダン)

ヒルギダマシを優占種とするマングローブ林と裾礁を中心としたサンゴ礁が共存し、マングローブ生態系とサンゴ礁生態系が相互に関連し合う特有の沿岸生態系を発達させている「乾燥熱帯沿岸域」では、歴史的に海産物(魚介類、イルカ、ジュゴン、ウミガメ)に依存する食生活が存在してきました。また、マングローブ植林によって、ラクダを中心とした家畜の飼料としてのマングローブの枝葉の生産、さらには魚付林としてのマングローブ林の再生・拡大がみこまれ、自然環境の回復と人間の食生活の安定の両立が可能となる潜在性があります。

その一方、沿岸域には製油所、石油化学プラント、発電所、海水淡水化プラント、港湾施設などを伴う工業都市が集中しているため、マングローブ林・サンゴ礁・藻場の破壊、高塩分濃度の排水の垂れ流しなどによる環境悪化が懸念されています(図3)。既決の開発案件の遂行を前提とした免罪符的な環境影響評価とは異なる、住民参加の仕組みにのっとった地球環境問題発生の予防としての新たな環境影響評価の枠組みを提起するため、紅海を取り囲むスーダン、エジプト、サウディ・アラビアの沿岸部において、マングローブに焦点をあてた多角的な調査研究を実施してきました。

図3 紅海沿岸部の環境悪化懸念地域(クリックで拡大)
紅海沿岸部の環境悪化懸念地域

ヒルギダマシの林分構造、環境ストレスによる形態的適応、安定同位体をもちいた水利用特質の研究からは、水域に近いほど成木の樹高が高く、土壌塩分濃度が高くなるほど、ヒルギダマシの成長(葉の乾燥重量、節間とシュートの長さ)が悪くなる傾向が見られました。また一部の林分では、ラクダによる食害のある個体と無い個体の形態差を比較したところ、適度な食害がある個体のほうが葉とシュートの成長が良い傾向も把握されました。

図4 紅海のヒルギダマシ葉のサンプリング場所(Google Earth)
紅海のヒルギダマシ葉のサンプリング場所(Google Earth)

これまで紅海沿岸部で3100の葉のサンプリング(エジプト13林分417葉、スーダン25林分1228葉、サウディ・アラビア24林分1455葉)を完了し(図4)、マイクロサテライト法によるDNA分析を行っています。紅海沿岸部の広域な遺伝的変異の解析により、長期にわたる紅海沿岸植生の動態を解明できると期待されます。

乾燥地の過酷な環境にあって、ヒルギダマシの種子は飢餓のときの非常食でもありました。また、ヒルギダマシの枝葉はラクダによる長距離移動のときにキャラバンに積んで運ぶラクダの重要な飼料でもありました。加えて、舟の機能・構造・名称などを指標とした人間の交流史とのかねあいを照合させていくことにより、紅海を舞台とした「なりわい生態系」を具体的に議論していけることがわかってきました。

2011年には、主要調査国スーダンにおける海洋研究の中心的な機関である紅海大学(Red Sea University)と地球研との間で研究協力の覚書を締結し、海草藻場におけるバイオロギングを用いたジュゴンの行動調査、ヒルギダマシ林におけるGPSを用いたラクダの放牧圏と採食圧の調査、漁村における漁撈文化に関する聞き取り調査、といった本格的な現地調査体制が整いました。

 

今後の課題

2012年度以降の課題は、個別の実証的なデータを融合させた説得的な論点の提示と「アラブ社会のなりわい生態系」としての分析結果の統合です。たとえば、野生種ヒルギダマシ、栽培種ナツメヤシ、外来移入種プロソピスといった樹木を比較することにより、「エネルギー」と「食料」になる“新たな”資源としての価値を再評価していきたいと考えています。また、和文単行本『石油がなくなったとき、どう生活しますか』(地球研叢書予定)、和文シリーズ本「アラブのなりわい生態系」(全9巻予定)編集作業を通じて、研究成果のまとめに着手してゆきます。

 

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