[Top Page] | [日本語版要約一覧へ(List of Japanese Summary)]

黄河研究ニュースレターNo.1

(1) はじめに(福嶌)

1990年代に黄河が度々「断流」していると知って以来、中国科学院の劉昌明教授と福嶌は、パベル・カバット氏のリーダシップの下に、毎年一度開かれていたIGBP/BAHCの科学推進委員会において、黄河の日中共同研究を始めようと話し合った。というのは、アジア地域に住む私達が個別的な科学研究成果の発信だけでなく、もっとアジアモンスーンに関係する研究内容を活発化させることが必要ではないかと思ったからであり、また、その活動結果は水不足に悩む国々の人々に貢献できるであろうと確信したからであります。

最初の黄河国際研究集会は2003年1月27-29日に海外からの12名を含む50人以上の参加者を得て、京都で開催した。我々が「研究」と複数形で書いたのは、劉昌明教授が黄河問題を解決するために計画された中国国家研究、第973研究課題の総括班リーダーであり、福嶌が総合地球環境学研究所の研究課題、「近年の黄河の急激な水循環変化とその意味するもの」、と文部科学省の「人・自然・地球共生プロジェクト(RR2002)、課題E:水資源予測モデル開発(代表者:山梨大学・竹内邦良教授)の「黄河地表水」班の代表であるので、これらを含んで複数名としました。達成目標とその方法はそれぞれに異なっていますが、相補的に最大限の協力をするという点では一致しています。研究集会では、我々の狙いが、GEWEXやIGBPの精神を汲み、人間活動の評価を取り入れた上で、「大気―陸面」と「陸―海」系の相互作用へ具体的にチャレンジを行おうとする点に、参加者から熱い期待が集まっていることを知り、意を強くしました。当然ながら、国際プロジェクトとして実施することや、隔年に研究集会を開くこと、今後の関係者の広報媒体としてwebベースのNews Letter発行を決めています。ここに、プロジェクトの事務局長である谷口真人氏の努力によってその第1号を発行できました。有益な情報や意見の交換が活発にできることを期待しております。

(2)黄河流域水循環メカニズムの研究―中国黄河研究からの報告―(劉昌明)

黄河の流出量は中国における全河川のわずか2%でありながら、中国全土の15%の農業用水を供給し、全人口の12%を養っている。ほとんどが乾燥・半乾燥域に属し、人間活動の影響を受け、恵まれた環境ではない黄河流域は、旱魃と脆弱な生態学的環境が特徴である。黄河をどう利用するかは中国の重要な問題であり、研究者らによって堆積物や洪水の制御と水資源開発の技術が進歩してきた。室内実験や分布型水文モデル、リモートセンシングを、異なった時空間スケールで解析することにより、水循環のメカニズムとその影響因子についての研究が行われた。降水と流出のメカニズムを調べるために、中国科学院地理科学及び資源研究所の実験室において実験が行われ、流出の非線形理論に関する新しい知見が得られた。(1)降水の継続時間は流出過程に非線形な効果を及ぼす。(2)臨界点または臨界領域において非線形関数が存在する。臨界点は、全流域における流出集中時間であることが観測された。降水時間が全流域の流出集中時間よりも短いときに、非線形関数が明瞭に存在した。分布型水文モデルについては、流出発生と経路の特性により濾河(Luohe)の上流、小浪底(Xiaolangdi)から花園口(Huayuankou)を選び、1971年から1996年のデータを用いて日単位と時間単位のスケールで構築された。モデルは(1)DEMとGISを併用し、(2)水資源管理を目的に構築され、また(3)モジュール構造を持つ。またこうした実験やモデルの他に、リモートセンシングデータと地上観測データから、蒸発や降水、土壌水分、土地被覆、植生被覆などについての解析が行われた。結果は以下のとおりである。(1)1982年から2000年までの期間におけるリモートセンシングデータから、黄河流域の土壌水分(0 - 20 cm)を評価した。また蒸発と蒸発散の空間分布と時間変化を評価した。(2)NDVIから、黄河全流域の最近20年間の蒸発を評価した。(3)AVHRRデータから、黄河河口部における1時間、3時間、5時間降水量を評価した。(4) 1982年から1998年のAVHRRデータと29地点の農業気象観測所における土壌水分量データ、そして263地点の気象観測所における降水量と蒸発量のデータを用いて、全流域における土壌水分量(0 - 1 m)を評価した。(5)地上湿度計算モデルを構築し、検証した。黄河中流域において地上湿度が評価された。(注:現在着手されている8つのサブプロジェクトがあり、上に述べたのは最初のサブプロジェクトからの結果である。)

(3) 渤海研究グループ(柳)

黄河の河川流量変動は非常に大きく、1960年代は 5,000 m3/secもあったのに、1990年代は 0 m3/secになった。しかし、そのような大きな黄河の河川流量変動が渤海の海洋環境に与える影響は明らかにされていない。この研究プロジェクトの目的は.黄河の河川流量変動が渤海の水温、塩分、流動、低次生態系などの海洋環境に与える影響を定量的に明らかにすることである。日本からの参加者は柳 哲雄(九大)、郭 新宇(愛媛大)、林 美鶴(神戸大)であり、中国からの参加者は高教授を初めとする青島海洋大学の研究者である。研究内容は1)渤海での2回にわたる海洋観測、2)渤海の3次元流動モデルの開発、3)渤海の低次生態系モデルの開発、4)渤海における1年間の可視・赤外衛星画像の収集、5)1)−4)の結果の総合解析、である。この研究により黄河の大河川流量時と小河川流量時の渤海における海洋環境の違いが定量的に明らかになることが期待される。2003年度には流動モデルと生態系モデルの開発、衛星画像の収集を行い、2004年9月と2005年3月には渤海において2回の海洋観測を行い、2006年度には観測結果を数値モデルで再現し、2007年度には総合的なとりまとめを行う。

(4) 黄河デルタ域における地下水・河川水・海水相互作用(谷口)

中国・黄河の下流域では、農業用水・都市用水等による水利用の増大により,1990年代に黄河の断流が頻繁に発生している。この黄河断流は、黄河河川水とそれに伴う栄養塩類の渤海湾への供給量減少と、黄河デルタ周辺の地下水の水質に影響を与えている。一方黄河デルタは、河口の位置の変化により堆積・侵食を繰り返しており,堆積環境の変化が陸−海境界での相互作用に影響を与えている。本研究では,堆積環境の変化と最近の急激な水循環変化が,黄河デルタにおける地下水・河川水・海水相互作用に与える影響を明らかにすることを目的とする。調査は2002年の予備調査を踏まえて、2003−2006年の4年間を予定している。主な観測項目は,(a)渤海湾への河川を通じての物質負荷量を明らかにするための,黄河(利津)における河川水の定期化学分析、(b)地下水と海水との相互作用を明らかにするための、自記地下水湧出量計による連続地下水湧出量と電気伝導度の測定、比抵抗トモグラフィーによる塩淡水境界の測定、光ファイバーケーブルによる海底面温度の測定、(c)地下水と河川水・海水との相互作用を明らかにするための,デルタ内における新たなコアボーリングと観測井内でのCTD連続測定、地下水の各種化学成分・同位体組成の測定、河口部での海水の侵入過程の観測、デルタ地帯のボーリングおよびコアサンプリングと抽出実験による交換成分の調査をもとにした堆積物間隙水の地下水による置き換わりの推定、等である。

(5) 社会経済発展と水資源需給に関する研究 (井村)

全体として厳しい水資源不足に直面している黄河流域であるが、その上流、中流、下流にはそれぞれの自然条件と社会経済特性によって特性の異なる問題がある。本研究では、特に中流域における支流の渭河流域に焦点をあて、自然の水資源サイクルと人間による水資源利用の関係から、地域の経済活動・人間生活の持続可能性を分析する。この地域は、西安市を中心として古くから開けた人口稠密な農業地帯であると同時に、中国政府の西部開発計画に基づいて今後重点的に工業開発が計画されている。具体的な研究は、3つの部分で構成される。(a)水需要を決定する社会経済フレームの設定・・・地域の経済成長、産業構造変化、人口増加、都市化、産業構造の変化、工業の近代化、食糧需給、農作物の転換などの社会経済条件の変化をモデル化する。(b)地域の自然条件の変化にともなう水循環サイクルの変化のモデル化・・・リモートセンシングデータやGISを用いることによって、過去に生じた土地利用/土地被覆変化を時系列的に把握する、また、地域の気象・気候条件(雨量、気温、湿度、日射量等)、農業による耕作方法・作物種変化などの自然環境変化と水需要の関係をモデル化する。(c)人間活動と水循環サイクルの相互関係・・・今後予想される地域の経済社会変化のシナリオを設定し、それぞれの水需要変化を予測する。また、人間活動と自然の水循環サイクルの相互フィードバックの関係から、水資源の制約が地域開発に及ぼす制約、その克服方策などを分析する。

(6) 「大気境界層と陸面過程」研究グル−プ(檜山)

本研究グル−プでは、地球温暖化や農業活動等による人為的な地表被覆の改変が、黄河流域における水循環の変動(特に大気境界層過程や雲・降水過程)に対して、どのような影響を及ぼすのかについて調べるために、従来デ−タの空白域であった黄土高原における大気境界層観測とデ−タ解析、得られた観測デ−タを用いた雲解像モデルによる数値実験、そして衛星計測による地表面(植生)状態の広域デ−タ解析等により明らかにする。特に、当該地域における地表面状態と総観気象場(水蒸気場)の季節変化に伴う陸面−大気境界層過程と、それに付随した対流雲の発達過程に着目し、水文気象現象の把握と数値モデルにおけるパラメタリゼ−ションの改良を目指す。 本研究では先ず、典型的な黄土高原地域に位置する中国科学院・長武黄土高原農業生態試験所の観測圃場(北緯35°12′、東経107°40′)において、運動量・顕熱・潜熱・CO2の各地表面フラックスを測定する(図1)。このために、フラックス観測タワーと大気境界層観測装置(フラックス観測装置)を設置する。同様に、衛星計測の地上検証デ−タを取得する目的で、高波長・高時間分解能の分光放射計も設置する。同時に、大気境界層と自由大気下端(地表面上5km程度までの大気)における三次元風速の鉛直分布と、大気境界層中・下層(地表面上2km程度までの大気)における気温の鉛直分布を、平成15年度内に購入予定であるウィンドプロファイラーレ−ダにより測定する。以上のデ−タにより、大気境界層と自由大気間の運動量と熱輸送過程を様々な総観気象条件のもとで明らかにできる。一方、大気境界層構造と対流雲の発達過程の関係を解明するため、大気境界層と自由大気間の水蒸気輸送過程を測定する必要がある。このため、マイクロ波放射計(平成16年度購入予定)を用いて地表面上5km程度までの大気における水蒸気量の鉛直分布を測定する。 観測はなるべく長期に(継続的に)実施し、最低でも、2004年〜2006年の2 年間の継続的観測を行う。得られた観測データは、混合層バルク相似則等におけるエントレーメントパラメータの再評価に使用するとともに、雲解像モデルの入力値として使用し、大気境界層過程や積雲対流過程のパラメタリゼーションの再評価に供する。特に、半乾燥地特有の気象条件下におけるエントレーメントパラメータの改良を行えるのが本研究の特徴である。雲解像モデルの初期条件には、領域気候モデルの出力値を用いる。このため、なるべく精緻な(空間解像度 1°以内の)客観解析データや再解析データも使用する。パラメタリゼーションの改良が行えれば、より現実的な領域気候モデルを再構築し、陸面状態の変化による黄河流域の水循環変動(特に大気境界層過程と雲・降水過程)を再評価することが可能になり、本研究では、その足掛かりを提示する。

(7) 雲、降水、放射および土地利用の変化に関する研究グループ (早坂)

本研究では、過去20 年程度を対象に、各スケールの水循環の解明に必要不可欠な雲・降水システムについて、人為起源エアロゾルの影響や土地利用の影響を各種気象データおよび衛星データの解析から解明するとともに、土地・水管理モデルに用いる降水量のデータセットを作成する。また、雲の分布から地表面の日射量と赤外放射量を推定し、地表面の蒸発散を広域で定量的に評価する。黄河領域の降水データについては、アメリカのNOAA等 でアーカイブしているデータを収集し、0.1度グリッドの高分解能データセットを作成するとともに、衛星観測や客観解析から得られる降水データ、雲、水蒸気データと比較することによりの作成したデータ質の評価を行う。また、地表面水収支にとって重要な地表面放射収支のデータセットを作成するために、国際衛星雲気候計画(ISCCP)のデータから地表での短波・長波放射量の計算を行う。現在、1度グリッドで1日ごとの放射量の計算方法はほぼ確立されたものがあり、これを基本により高分解能のデータセット作成に向けた改良を行う。そのためには地上観測データとの比較が重要になるが、黄河領域の放射関係のデータセットとして多数の観測点がある日照時間や雲量等を基に1日当たりの短波・長波放射、量を計算しISCCP データから計量される結果と比較する。以上に加えて衛星データ解析から土地利用の変化を明らかにし、人間活動との関係を調べる。また、広域にわたる土地利用の変化は大気環境や気候変動と密接に関連しているので、降水や放射のデータと併せて総合的な解析を行う。

(8) 水利用の実態解明と土地・水管理モデルの開発 (渡邉)

本研究は,黄河流域(領域)の水文環境及び水資源管理と大きな関係を持つ農業地域の水循環・水収支と,それを規定する農業土地利用・作付け体系の管理及び農業用排水管理の実態を把握し,これらをモデル化することによって,農地・農業用排水管理と水資源システムや地域環境との関係を定量的に評価し,将来の変化を予測し,適切な改善対策を提示する手法を開発することを目的としている。この実態の解明とモデルの開発は,圃場レベル,灌漑地区レベル,地域レベルなど,いくつかのレベルで行い,GIS(0.1度グリッド)を用いて入出力などを共有することによって,相互に有機的に連携した構造を確保し,全体として乾燥地域における土地・水管理モデルとなる。流域の水文モデルや経済モデルなど,他のモデルとの連携を図るものとする.具体的には,大規模灌漑地区などを事例対象地域として,土地・水管理及び農業生産に関する基礎資料を収集整理する。既存のモデルをコアにしながら,圃場−農地・作付け管理−灌漑排水システム−地域水収支の各モジュールモデルを開発する。そして,各モジュールをリンクした総合的な総合農地・農業用排水管理モデルを開発する。このために,昨年度(平成14年度)は,まず,黄河流域最大の灌漑地区であり,上流にあってその水管理が流域全体に及ぼす影響の大きい内蒙古自治区の河套灌区を対象にして,水利用の全体像の把握を進めた.灌漑期終了後の調査研究開始であっため,既存の資料の解析を中心にして,乾燥地農業全般についての情報整理と共に作業を行い,河套灌区における農業用水利用及び広域水収支・塩分収支の特徴と課題を整理した。

(9) 統合モデル(福嶌)

黄河は乾燥地にあるが、下流に農業開発域を持つ人口密度の高い地域にあります。1990年代に「黄河断流」のニュースに世界は驚きました。それが地球温暖化による降水量の減少によるのか、あるいは農業への河川水の過剰使用によるのか?両原因が同時期に起こっていると思われるので答えは簡単ではありません。それを見いだす過程こそ、類似の気候条件で農業における水利用の不安定性に困っている国々への現代や将来の農業と環境問題に対する知恵と解決へ我々を導いてくれるはずである。

それを達成するには、現地調査やその解析から原因と結果の関係を探索するいわゆるプロセス研究だけではなく、黄河全流域を対象にした広域水収支研究が有効と考えられます。そのモデル研究は、研究主体から考えて二つに分けることができます。まず、地表面付近の水循環モデリングであり、第二に大気における水蒸気循環のモデリングです。前者は通常、広域水文モデリングと呼ばれ、既に寒冷シベリアのレナ河を対象に開発、検証された水文モデルを基礎にして、貯水池操作や灌漑利用等の実際上の水管理を取り込んだ「水資源モデル」を構築するものです。この中で、地下水は、自然のシステムとしても表流水と表裏一体となる要素であり、かつ華北平原のような農地では井戸からの汲み上げによってその水位を次第に低下させているという意味からも、重要な成分です。水資源モデルは土地利用変化を含む0.1度グリッド解像度の1981年から2000年までの20年間の日データで検証される予定です。後者の領域大気循環モデルは水蒸気の再循環プロセスが更なる降水の湧源となるという意味において重要であります。特に、乾燥域としての黄河領域での雲―降水過程については、今なお十分な知見を持っていません。上記の両モデルはエネルギー・水の循環モデルとして統合されることになり、その上で、最終的な成果として、様々なシナリオに基づいた、土地利用変化の水循環に及ぼす影響が議論されることになります。

上に記しました黄河研究は二つの異なった研究経費で実施されていますが、モデル研究グループは二つの研究資金による研究の接合点に位置するものとして企画しております。

(10)黄河研究に関連したウプサラ大学における研究活動(Halldin, S., Xu, C-Y., Wetterhall, F. & Widen, E.)

気候変化に関する研究はしだいに水資源や人口増加、そして生物多様性の問題に関わってきている。このように相互に関係するような問題はまさに黄河流域の発展の中心となるものである。ウプサラ大学におけるグローバル変化に関する研究は、2つの領域に分けられ、それらは国際的には注目されてこなかったが、黄河研究と関連する。すなわち、寒冷域や、また多くのモデルや手法が開発されている欧米ほどにはデータが十分でない地域に適用できるような、水文モデリングとGCMシナリオのダウンスケーリングである。ウプサラ大学のグループはグローバル水文モデルの領域ヴァージョンを、バルト海と黄河流域に適用する予定である。この点から、我々は黄河プロジェクトに貢献するものとして次のような2つのサブプロジェクトを提案する。(1)Upp-1:マクロスケール水文モデリングによる、冬期や高緯度、およびデータが疎な領域における気候変化の影響について。我々の全球水文モデル、WASMOD-M(Water and Snow balance Modeling system at Macro-scale)は流域スケールのWASMODをもとに開発された。WASMODは日単位から月単位まで柔軟に時間ステップが変えられ、異なった空間スケールにおいても良好な結果が得られることが確かめられており、そしてまた利用可能なデータや気候的な境界条件に依存したさまざまな品質のデータ入力が可能であることなどから、WASMODを研究の出発点とした。パラメータは少なく、さまざまな空間スケールにおいて流域の物理的特性に関連づけられている。また観測が行われていない流域にも適用可能である。WASMOD-Mは、まずグローバルスケールで計算が行われ、つづくステージでは、黄河やバルト海流域のような大陸スケールに適用するために、より高い解像度に改良される。(2)Upp-2:統計的なダウンスケーリングによる降水の極値のモデリング。気候や天気予報のための大循環モデル(GCM)から出力されるデータは、水文モデルに直接用いることはできない。GCMの気候シナリオからは大きなスケールの循環パターンが計算されるが、局地スケールや流域スケールの水文モデルを動かすためには、GCMから出力される循環パターンから、水文モデルの変数、特に局地スケールの降水が与えられることが求められる。これを行うツールとしては、ダイナミック・ダウンスケーリングがあるが、大きな計算資源を必要とし、巨大な気候研究施設が必要であるのに対し、統計的ダウンスケーリングは計算資源が安価に済み、小さな研究グループでも可能である。Upp-2では、4つの統計的ダウンスケーリングの方法を用い、相互比較する。このうちの1つの方法を黄河上流域に適用したところ、良好な結果が得られており、極値の空間的な変化がとらえられることが示された。

(11)自然同位体トレーサーを用いた黄河沿岸部・渤海への地下水流出に関する研究(W. C. Burnnet)

最近数年の農業需要による黄河流出量の減少はよく知られている。しかしながら、沿岸部において、地下水の流出が淡水や栄養分の輸送にどういう役割をするかについては明らかにされていない。黄河研究の目的の1つには、黄河の河口部沿岸域における水・栄養分バランスに地下水がどういう役割をするのかを明らかにすることがある。地下水は、いくつかの沿岸域の水環境に対して生物地球化学的に重要であることが知られている。地下水からの栄養分流入は黄河において、そして渤海システムにおいて重要であるのか?渤海への地下水流出は減少する黄河の流出量に対してどのように応答するのか?これらの問題に対して、自然同位体を地下水-海水相互作用のトレーサーとして用いることによって解明を試みる。トレーサーとしては、地下水流出の指標として自然減衰核子(ラドンとラジウム)を用いる。海水に比べて地下水に多く含まれる222Rnを連続測定することによって地下水流出の大きさを定量化することを試みる。質量収支を評価することにより、測定値の時間変化から海底からのラドン流入量を計算する。ラドン流入量が見積もられれば、流出する地下水中のラドン濃度でラドン流入量を割り算することにより地下水流出量を評価することができる。沿岸域(河川と地下水からの両方の成分を含む)と渤海の交換量を定量化するためには、自然ラジウム同位体、特に223Raと224Raを用いる予定である。それらの減衰時間は、多くの沿岸近辺の環境における混合率と同じ時間スケールである(それぞれ3.66日と11.4日)。これらの同位体は河川・地下水から沿岸水に流入し、発生源から離れた海洋ではほとんど存在しないため、この手法は有効である。同位体成分の初期値がわかり、一定であれば、滞留時間(これらのトレーサーが水中に流入してからの平均時間)を計算することができる。実際には、全体の混合分布を知るために海岸部から海洋にいたる側線においてサンプリングが行われる。黄河の流出量は季節によって大きく変化するため、このトランゼクトの長さは大きく変わる。沿岸域への地下水流出は長い間見過ごされてきており、沿岸部におけるさまざまな問題(栄養分の負荷、有害な海藻の開花など)に関係する。このような研究を行うことは容易ではなく、系統だった集中的な手法によってアプローチするべきであり、重要な連鎖を見つけ出すためには土地利用の情報や他の沿岸調査から総合的に解析されることが必要である。黄河研究はそうしたアプローチのユニークな機会を提供する。

[Top Page] | [日本語版要約一覧へ(List of Japanese Summary)]