今回は、どのような湖沼で栄養塩負荷による富栄養化が起こりやすいのかを、具体的に実際の湖沼(琵琶湖や諏訪湖など)に適用できる研究を紹介する。水質の悪化は、栄養塩負荷量の増加とともに徐々に進行するとは限らず、ある臨界負荷量までは良好な水質が維持され、それを超えると突発的にアオコの大発生に代表される富栄養化が起こる可能性が指摘されている。
突発的な富栄養化のように突然系の状態が大変化を起こす現象はレジームシフトと呼ばれ、海洋における水産資源量の大変動、陸上では砂漠化など、様々な生態系で報告されている。レジームシフト現象は(1)変化の予測が困難、(2)変化の前後で系状態は激しく異なる、(3)変化後の系状態の回復が難しい、という特徴をもっているために、人為的撹乱による生態系の異変として生物多様性の消失と並ぶ問題である。
生態学では、繰り返し検証可能で見通しの良い研究が重要視されてきたため、実験系など小規模で単純な系での研究が進められてきた。しかし、レジームシフトは生態系レベルと大規模で、低頻度で繰り返しのきかない現象であるため、従来の生態学的手法では解明することが難しい。生態系を保全する際には、レジームシフトに関する予測研究が重要となる。しかしこれまでの生態学における理論研究は、定量的な予測には不適な非常に抽象的なモデル、もしくは、特定の生態系に限定・特定した非常に具体的な数値計算という両極端にどちらかに分類されるものが多い。ここでは、モデル自体は非常に単純なものではあるが、パラメータは野外観測や実験データに基づいた値を用い、様々な湖沼形態やその他の陸水学的条件を組み込んだ応用範囲が広く、しかも予測精度の高い汎用的な予測モデルを紹介する。
レジームシフト現象は一般に、好ましい状態と好ましくない2つの状態があり、それぞれ自己安定化機構が働き、通常は他方の状態に遷移しにくい。例えば、経済の好況と不況、健康状態の小食なのに肥満体質と大食いなのに太らない体質など、意外にも我々の身近に見られる。要因として、近年の効率追求型社会が背景にあると考えられる。健康は個人的な問題であるが、生態系の場合その問題は多くの人が共有している。生態系におけるレジームシフトを身近なものと関連付けてその問題を紹介したい。