第3回  生態史研究会
生態系サービスの商品化を考える

アジア・熱帯モンスーン地域における地域生態史の統合的研究:1945-2005」プロジェクト(生態史プロジェクト)と「熱帯アジアの環境変化と感染症」プロジェクト(エコヘルスプロジェクト)は下記の要領で「第3回 生態史研究会」を共催します。ふるってご参加ください。

日  時: 2009年7月10日(金)13:30−18:00
場  所: 総合地球環境学研究所 セミナー室 3・4 ( アクセス)
講演者: 湯本貴和(総合地球環境学研究所教授)
加藤元海(北海道大学 創成科学研究機構 博士研究員(PD))
須田一弘(北海学園大学人文学部教授・地球研FS責任者)
【プログラム】
司会:阿部健一(総合地球環境学研究所教授)
13:30-13:50  趣旨説明 秋道智彌 (総合地球環境学研究所副所長)
横山  智 (名古屋大学大学院准教授)
13:50-14:50  講演1 湯本貴和 (総合地球環境学研究所教授)
     
14:50-15:00  休憩  
     
15:00-16:00  講演2 加藤元海 (北海道大学 創成科学研究機構 博士研究員(PD) )
     
16:00-16:10  休憩  
     
16:10-16:40  コメント 須田一弘 (北海学園大学教授・総合地球環境学研究所FS責任者)
16:40-17:55  質疑・討論・総括
17:55-18:00  閉会のあいさつ 門司和彦(総合地球環境学研究所教授)
【発表要旨】
湯本 貴和
(総合地球環境学研究所):
生態系サービスとはなにか:日本の里山を例にして

日本政府は、昨年の洞爺湖サミットから2010年の生物多様性条約締結国会議(COP10、名古屋)に向けて、“SATOYAMAイニシアティブ構想”を日本からのオリジナルな発信と位置づけ、生物多様性問題の国際的なリーダーシップを発揮することをめざしている。現代に視点を置いた活動では、里山という概念について、近世から近代の水田耕作に強く依存した農用林をイメージとして、肥料や燃料を自給してきた循環的な農業を通した「人間と自然との共生」の顕著な事例であると謳われることが多い。すなわち「里山とは昔から薪や柴をとったり、炭を焼いたり、落葉をかいて肥料にしたり、葉のついた枝や低木を伐って刈敷にしたり、山菜をとったりというように、さまざまな形で繰り返し人間が利用してきた自然である」とされる(田端1997)。これを狭義の里山(正確には、里山林)といっておこう。

いっぽう、人間が “自然の恵み” を利用し、“自然の恵み” がより効率的に得られるように改変してきた自然を、里山あるいは里山的自然と広く定義することも可能である。人々が生活あるいは生業に必要とされる “自然の恵み”、すなわちミレニアム・エコシステム評価でいう “生態系サービス” (供給サービス、調整サービス、文化的サービス、基盤サービス)を得るために、生活圏内の自然を改変した結果としての人為的自然を広義の里山とする見解である。このように広義に里山を定義すると、水田に依存した人為的自然でも里山林だけではなく、ため池や用水路、さらには水田それ自体をも含めて里山的自然として考えることができる。さらに水田耕作だけではなく、生物資源あるいは生態系に深く依存しているさまざまな生業をもつ冷温帯から熱帯にいたるさまざまな地域やさまざまな時代に普遍的にみられるといってもよい。これにしたがえば、異なる時代や地域に里山概念を拡張して、“縄文里山” や “熱帯里山” という表現も可能であろう。あるいは、陸上生態系に限らず、人々が生態系サービスを得るために改変した川や海を、それぞれ “里川”、“里海” と呼ぶことも論理的に無理がない。循環社会と「人間と自然との共生」の実現に向けた国際発信とするならば、論理的にはこの広義の里山概念に依るほかはないだろう。この観点からみると、里山に人間が求める生態系サービスは地域や時代を通じてつねに一定のものではなく、気候風土によって異なり、同じ地域においても歴史的に大きく変わってきたことに、とくに注目する必要がある。日本の大部分の地域においては、1950年代から始まった石油文化に依拠する燃料革命・肥料革命・材料革命によって、里山林の供給サービスへの需要が急速に衰えたことが、今日の里山林の“荒廃”につながっている。

加藤 元海
  (北海道大学):
レジームシフト:
 生態系における不連続的な系状態の変化の実践的な予測

今回は、どのような湖沼で栄養塩負荷による富栄養化が起こりやすいのかを、具体的に実際の湖沼(琵琶湖や諏訪湖など)に適用できる研究を紹介する。水質の悪化は、栄養塩負荷量の増加とともに徐々に進行するとは限らず、ある臨界負荷量までは良好な水質が維持され、それを超えると突発的にアオコの大発生に代表される富栄養化が起こる可能性が指摘されている。

突発的な富栄養化のように突然系の状態が大変化を起こす現象はレジームシフトと呼ばれ、海洋における水産資源量の大変動、陸上では砂漠化など、様々な生態系で報告されている。レジームシフト現象は(1)変化の予測が困難、(2)変化の前後で系状態は激しく異なる、(3)変化後の系状態の回復が難しい、という特徴をもっているために、人為的撹乱による生態系の異変として生物多様性の消失と並ぶ問題である。

生態学では、繰り返し検証可能で見通しの良い研究が重要視されてきたため、実験系など小規模で単純な系での研究が進められてきた。しかし、レジームシフトは生態系レベルと大規模で、低頻度で繰り返しのきかない現象であるため、従来の生態学的手法では解明することが難しい。生態系を保全する際には、レジームシフトに関する予測研究が重要となる。しかしこれまでの生態学における理論研究は、定量的な予測には不適な非常に抽象的なモデル、もしくは、特定の生態系に限定・特定した非常に具体的な数値計算という両極端にどちらかに分類されるものが多い。ここでは、モデル自体は非常に単純なものではあるが、パラメータは野外観測や実験データに基づいた値を用い、様々な湖沼形態やその他の陸水学的条件を組み込んだ応用範囲が広く、しかも予測精度の高い汎用的な予測モデルを紹介する。

レジームシフト現象は一般に、好ましい状態と好ましくない2つの状態があり、それぞれ自己安定化機構が働き、通常は他方の状態に遷移しにくい。例えば、経済の好況と不況、健康状態の小食なのに肥満体質と大食いなのに太らない体質など、意外にも我々の身近に見られる。要因として、近年の効率追求型社会が背景にあると考えられる。健康は個人的な問題であるが、生態系の場合その問題は多くの人が共有している。生態系におけるレジームシフトを身近なものと関連付けてその問題を紹介したい。

【お問い合わせ先】
辻 貴志

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構
〒603-8047 京都市北区上賀茂本山457番地4
総合地球環境学研究所
TEL:075-707-2100 (代表)  FAX:075-707-2106 (代表)
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