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第13回地球研市民セミナーが開催されました。

 2006年6月9日、第13回地球研市民セミナーが開催されました。
湯本貴和地球研教授が、植物と動物の共進化などの視点から、シカの食害など日本の自然の現状と、考えるべきことについて講演し、聴衆からも活発な質問を受けました。
以下はその要旨です。

「どうなる日本の自然?どうする日本の国土?」

湯本貴和

日本の自然がおかしい

 日本の身近な自然に大きな変化が起こっていることに、いろいろな人々が気づいてから、そろそろ十年ほどにもなるでしょうか。温暖な地域では、江戸時代に中国からもたらされてタケノコを取るために植えられたモウソウチクという竹が、どんどん雑木林に侵入してきます。シ カやイノシシ、サルが畑の作物や果樹園の果物を台無しにしてしまうことが目立つようになりましたが、かつてはこのような野生動物は人里離れた森のなかに住むもので、めったに人の眼に触れるものではありませんでした。このような身近な自然の変化は、はじめは特別な場所で の異常な現象として取り上げられてきました。しかし、年を経るにつれて、日本全国どこにでも起こっている大きな問題であることがわかってきました。
 ひと昔前までは、自然を守るといえば、知床(北海道)や屋久島(鹿児島県)のような、人の手があまり加わっていないとされる、都会から遠く離れたひとにぎりの希少な自然を、いかに開発から守っていくかということが大きな課題となっていました。このような貴重な自然は、 もちろん早くから国立公園や天然記念物などに指定されていて、国民のかけがえのない財産として守られていたはずです。しかし、1960年ごろから日本の経済が著しく拡大していくなかで、森林伐採や空港・道路の建設、観光開発などで、人手の加わらない状態の存続が脅かされてきた時代が長く続いてきたのです。最近になって、地球規模の環境破壊が一般の人々の間でも、はっきりとした危機として実感されるようになり、多くの希少な自然の価値が認められ、それなりに保護される体制が整ってきました。
 そのかわりに脚光を浴びてきたのが、身近な自然の問題です。河川敷や沼、干潟や海岸、それに雑木林や野原といった、古くから人間が利用し、野生の植物や動物と関わり合ってきた自然、これまではとりわけ貴重だとは思われていなかったわたしたちの身の回りの自然が、すで に大きく変わってしまったことがもたらす危機について、ようやく何とかしなければならないと考えられるようになってきたのです。

どうする日本の国士?

 このような日本の自然を守ることは、どのような意味があるのでしょうか?身近な自然である里山こそが、長い期間にわたって日本の農村でのさまざまな産物の生産を支えてきたものです。同時に伝統的な漁業を支えてきたのは、日本の豊かな海岸線あるいは湖沼や河川でした。 これらの豊かな自然は、過去数千年にわたって日本に生きるわたしたちの祖先の食料を供給する大切な基盤だったのです。
 しかし、いまや里山や海岸線、湖沼、河川で昔の姿をとどめる揚所は、少なくなってきました。日本は穀物自給率で二十八パーセント、食料全体のエネルギー換算でも四十パーセント程度の自給率にとどまっています。木材の自給率は、二十パーセントを切っています。エネルギ ー資源に至っては、目本国内での自給率は六パーセントしかありません。スーパーに並んでいる野菜や魚、のうち、国産のものがずいぶん少ないことに気がつきます。世界の農地と森林、エネルギー資源に依存している日本の姿が、数字でも如実に表れているではありませんか。
 一方、五十年後には日本の人口は一億人を切り、百年後には六七00万人と大正時代の水準となることが予想されています。その間にも世界人口はどんどん増え続けます。かつての重工業主体あるいは現在の情報産業主体の集約的な産業構造を、いつまで日本は保つことができる のでしょうか。日本の経済的な富はいつまで、世界中から食料をかき集めてこられるのでしょうか。それが終わりを迎えたときに、はたして日本の国土は、農業や漁業の基盤として目本に住む人々の食をまかなえるほど健全な姿を留めているのでしょうか。
 いまの日本の現状では、世界人口からシミュレーションされた食料とエネルギーの需給のアンバランスから予想される2030年ごろに訪れる「破局のシナリオ」を乗り切ることはできないでしょう。「破局のシナリオ」では、増え続ける人口に比べて、生産に限りがある食料とエネルギー資源の奪い合いで、世界中で大混乱が起こると予測されています。このときのために日本はいかに備えるのか、きちんとした展望はあるのでしょうか。
 農林水産業の基盤としての自然の価値を強調する提言は、現在の国際金融と自由貿易を基本とする政策とは相容れないところがあります。しかし、百年の計にたって国民生活を考えるとき、五十年後、百年後の日本列島住民が飢えないようにするために、あるいは他の国や地域に 迷惑をかけないようにするために、いまこそ身近な自然を含めた日本列島の自然を守り、回復させる努力を始めるべきではないでしょうか。地球環境を論じることも大切ですが、他国の自然資源に頼りすぎている日本こそが、地球環境問題を引き起こしている張本人のひとりである ことを決して忘れてはならないと思います。

書籍
「世界遺産をシカが喰う シカと森の生態学」
湯本貴和・松田裕之 編
文一総合出版
2006年3月31日 初版第1刷発行
定価(本体2,400円+税)
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