乾燥した環境では、水分条件が一次生産に強い影響力をもっている。乾燥と寒冷気候が卓越するモンゴル高原では草原植生が広く分布し、自然草原を利用する遊牧が長い歴史を持っているが、降水が比較的に安定した北部地域(ブリヤド)では半定住牧畜、比較的温暖湿潤な南部地域(ハラチン、ホルチン)では半農半牧が営まれた。高原南部の中国内モンゴルでは、1950年代から人口が急激に増え、広い面積の自然草原が農地に変容し、1980年代から推進された草原の請負政策が伝統的な牧畜に終止符を打った。そして近年、草原の退化と砂漠化が当該地域のみならず、周辺の地域と国々にも深刻な環境問題をもたらしている。
草原生態系の持続性と遊牧の関係を明らかにするために、われわれは1999年から伝統的な遊牧が営まれているモンゴル国にて調査を行った。この研究では、異なる草原(典型草原と乾燥草原)における植物群落の生産力と放牧圧、調査地周辺の遊牧民が放牧している家畜の数と年間移動距離を調べた。その結果:
1.群落の生産力が年によって有意に変動し、放牧圧が生産力の変動にマッチしていた。
2.放牧の影響が典型草原で多年生双子葉の種に、乾燥草原でイネ科の種に有意に集中していた。
3.柵内群落の種の多様性(Shannon-Wiener Index)が有意な年々変動を示したものの、放牧圧による有意な低下が確認されなかった。
4.同じ数の家畜を養うための年間遊牧距離が、乾燥草原では典型草原より長い傾向があった。家畜の数が2000頭(ヒツジ単位)を超えると年間移動距離が低下した。
本研究の結果から、遊牧管理下の放牧圧が群落の生産力が高い年に集中していることが明らかとなった。気候条件の影響で群落の生産力と種の多様性が低下した年に、放牧の回避が群落の現存量と種の多様性の更なる低下を防げ、草原の持続性につながっていると示唆された。