特集2
ほろ酔い地球軒 その参 ……動画制作編
7年ぶりに復活した人気企画「ほろ酔い地球軒」。裃を脱いでざっくばらんに語りあう居酒屋談議よろしく、気ごころしれた仲間どうしの会話をとおして、地球研の横顔をお伝えするこのコーナー。今回はその第3弾、「動画制作編」です。
広報と研究が織りなす情報発信
メイキング・オブ「ラボストーリー」
話し手●木村 葵 (JICA 専門嘱託/地球研広報室 元 研究推進員)+ 寺本 瞬 (特任専門職員)+ 由水千景(上級研究員)
進行●三村豊(研究員) 編集● 由水千景
地球研ってなにするところ? どんなことを研究しているの? 地球のなにが問題なの? 地域の人びとや子どもたちの素朴な疑問に答えようと、毎年開催しているオープンハウス。研究者と広報担当者が額を寄せて知恵を絞り、数かずの企画を生み出してきた。コロナ禍でオンライン開催を余儀なくされ、その制約のもとで誕生したのが「くせになる! 地球犬ラボストーリー」の動画配信。現在は5本の動画がホームページで公開されている。誕生にかかわった3人が当時の舞台裏をふり返り、「伝える」ことのむずかしさと楽しさを語りあった
三村●2020年度のオープンハウスにはじまった「くせになる! 地球犬ラボストーリー」。地球研の安定同位体研究や実験施設を動画で紹介していますね。
まずは、地球研の広報に長くたずさわってこられた木村さんから、ラボストーリー誕生の背景について聞かせてもらえますか。
木村●地球研では年に1回、地域の方に施設を公開する「オープンハウス」というイベントを開催してきました。研究活動の紹介だけでなく、ミニ実験やマイナス30度の試料保管庫に入る「実験室ツアー」など、「見て、触れて、楽しめる」交流の場として、とくに子どもたちに人気でした。ところが、コロナ禍で実地開催ができなくなった2020年、「どうしたら子どもたちがよろこんでくれるか」を考えて、実験室の紹介動画をつくろうと思い立ちました。
もともと私は地球研オープンハウスのウェブサイトに、「地球犬と行く! 世界への冒険」というコーナーをつくっていたんです。地球研の研究者の調査地の衣食住や文化の紹介を多めにしつつ、現地の環境課題はなになのか、研究者はそこでなにをしているかなどをかみくだいて伝えるような子ども向けのコーナーです。だから、「ラボストーリー」は、それを動画にするというイメージだったんですよね。
「伝えたい」情熱は研究者をまきこんで……
木村●地球研でなにをしているのかを知らない人は多い。実験室があることも知られていない。働いているスタッフですら、実験室の中でどういうことをしているのかよく知らなかったりする。部屋の入り口には「危険」の貼り紙があったりするし……。
そんな実験室についてなにか伝える方法をと思って動画を。トピックは『同位体環境学がえがく世界』の中から探しました。
三村●なんですか、それ?
由水●同位体を用いる研究を専門外の方にもわかりやすく紹介するために、「環境トレーサビリティプロジェクト*1」と「計測・分析室」とが共同で作成した本です。ホームページもあって、そこから全ページをダウンロードしていただけます。
木村●この本からハチミツやサケの話題を選びました。食べものに関わる話題なら一般の人にも受け入れられやすいかなと。
三村●初年度は3本の動画を作成されましたが、どのような思いがありましたか?
木村●まず、地球犬って、やっぱりかわいいですよね。(笑)地球研のゆるキャラ、「みんな大好き♡地球犬」をどうしても活躍させたくて……。地球犬がいろいろと笑えるようなことを言って、それで子どもの心をひきつけようと。
だけど、ただのお遊び企画になってしまってはいけないので、研究もきちんと紹介するべく本を読んだのですが、「炭素同位体、窒素同位体……、んん?」みたいな。(笑)だから、私の理解の範囲で基本となるストーリーを書いて、あとは計測・分析室長の陀安一郎さんや由水さんに肉づけしてもらいました。
由水●台本を見て、とにかく「犬推し 」だということはよくわかったんですが。(笑)こちらに丸投げされてもおかしくない、同位体研究を説明するパートまで書いてあって驚きました。
広報の皆さんがいろいろ勉強されていることに敬服するとともに、提案された台本は、専門家が書いた一般向け解説がどう受けとられるかを知るフィードバック材料として興味深かったです。
木村●研究者の皆さんの前で企画提案をしたときはすごく緊張しました。実験室の会議の後に場を設けてもらって……。
由水●超アウェイな空気。(笑)
木村●そうそう。でも広報の仕事として企画しているのですから、基本方針は自分たちでつくらないといけないと思っていました。
由水●その熱意が伝わってきたので、私たちも「じゃあ、やるか」と。「出演するのはちょっと」とか、「コントはちょっと……」とかの抵抗感はありましたが、でも、一般向けの情報発信はだいじですもんね。だからこそ、私たちも『同位体環境学がえがく世界』をつくったわけですし。それに、動画だと本よりもわかりやすそうでいいですよね。ちょっと恥ずかしいことを除けば!(笑)
木村●結果として互いによかった。(笑)
由水●そうですね。でも、コロナ禍がなければそんな機会もなかったかな。
木村●研究者と事務方とがいっしょになって考え、一つのものをつくるオープンハウスは、地球研独特というか、地球研らしいというか、いいですよね。楽しい仕事の一つでした。
「くせになる! 地球犬ラボストーリー」 公開中の動画コンテンツ
広報と研究、二つの視点でわかりやすさをもとめて
三村●では、どのような感じで「ラボストーリー」をつくっていったのか、2本目の「それ、ホントにハチミツ!?」を例にふり返ってもらいましょうか。木村さんが台本を書いたのですよね。
由水●木村さんがベースとなる台本を作成し、それに私がアレンジを加えました。撮影や編集は制作会社の方に依頼することになっていたので、こちらの意図が伝わりやすいように、絵コンテなんかも作成しました。
三村●皆さん、セリフは覚えていた?
木村●いえ、覚えていない人もいるのでカンペを用意して……。
由水●私は大丈夫でしたよ。(笑)
ハチミツ話の元ネタは、オープンチームサイエンス・プロジェクト*2の研究員の中原聖乃さんが購入したハチミツが、ほぼ混ぜ物100%の偽物だったという話ですが、動画制作の準備をしているときに、中原さんがほかにも「怪しい」ハチミツを持っているということが判明。だったら、そのハチミツをじっさいに測るところを見せようということになりました。そして、どうせ測るなら養蜂を扱っているFEASTプロジェクト*3にもハチミツを提供してもらって測るといいのでは、と提案。養蜂に詳しい真貝理香さんに相談にのっていただきました。
三村●ということは、FEASTの方の参加は予定になかったのですか?
木村●私の台本にはなかったのですが、じっさいに分析のようすを見せることになったので、協力してもらおうということになり、FEASTのスピーゲルバーグさんとクリストフさんに出演を交渉しました。
三村●自分がつくった台本が、こうして拡がるのはどうでしたか。
木村●じつは養蜂には私も興味があって、地球研の敷地内にある巣箱のようすを見に行ったり、FEASTプロジェクトが企画するミツバチに関するセミナーに行ったりしていたので、交渉はスムーズでしたし、FEASTプロジェクトの研究にもふれることができてよかった。
三村●おもしろい展開ですね。プロジェクトや分野を超えて、新しいつながりに発展する。地球研の研究活動のあり方に通底しますね。木村さんから見て、印象的なシーンはどこですか。
木村●実験室のシーン、いいですよね。「ザ・実験装置」って感じ。私たちがふだん見ることのない領域で、こんな装置があることも、この動画を撮るまで知りませんでした。
由水●ラボストーリーの制作には実験室紹介の目的もあるので、台本段階で広報の皆さんと実験室に入って、どこをどう見せるか相談しました。私たちにはどれもルーティンの作業ですから、一般の人がどんなシーンに「実験っぽさ」を感じるかわからない。だから、そういうシーンは広報の皆さんに選んでもらいました。
わかりやすさで工夫したのは、ハチミツの炭素同位体比の測定結果を示すフリップですね。文字はなるべく少なくして絵で見せようと。フリップにシールを貼りながら解説するのですが、こう、ペタペタ貼るのって楽しいじゃないですか。これならお子さんも楽しめるのではないかと思って。
木村●解説だけでなく、視覚的にわかるのがよかったですね。ふだんからプレゼンをする機会の多い研究者でないとできない発想かな。
由水●説明内容については、広報の皆さんから一般目線で指摘してもらいました。わかりやすく説明しているつもりでも、そうはなっていないところとかを。
三村●具体的にどのようなところですか?
由水●光合成の話ですね。光合成の様式にはいろいろあって、C3、C4などの名前がついています。そのちがいが炭素同位体比の差をもたらすのですが、説明しはじめるとむずかしいし時間バランスも悪くなると思って、単純に指標としてC3、C4としていたのですが、「唐突すぎてギャップを感じる」と指摘されました。
相談の結果、「C3、C4に分かれているのはなぜか」を説明する流れのなかに光合成の話を加えました。そんなふうに、広報の皆さんと台本を読みながら気になる点を指摘しあって練り直すという繰り返しでした。
「よりよく伝えたい」気持ちが表現技術の向上に
三村●4本目からの撮影・編集は寺本さんですね。木村さんには「地球犬をかわいくみせたい」という裏の目的がありましたが(笑)、寺本さんにも別の狙いがあったりしましたか。
寺本●企画面よりは、編集の技術面でやってみたいことを積極的に取り入れました。3Dアニメーションを組み込んだり、地球犬のセリフをテロップではなく、合成音声(ボーカロイド)で表現したりと……。
木村●1年目の動画作成には制作会社の協力を得ましたが、2年目はすべて自前でやろうということで、寺本さんに編集方法を勉強してもらいました。でもじつはプレッシャーだったのでは……?
寺本●映像編集は経験があったので、ひととおりはできると思っていましたが、でも新しい技術はいろいろ勉強しました。
由水●1年目の3本は「手づくり感」を残すこともコンセプトの一つでしたが、2年目はアニメーションも入って、かっこよかったですね。テレビ番組みたい。(笑)
三村●4本目に出演した、栄養循環プロジェクト*4のメンバーだった石田卓也さんはよろこんだのではないかな。研究成果だけでなく、実験技術の開発プロセスまで紹介してもられえるのは、研究者にはうれしいでしょうね。
由水●この回の映像表現は寺本さん主導でしたね。どうしたらよりよく伝わるのかを考え、そのための手法を自前で勉強しながらやっていく寺本さんの熱意って、すごいなと。
三村●4本目からは複雑なグラフや図形、特殊な表現手法がいくつも出てきますね。こんなふうに撮ろうと、石田さんと相談したのですか。
寺本●いや、私だけの考えでした。
由水●そういう視点は重要だなと思います。1年目の3本にくらべると、4本目の「リン酸の酸素」の話は専門性が高くてむずかしい。どうしたら一般の方に伝わるかは、受け取る側の視点でないとなかなか気づけないところがある。だから、内容の監修は私たちがするが、見せ方については広報が主体で、というかたちになってきましたね。
三村●5本目の制作時には木村さんはすでに異動されていて、企画は寺本さんの担当に。この回には「ハーバー・ボッシュ法」が出てきますが、これは「窒素問題」をあつかう林健太郎さんのSustai-N-ableプロジェクトにもつながると思ったのですが、どうですか(本誌 「特集1」参照)。
寺本●はい、ポスター制作のコンペに、窒素をテーマに参加することになって、林さんにお話をうかがって勉強しました。その選考結果を待ちながら、この動画をつくりはじめました。コンペに通れば二つを連関させてうちだせると思っていましたが、残念ながらポスターは通らなかった。
三村●どの段階で、ハーバー・ボッシュ法の話をしたのですか。
寺本●広報としては「窒素をテーマにしたい」という気持ちがまずあって、なにかいい素材はないかと陀安さんに相談したら、髪の毛や骨の窒素同位体比で食生活の傾向がわかるという話になった。このことからどんなストーリーがつくれるかと考えたときに、ハーバー・ボッシュ法と現代の食の多様性の話とをからめたものにしようと考えました。
三村●ハーバー・ボッシュ法により合成される窒素の約8割は肥料、すなわち食料生産に使われるという話ですもんね。
ほかにも動画で紹介される研究結果は、湯本貴和さんの終了プロジェクト*5がベースですね。10年以上も前のプロジェクトと進行中の林さんの研究とがつながっている。広報室の人はよく勉強しているなと感心しました。
「素朴な疑問」を視聴者目線で深掘り
三村●皆さんの今後の展望はどうですか。
由水●いまは今秋のオープンハウスの企画を練っているところで、昨日もその会議でしたが、寺本さんの勉強が過ぎて、一般向け企画としては内容が高度になりすぎていて、ヤバい。(笑)
寺本●同位体環境学の基本原理に焦点を当てたいのです。そこがわからないと、同位体環境学の表面しか楽しめないと思ったので……。
三村●今年の企画は、寺本さんの素朴な疑問からスタートしているのですね。
1年目に制作された2本は、安定同位体比の話題をわかりやすく解説しているから、最後まで楽しく見られます。つづく2年目と3年目では、同位体環境学を専門的に扱う内容が増えた。そして4年目の今年、「きっとこういう疑問をもつね」という原点回帰へ……。
由水●これまでの積み重ねあっての深掘りですよね。「同位体ってよくわからないけど、そんなことがわかるんだ」という素朴な驚きから、「なぜそんなことがわかるのか」という疑問へ。寺本さん自身が、知識と経験を重ねるなかで引っかかった部分に焦点を当てようというのが、今回の作品にかける思い。
でも、そこをきちんと説明するのはむずかしい。だから正直、私たちは腰が引けている。妥協案を探りつつ、 いまは、これを寺本さんが持ち帰って台本を練り直している段階です。
三村●ところで、寺本さんはなぜ「同位体環境学の基本原理」に興味をもち、動画にしたいと思ったのですか。
寺本●本を読んでいると、「同位体分別」という用語がなんども出てきます。それを経るから重い同位体と軽い同位体の存在比率が変わることは理解できた。この比率のちがいを利用することで研究が成立するのですが、その根本の「なぜ比率が変わるのか」をわかりやすく解説すれば、同位体環境学への理解はいっそう深まるのではないかなと。
三村●なるほど。その気持ちはよくわかります。でも、「そういうものだから」ですませてしまう場合が多い。
由水●そうそう。(笑)ハチミツの動画で、私が当初、光合成の説明を省いていたのもまさにそれです。いわゆる小学校の算数ですよ。じつは高度な理論をあつかっているのだけれど、「そういうものだから」で簡単に見せている。そこを寺本さんは、「ちょっと高校生になろうよ」、「数学やろうよ」みたいな。(笑)
三村●「これだけ本にも書いてあるんだから、もっとくわしく教えてよ」ということですね。
研究者コミュニティで話していると気にも留めずに議論してしまう。でも、いま取り組んでいる動画は、そこに留まって掘り下げようとしている。それが広報と研究者とがともに取り組む良さかもしれませんね。新しいチャレンジがどうなるか楽しみです。といったところで、「次回、乞うご期待」で終われるとベストなのですが、いけそうですか?(笑)
寺本●おそらく。(笑)
三村●では、ラボストーリーの契機をつくった木村さんに締めてもらいましょうか。
木村●私は地球研に9年いて、オープンハウスも9回経験しました。そういう経験をとおして、大切に思うようになった広報の役割が二つあります。
一つは、研究成果を伝える論文はあっても、それは専門家や研究者の人しか知る機会はない。そういう成果を一般の人にも知ってもらえる機会が少しでも増えるようにする役割。
もう一つは、オープンハウスの趣旨でもあるのですが、これから大人になる子どもたちに環境問題に関心を抱いてもらうきっかけになるような取り組みをする役割。いまの職場のJICAの仕事とも共通するのですが、環境問題のことや世界にはさまざまな課題があることに少しでも気づいてもらいたい、伝えたいと思って広報しています。
三村●ありがとうござました。読者の皆さんには、秋のオープンハウスでの動画公開を楽しみにしていただきたいと思います。
2023年6月9日 ウェブによるオンライン収録
*1 2017-19年度のコアプロジェクト「環境研究における同位体を用いた環境トレーサビリティー手法の提案と有効性の検証」ならびに2020-22年度の環境トレーサビリティ特定推進研究「環境トレーサビリティに基づく研究基盤の応用」
*2 2018-21年度のコアプロジェクト「環境社会課題のオープンチームサイエンスにおける情報非対称性の軽減」
*3 2020年度に終了した実践プロジェクト「持続可能な食の消費と生産を実現するライフワールドの構築──食農体系の転換にむけて」
*4 2019年度終了の研究プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会──生態システムの健全性」
*5 2010年度終了の研究プロジェクト「日本列島における人間—自然相互関係の歴史的・文化的検討」