特集1

プロジェクトリーダーに迫る!

「あたりまえにある」ゆえに見えにくい窒素のこと
研究プロジェクト●人・社会・自然をつないでめぐる窒素の持続可能な利用に向けて

話し手●林 健太郎(教授)

聞き手●阿部健一 (教授)

特設サイト QR このインタビューは2022年6月に実施しました。両者の発言内容は、収録当時の知見や国内外の情勢に基づいています。本誌発行(2023年8月)の時点では、プロジェクトの本格始動から1年が経過していますので、活動内容は具体化し、収録時の見解とは異なる事象もありますが、インタビューの記録性を尊重し、そのまま掲載しています。
活動の最新情報は、プロジェクトの特設サイトを参照ください。

太陽系で5番目に多い窒素元素。空気の8割は窒素ガス。地球に暮らす生きものにとって窒素は、タンパク質 やDNAの素材として欠かせない。食物の肥料、工業・産業製品の原料、燃料として便益をもたらす一方で、あらゆる環境問題の裏側には窒素がからみ、人間の節操なき窒素利用がもたらす窒素汚染はじわじわと人と自然の健康を蝕んでいる。「窒素を見ずして地球の未来は語れない。複雑にからむ窒素循環の全体像を見なければ、環境問題は解決できない」と論ずる林さん。プロジェクトの略称「Sustai-N-able」の真ん中に「窒素(N)」を配した覚悟が見えてきた

林 健太郎
林 健太郎

阿部●2022年度からはPRとして、いよいよ本格的にプロジェクトが始まりましたね。要覧にはプロジェクトの概要が記されていますし、IS(インキュベーション研究)からFS(予備研究)、PR(プレリサーチ)と段階を追うなかで、プロジェクトの概要について話を聞く機会があったのですが、いまだに要領を得ない。窒素問題がテーマですが、プロジェクトとしてなにをしようとしているのか、わかりにくいところがあります。
 まず、窒素が大きな環境問題だということは、じつはわれわれ地球研にいる研究者にもあまり浸透していない。

林●そうなのです。ISやFSの段階から、つねに問われていたのです。「窒素のなにが問題なのかわからない」と(笑)。阿部さんからもなんどもお尋ねいただいて、それに答えて、そのときは「わかったような気がする」と言われるのですが、そのあとまた、「よくわからん」のくり返し。(笑)

阿部●窒素問題の奥が深いからでしょうが、底なしの沼に入った気がしました。

林●私は最近、農水省、環境省、経産省、国交省をまわって説明する機会があったのですが、みなさんおしなべて同じような反応をされるのです。ある意味、当然だなと思いまして、それがなぜなのかを、これからお話ししようと思います。

阿部●ようやく沼から抜け出せる。(笑)

「あたりまえにある窒素」を「私たちはどれだけ」知っているだろうか

林●窒素はとてもだいじで、必要なものなのですが、そもそもそこがわかってもらえていないのです。
 たとえば生きものであれば、タンパク質やDNAなどをつくるのに窒素が必要です。私たちはその窒素を「食べる」ことで摂り入れるしかない。その食べものをつくるには、肥料になる窒素が必要です。植物も窒素がないと体をつくれないし、光合成に必要な酵素も、窒素がないとつくれないからです。

阿部●なるほど。生物多様性がいかに大切かということを、私たちは一所懸命に伝えますが、なかなか一般の人にはわかってもらえないのと同じですね。「高校生にわかるように」というのは、地球研初代所長の日髙敏隆さんの言葉ですが、あたりまえのことを伝えるのはけっこうむずかしい。窒素は「あたりまえにだいじ」なのですね。

林●そうなのです。日々呼吸しているのと同じです。私たちが吸っている空気の78%が窒素です。

なにもしない窒素と利用できる窒素

阿部●窒素は身近にありふれていて、しかも、人間の体のかなりの部分は、窒素からつくられるタンパク質。それなのに、窒素のなにが問題なのかを知らない。

林●じつは窒素には2種類あります。一つは、私たちを取り囲んでいる空気中にある、良い意味でも悪い意味でも「なにもしない窒素」。この不活性な窒素を「窒素ガス」といいます。なにもしないといっても、空気が窒素だけになったら、私たちは窒息して死にます。これが「窒素」の名称の由来です。

阿部●窒素って、窒息からきているのか。

林●ドイツ語ではStickstoff、窒息物質という意味で、それをそのまま日本語に訳したのです。この「なにもしない窒素」は、その存在さえ知られていなかった。18世紀後半まで、人類の発見を逃れてきた物質です。

阿部●だから、問題だといっても、なかなか通じない。(笑)

林●そうなのです。あまりにも周りにありすぎるし、ほんとうになにもしない。呼吸しても、ただ体に入って出ていくだけで、筋肉がついたりはしない。だから私たち動物は、「利用できる窒素」を食べなくてはならない。動物であればタンパク質やアミノ酸、植物ならアンモニアや硝酸などの窒素化合物を取り入れる。

阿部●その「利用できる窒素」は、不活性窒素に対して、活性窒素?

林●「反応性窒素(Nr: reactive nitrogen)」とよんでいます。いろいろな種類があるのですが、大きく分けて、窒素元素(N)が2つくっついた窒素ガス(N2)以外をすべてNrとしています。
 じつは空気中にはNrもわずかに入っているのです。直径1mの風船からN2だけを集めると直径92cm。Nrだけを集めるとわずか0.7cmくらい。生きものは、このわずかなNrがほしいのです。そして、このNrこそが、生態系の物質のめぐりを決めているのです。

阿部●「循環」といえば、プラネタリー・バウンダリーのレーダーチャート(図1)を思い出します。9つのサブシステムのなかで、「窒素のサイクル」は大きく閾値を超えていますね。

林●じつはこのレーダーチャートは、窒素の一面しか見ていません。水深の浅い沿岸域が富栄養化しないための指標です。地球スケールの数値モデルで計算して、窒素の人為的な負荷量がこのくらいまでならよいという基準を示して、それに対して、じっさいに人間が使っている量がはるかに多いから、「これは危ないですよ」というものです。

阿部●窒素循環そのものに言及しているわけではない。

図1 プラネタリー・バウンダリーの最新状況
図1 プラネタリー・バウンダリーの最新状況
プラネタリー・バウンダリーは、人間が地球上で持続的に生存するには「超えてはならない地球環境の境界(バウンダリー)がある」ことを示す概念で、9項目ごとに閾値を定め、その現状をレーダーチャートで示したもの。日本語では「地球の限界」などとよばれる。スウェーデン出身の環境学者、ヨハン・ロックストローム博士を中心とするチームが2009年に初めてこの概念を発表。以後、数年ごとに更新されている。
この図は2022年に公表されたデータをもとに作成。
出典:Azote for Stockholm Resilience Centre, based on analysis in Wang-Erlandsson et al 2022

環境問題の背後に潜む反応性窒素(Nr)

林●Nrにはいろいろな種類があるのですが、なかでも一般的によく知られているのは温室効果ガスのN2Oですね。一酸化二窒素もしくは亜酸化窒素といいます。
 じつはこのN2Oは、同じ重量の二酸化炭素(CO2)の300倍くらいの温室効果があります。大気濃度はCO2のほうがはるかに高いのですが、N2Oも温室効果ガスとしては重要で、成層圏のオゾンも壊します。

阿部●フロンガスだけでなく……。

林●フロン類は撤廃の動きがかなり進んでいますが、N2Oの排出量は増えつづけています。いま成層圏でいちばん寄与しているのはN2Oだという評価もあります。

阿部●それは一般には知られていませんね。

林●専門家のあいだでは常識化しているので、あえてふれることはありませんからね。でも、プラネタリー・バウンダリーのレーダーチャートでは、オゾン層破壊は、ほかの8つの問題にくらべるとだいぶ落ち着いていて、「もうだいじょうぶ」という範囲に入っています。N2Oについては、温暖化対策を優先して取り組んだほうがよいと思います。

阿部●窒素に関連して、ほかに注目すべきことはありますか?

林●さきほど、空気中にNrはちょっとしかないと言いましたが、その「ちょっと」がだいじなのです。たとえば、大気中のエアロゾル、PM2.5という微小粒子状物質にも関係しています。PM2.5は「2.5㎛より小さな粒子」と定義されているように、小さいので呼吸器系の奥のほうまで入って、呼吸器疾患を引き起こすリスクがあります。じつはこれにも窒素がけっこう入っています。
 具体的には、大気中の硝酸やアンモニウムの微小な粒子がPM2.5を構成する化学成分のかなりの割合を占めていて、論文によっては40%くらいあるとも指摘されています。ですから、このレーダーチャートの「大気エアロゾルの負荷」にも、窒素がかかわっているのです。
 冒頭に「窒素問題はわかりにくい」という話をしましたが、いろいろな環境問題の表面をめくってみると、ほぼくまなく窒素が関係している。でも、表向きは見えないから、その影響力がわかりにくいのです。
 私たちは生きてゆくために食べますから、食物を育てる肥料として窒素を使うのはあたりまえになっていますが、多くの環境問題のその陰で、窒素がかかわっているということは、あまり知られていないのです。

自然界の窒素循環を駆動する微生物

阿部●見えないけれど、いたるところに窒素がかかわっている。それはわかったのですが、「循環」についてはどうですか。たとえば反応性窒素(Nr)と不活性窒素(N2)の間の循環です。

林●その循環は、もともとは微生物がまわしていたのです。微生物には安定なN2の一部をアンモニアに変える能力があって、これを「生物学的窒素固定」といいます。

阿部●マメ科の植物の根粒菌などにその力があるとききますが……。

林●マメ科の植物に共生しているものもいれば、単独で生きているものもいます。よく知られているのは藍藻(シアノバクテリア)です。多くの微生物がその能力をもっているのですが、それらは広い範囲に散らばっていて、それぞれがほそぼそと、安定なN2からアンモニアをつくりだして、それをアミノ酸に変えて植物が利用する。これが生態系の窒素循環のスタートです。
 この反対に、生態系のなかに余っている亜硝酸や硝酸などをN2に還す「脱窒」というプロセスもあって、これも微生物のはたらきなんです。

阿部●両方のはたらきをしているのですか。

林●それぞれべつの微生物です。両方いるから循環するのです。そうでないと、固定するばかりだとNrがどんどん溜まってゆくし、脱窒だけだと栄養分がなくなってしまう。N2を固定する微生物と脱窒でN2に還す微生物とがいて、バランスがとれていたのです。そのあいだに植物や動物がいて、うまいぐあいに利用している。
 たとえば、微生物が固定した窒素は、最初は微生物の体を構成する材料、つまり有機物になります。死んだらそれが分解されて、アンモニアなどになって、それを植物がすかさず吸収して、植物は自分の体を大きくします。そこに動物がいれば、植物を食べて成長し、動物どうしも「食う・食われる」の関係がある。その植物や動物が死んだら、また微生物が分解して循環する。こうした窒素循環の最終段階で、NrをN2に変えて大気に放出するはたらきをする微生物を「脱窒菌」といいます。

阿部●あまり聞いたことないな。

林●使っているのは、私たちの分野くらいですかね。(笑)

阿部●でも、すごくだいじな役割を果たしている。

林●そうなのです。「分解者」という言葉はよく使われますが、生態系の分解者の役割は有機物を無機物にするところまでで、有機物をCO2に還す炭素循環の文脈で語られることが多いのです。

阿部●炭素の循環は、光合成のしくみとして学びますね。

林●その炭素と窒素は、じつはくっついているのです。というのは、有機物は炭素、窒素、水素、酸素、リンなどでできているので、炭素だけでは循環しないのです。

阿部●炭素循環の陰で、重要な役割を果たしているのが窒素。

林●陰というよりも、むしろ全体を制御している。表向きは炭素が動いているように見えるけれども、それを操っているのは窒素やリンなのです。
 シドニー大学の栄養学者と昆虫生物学者が書いた『Eat Like the Animals』という本があります。「動物のように食らう」という意味で、日本では、『科学者たちが語る食欲』というタイトルで和訳版が出ています。「生きものはみな、タンパク質がほしくて食べている」というのです。最初に昆虫を調べたらそうだった。さらに大きな動物もそうだった。最後は人間を調べてもそうだったと。タンパク質をほしがるのは、けっきょくは窒素がほしくて食べているということです。

阿部●現代の私たちは炭水化物を主食としていますが、炭水化物を食べるようになってから健康問題が始まったという説もあります。地球研のサニテーションプロジェクト*1の山内太郎さんも、「コメが悪魔的にうまいのが問題だ」といっていました。(笑)

林●それはあると思いますね。(笑)食生態学者の西丸震哉さんの本にも書いてあったのですが、パプアニューギニアでの調査には、日本のコメだけはけっして持ちこんではいけないというのですよ。それまでタロイモやヤムイモを食べていた人たちがコメの味を知るとたいへんなことになるから、それだけはだめだと。(笑)

阿部●山内さんの調査地もパプアニューギニアやソロモン諸島だったかな。

林●コメにも6%くらい、タンパク質が含まれています。むかしの日本人がコメを食事の中心としていたころは、いちどに3、4合くらいは食べたのではないですか。コメでタンパク質も摂っていたのです。

阿部●いまはちがうものね。コムギはタンパク質含有量が少ない?

林●それなりに入っていますよ、グルテンとか。

阿部●それをコメ並みにするために、有効な遺伝子を探していたのが、農水省に行った私の同級生。彼は4,000品種くらいの小麦を丹念に調べて、ようやく3,000種めくらいで見つけたらしい。辛抱のいる作業だと、あきれながら感心した。(笑)

林●育種系は総当たりですからね。(笑)

リーフレット 表紙

リーフレット QR さまざまなステークホルダーに窒素問題の概要を伝え、自由な議論のきっかけにもなるようにと、プロジェクトの活動の一環として作成されたリーフレット。日本語版・英語版ともに、プロジェクトのウェブサイトからダウンロードできる
ダウンロードはこちらから →

リーフレット 中面

自然界の窒素循環のバランスを一変させたハーバー・ボッシュ法

阿部●話がそれてきたので循環の話にもどしましょう。いま窒素循環のしくみが大きくゆがんでいることが問題なのですね。

林●さきほどもお話ししたとおり、もともとは微生物がN2を固定してNrに変えて、べつの微生物が脱窒してN2に還すことで、自然の生態系はバランスしていたのです。ところがそこに人間があらわれて、「生物圏」のなかに「人間圏」というものを少しずつつくっていったのです。

「空気からパンをつくる」錬金術

林●あたりまえの話ですが、人口が増えれば食料の要求量が増えて、自然界で循環していただけでは足りなくなってくる。これを克服するにはいくつか戦略があって、ひとつは農地面積を増やすこと。でも、限界がある。そうなると次は、同じ面積からたくさん採れるようにするために肥料が必要になるのです。
 もともとは家畜の排せつ物や、もちろん人間の排せつ物も肥料にしていました。ただし、これは当然ながら、人や家畜が食べて出したものを還すので、食べものが充分にないと肥料もどんどん減ってゆきますよね。となると、べつのかたちの肥料が必要になる。だから人類は長いあいだ、肥料になるものを探していたのです。
 そうして見つかったのが、グアノやチリ硝石。グアノは、ペルー沿岸の島じまに海鳥の糞や死骸などが堆積してできたもの。チリ硝石が採れるのはペルー、ボリビア、チリにまたがるアタカマ砂漠。もともと海だった場所が隆起して干上がった場所で、海底に溜まっていた栄養塩が表層に薄く広大に溜まっている。それをかき集めて肥料をつくる。
 でも、これらはいずれも化石なので、掘り尽くせばやがてなくなる。グアノはもうなくなりました。チリ硝石は、なくなりはしていませんが、含有率が低くて効率がよくありませんでした。
 それで20世紀になる直前に、イギリスの科学アカデミーでウィリアム・クルックス*2が、「このままゆくと人類は飢餓に陥る。これを回避する手段は、窒素肥料を人工的につくることだ」と演説しました。そのころには、私たちの吸っている空気の大部分がN2だということがわかっていたので、そこから、肥料となるNrをいかにつくるかという技術開発競争がはじまりました。

阿部●錬金術みたいなものですね。

林●そうです、まさに錬金術なのです。みなさんも名前はご存じのように、それが「ハーバー・ボッシュ法」。

阿部●大気中の「使えない窒素」を……。こんなことが実現するわけですね。

林●フリッツ・ハーバーがその研究をしているときには、「空気からパンをつくる技術」だとからかわれたそうです。正確には、「空気から肥料をつくって、肥料で麦を育てて、パンにする」のですが、そのあいだをすっ飛ばして「空気からパンをつくろうとしている変な人」といわれていた。
 でも実際に、実験室スケールで、N*2と水素からアンモニアを合成することに成功した。そして、いまも実在する、BASFというドイツの大きな化学会社の技術者だったカール・ボッシュがその成果を買い取ったのです。実験室のレシピを工業生産できるレベルにまでもっていった。それが20世紀初期の話です。

阿部●これはまさに革新的イノベーションですよね。

林●おっしゃるとおりで、材料の窒素は周りにいくらでもある。あとは水素さえもってくればよい。たとえば水の電気分解とか、石炭から水素だけを取り出すとか、いろいろな技があるのですが、それで肥料がつくれるのです。

阿部●エネルギー源は当然に必要でしょう。

林●そうですね。当時は化石燃料を燃やしてエネルギー源としていました。グアノは南米の島に行かないと採れませんが、ハーバー・ボッシュ法のアンモニア製造であれば、水と窒素があって、エネルギーを投入すれば、どこの国でも肥料がつくれるのです。

阿部健―
阿部健―
林 健太郎
林 健太郎

平時には肥料を、戦時には火薬を

林●また脱線しますけれど、ハーバー・ボッシュ法がドイツで開発されたということにも理由があるのです。当時、イギリスとはすでに準戦争状態というか、紛争に近い状態にあって、ドイツは自国民を養うために肥料が必要だった。そのほかにも、窒素の負の側面として、窒素化合物は火薬にもなるのです。

阿部●まあ、負の側面か正の側面か、どちらに考えるのかはともかく……。

林●もともとそちらのほうがウェイト高いのではという気もします。Nrの硝酸カリウムは火薬になるのですよ。ニトログリセリンは、そのままだと不安定なので、珪藻土にしみこませて信管をつけて、安定に使えるようにした。このダイナマイトを発明したのがノーベルですから、ノーベル賞も窒素と深いかかわりがあるのです。
 イギリスが海上封鎖したことで、ドイツはチリ硝石を輸入できなくなって、肥料や火薬をつくる手段がなくなってしまった。なんとかして自国でつくらないといけないということで、窒素の固定技術の開発に本気になった。

阿部●それで、ドイツだったのですか。

林●それだけではないと思うのですけれど、競合する研究者もみんなドイツの人たちでした。硝酸の大量生産方法を発明したヴィルヘルム・オストヴァルトや、熱力学のヴァルター・ネルンストも、みんなノーベル化学賞をもらっている。当時のドイツはすさまじいですね。

人間圏から漏れ出るNr

阿部●原料がほぼ無限にあるハーバー・ボッシュ法は画期的な技術ですね。

林●つくろうと思えばいくらでもつくれて、農地に肥料を入れれば入れるだけ収量を増やせる。そうなると、肥料の生産だけでは足りなくて、肥料負けせずにより多く収穫できる品種をつくったり、作物につく虫を除去する農薬をつくったり、農機具を機械化したり……。
 こうしたものをすべてセットで開発して、大きく発展したのがGreen Revolution、「緑の革命」ですね。第二次世界大戦のあと、1950~60年代くらいだと思いますが、あのころからハーバー・ボッシュ法による窒素の消費量がぐんぐんと増えて、いまも増えつづけています。

阿部●増えつづけていることに問題がある。

林●人工的に大量に肥料をつくれるようになっても、それが人間圏のなかで閉じて循環しているのなら、そんなに問題はないのです。でもあいにく、使っている量の相当部分が人間圏の外に漏れ出ているのです。いろいろな見積もりがあるのですが、おおまかにいうと、投入した窒素の8割が漏れている。

阿部●畑などに、ですか。

林●農業利用だけでなく、エネルギーを得るために化石燃料を燃やすと窒素酸化物などが出るので、そうしたものも大気に漏れ出ている。もちろん、私たちは水処理や排ガス処理などの技術をもっているので、Nrのかなりの部分を悪さしないN2に戻すことができます。でも、それにもコストがかかる。処理するためのエネルギーも資材も必要です。処理できずに残ったNrが自然界に漏れ出てしまって、温暖化、富栄養化、大気汚染などの問題にかかわっている。

阿部●いまでは、地球上の微生物では処理しきれない量のNrが……。

林●N2に戻らずに漏れ出てしまっている。

阿部●それがまたいろいろな悪さをする。
 プラネタリー・バウンダリーでは、窒素とともにリンの循環にも閾値が設定されています。リンは、ハーバー・ボッシュ法のような錬金術がないので、いまだにリン鉱石に頼っている。

林●いまもって、濃く集まっている場所から集める手段しかない。

阿部●リンは、解決策がわかりやすいですよね。でも、窒素の場合はいろいろな窒素の様態があって、量的にもばかにならない。問題解決が一筋縄ではいかないなかで、どのように解決の糸口を見つけるのか。
 ここからいよいよ、林さんたちのプロジェクトについて聞かせてください。

リーフレット 中面その2

図2 窒素利用の便益と窒素汚染の脅威のトレードオフ(窒素問題)
N2 :窒素ガス     NH3 :アンモニア      Nr :反応性窒素(N2以外の窒素化合物の総称)

図2 窒素利用の便益と窒素汚染の脅威のトレードオフ(窒素問題)
アンモニアの人工合成技術(ハーバー・ボッシュ法)の発明で望むだけのNrを手に入れることが可能になり、Nrは肥料のほかに工業原料にも使用され、人類に大きな便益をもたらした。いっぽうで、人類が利用するNrの多くは反応性を有したまま環境に排出される。食料生産の過程での窒素利用効率が低いことに加え、食品ロスも大きな要因。排出されたNrは多様な窒素汚染を引き起こし、地球の健康に被害をおよぼす。窒素利用の便益が窒素汚染の脅威をともなうトレードオフを「窒素問題」という
窒素循環の現状のイラスト
人類による窒素利用は,肥料・原料・燃料など多様な便益をもたらす一方で、環境に対する窒素汚染が付随し、温暖化、成層圏オゾン破壊、大気汚染、水質汚染、富栄養化、酸性化といった多様な脅威をももたらしている。リーフレットでは、そうした窒素循環の現状をイラストでわかりやすく紹介している

私たちの食生活と密接にからみあう窒素問題とどう向きあうのか

林●窒素の用途の8割が肥料です。だから食料生産が重要なのです。でも、これは表裏一体なのですが、日本は食料や家畜飼料のかなりの部分を輸入していますから、日本での窒素利用の半分以上は、じつは工業用途なのです。

阿部●工業用?

林●わかりやすい例ですと、ナイロンやウレタンなどの化学繊維やプラスチックにもけっこう窒素を使っています。ほかにも、そのような工業製品での用途がかなりあるのです。ただし、世界的にみれば、ハーバー・ボッシュ法でつくった窒素の8割は農業用です。

阿部●この8割の窒素利用をなんとかすれば、窒素循環はかなりよくなるだろうということなのですか。

林●110年前に開発されたハーバー・ボッシュ法が、現在の窒素循環の入り口です。食料生産に使う窒素のかなりの部分が環境に漏れ出していますから、この入口での窒素利用効率を上げれば、だいぶよくなるのです。

窒素利用効率からみた食生活

阿部●産業用途は閉鎖系。一方の農業は開放系ですね。利用効率を上げるというのは、自然界に漏れ出ていかないようにするということですか?

林●極端にいうとそうです。でも、たんに農業での利用効率を上げるだけではなくて、われわれが「なにを食べるか」という話にもかかわっています。

阿部●農業の方法だけでなく、食生活も考えるということですか。

林●世界全体での農作物の窒素利用効率は、大まかにいうと50%です。100あげたら50の作物が採れるのですが、これが家畜などだと、ものにもよりますが、5~20%くらいに下がるのです。最近の畜産は、人が食べられる穀物も与えて肥育することもあるので、そのぶん歩留まりが下がるのは当然ですね。それに、家畜も動物なので、与えたものすべてが肉になるわけではなくて、食べて排せつすることをくり返して大きく育って、食肉になったり、卵を産んだりするので、どうしても歩留まりが下がってしまう。
 だから、同量のタンパク質を得るのに、ダイズなどの植物質で摂るのか、肉を食べるのかによって、窒素の利用効率は大きくちがうのです。

阿部●肉よりは、豆腐。

林●肉よりはよいけれども、ダイズにも問題はあって、細かく見るといろいろ課題は出てくるのですが……。食文化の面もありますし、なにを食べるのかを選ぶ自由もあります。でも、少なくとも、なにかを食べることが、環境にどのような影響を及ぼすのかということを想像しながら食べていただきたい。
 たとえば肉を食べるとき、牛肉なら牛、豚肉なら豚が生きて歩いている状態を知っていたほうがよい。その食べものが、どこから・どのようにきたのかに思いを馳せる。食品トレーサビリティは、消費者の安心安全の面でいわれることが多いのですが、環境問題にもかかわっています。「食べる」ということが環境にどうかかわっているのかを知れば、もっと食べものを大切にするようになって、食品ロスの削減も期待でき

食をとおして考える環境問題

阿部●プロジェクトメンバーに辻調理師専門学校の方が入っていますね。

林●料理人、つまり食にたずさわる人たちに環境についての正しい知識をもってもらいたいのです。「働きがいのある人間らしい仕事」の要件を満たし、なおかつ環境保全・環境維持に貢献する仕事のことをグリーンジョブ(Green Jobs)といいます。彼らがこれまでにないグリーンジョブをつくりだすきっかけを増やせるのではないかと思っています。やみくもに、こうしたらよいかもしれないと考えるのではなくて、環境問題の基礎知識をもったうえで、「こうしたらこんな効果がある」と理解して、新しいアイディアが拡がることを期待します。
 私は最近、あちこちの高校で窒素循環の話をする機会が増えているのですが、生徒さんの受けがすごくよくて、「おもしろい話を聞いた」とアンケートに書いてくださいます。このくり返しで地道につづければ、多くの人に知ってもらえるのではないかと。やはり中高生に知ってほしいです。

阿部●地球研は京都府教育委員会と協定*3を結んでいて、連携して環境教育や研究手法の開発に取り組んでいます。地球研の近くにあるSSH指定校の府立洛北高等学校では環境教育の授業を担当しています。
 宮崎県とも学術協定を結んでいます。宮崎県でいちばんの進学校の宮崎大宮高等学校は、文科省が推進するスーパー・グローバル・ハイスクール(SGH*4やワールド・ワイド・ラーニング(WWL)*5などのプロジェクトに採択されていて、彼らは地元の食材をいかしたレシピづくりをして、世界に向けて発信しています。

林●それは、うちのプロジェクトととても親和性がありますね。その高校でぜひ話したいですね、食は環境と深くつながっているのですよと。

阿部●たんに「おいしい」だけではないのだということを。

林●食に関連してもうひとつ考えているのは、食をとおして、食材と自然とのつながりを感じてもらう機会づくりです。とくに日本の食は、伝統の和食もあれば、これから新しくつくるネオ・ジャパネスクがあってもよいと思うのですが、季節の移ろいと生きものとのつながりを食できちんと味わうことができる。
 日本には「旬」というものがありますね。旬の食材は「そのときに味わうのがおいしい」ということに加えて、それを食べながら、「この季節が過ぎていくんだな」ということも同時に味わえる。「来年までさようなら」みたいな。(笑)
 食は、たんなる栄養ではなくて、食べることをとおして、食材は生きものであり、その生きものが自然とつながっていて、季節感にもつながっていることがわかる。ことばだけではなくて、目で見て、鼻で嗅いで、しかも味わうという、そういう機会も増やしてゆけたらと願っています。

リーフレット 中面その3

日本の現状を知り、共有し、「めざす未来像」をともに語りあう

阿部●日本では、窒素利用にかんしては、工業用、産業用が多いとのことですが、そうなると、地域によって窒素循環の様態はまったくちがっているのですか。

林●ものすごくちがいます。

阿部●地域によるバラエティは、このプロジェクトではどう扱われますか。農業に肥料が徹底的に使われる地域もあると思うのですが、そうした地域差というか……。最初にプロジェクトの構想をお聞きしたときは、「全世界的な窒素循環を」ということを語っておられましたが……。

他国に負わせる窒素汚染のツケ

林●このプロジェクトの構想として考えていることと、全般的なこととを、分けてお話しします。
 まず、プロジェクトとしては、最初はとにかく日本に注目したいのです。これは理由があって、日本はいろいろな製品だけでなく、化石燃料もそうとう輸入しています。それにはかなり窒素が入っていて、燃やせばすべて大気中に放出されてしまう。私が出した論文では、日本では、肥料としてではなく、化石燃料由来で入ってくる窒素のほうが圧倒的に多いのです。
 もちろん、食糧や飼料もたくさん輸入しています。これはつまり、生産している国ぐにに、生産するときの窒素汚染を負わせていることを意味しています。生産地では窒素汚染が起こっているのだけれども、われわれはその収穫物だけを、お金を払って買っています。将来的には、製品を輸入するさいには、そうした環境負荷の対策費用のコストも支払いなさいという話になるかもしれません。日本としてはありがたくない話ですが。
 でも、日本はあまりにもこのことを自覚していないですね。日本の消費のあり方を考えると、大量生産・大量消費は脱却しつつあるとは思うのですが、食品の扱いには、むだが多すぎます。
 日本の食品ロスの量は700万トンです。 コメの生産量は800万トンで、ほぼ同量です。国連世界食糧計画(WFP)の食糧援助が400万トンくらいですから、その倍ちかい量を日本は一国で捨てているのです。まずはそのことを知るべきだという思いがあります。窒素循環のことを研究するのですけれども、窒素をとおして、食のこともちゃんと考えようと。

一筋縄ではいかない生態系の回復

林●一方で、海外に目を向けると、じつは土壌の窒素が足りなくて困っている地域があるのです。典型的なのはサブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠の南の地域)。経済的にも窮していて、肥料も買えない。でも人口が多くて、なんとかして食べないといけないから、むりやり農耕をつづけているのです。
 そうするとなにが起こるかというと、土壌が蓄えている有機物を食いつぶすかたちで作物をつくっているので、だんだんと土地が痩せていくのです。いちど痩せきってしまうと、土壌ではなくて土になってしまいます。土になると、いくら肥料や水を与えても、保持できずに流れ去ってしまうのです。

阿部●有機循環プロジェクト*6の大山修一さんがサブサハラで、都市部で集めた有機性のゴミを農地に入れて緑化しようという活動は、まさにそういうことですね。これはまだ構想の段階ですが……。

阿部●日本ではどうですか。アフリカの土壌の窒素が足りないというけれど、じつは日本国内では、たとえば瀬戸内海が貧栄養化しています。
 かつて瀬戸内海が富栄養化したときに、日本もなかなかしっかりしているなと思ったのですが、政府が規制をかけて、窒素・リンなどの流入負荷の削減に取り組んだ。うちの家系は漁師なのですが、そのときに「魚が減った」という話をしていました。
 広島大学名誉教授の山本民次さんなどは、「瀬戸内海を庭や畑として使う」という発想をしています。つまり、いま瀬戸内海が必要としているのは、窒素やリンかもしれないということもおっしゃっている。

林●ありえます。

阿部●おなじ日本国内でも、地域によって、あるいは区画によって、栄養状態はちがっている。

林●おっしゃるとおりです。地域差があると思うのです。瀬戸内海の貧栄養化はすでに知られていますが、琵琶湖もある部分が貧栄養化しているし、諏訪湖もそうだといわれています。
 正直いうと、「貧栄養化」という表現は、かならずしも正しくないと思っています。そこでなにが起こっているのかを考えれば、もうすこしちがうことばのほうがよいのかなと。
 富栄養化の過程で赤潮や青潮が起こると、生物が大量死しますね。すると、生態系を構成していただいじな種が欠落したり、バイオマスが減ったりすることがある。そうした状態で、水質だけをもとに戻しても、プレーヤーがもういないので、もとの生態系には戻らないのです。私たちはその状態を「貧栄養化」とよんでいるのです。

阿部●そうしたら、畑に窒素の化学肥料を撒くように、瀬戸内海にも窒素やリン酸を入れても……。

林●すぐには戻らない。もともといた鍵になる種を戻してあげないと、むずかしいと思います。

阿部●琵琶湖では、地球研のいくつかのプロジェクトが活動しています。奥田 昇さんの栄養循環プロジェクト*7は、流域の人たちを巻き込むことを強く意識していたので、人的なネットワークができています。これは地球研の財産ですので、林さんのプロジェクトにも活かすことができそうですよね。

「すべてを見ないと解決できない」と問いつづける役割

阿部●所内の発表会で、初めて林さんのプロジェクトの構想を聞いたとき、「なにもかもするのか!」という印象でした。

林●なにもかもするのですよ。(笑)

阿部●きょうお話しして、その理由がわかってきました。

林●なにかを抑えようとして、なにかが飛び出したらいけないのです。

阿部●問題解決をしているつもりが、モグラたたきですね。

林●「ここを押したら、これが出る」とわかっていたら、両方ともすこし押してみるとかね。

阿部●成果を出しやすいのは、問題を単純化すること。原因と結果とを直線的な関係でとらえれば、見えやすい。個々の専門分野ではそれでもいいかもしれませんが、それでは環境問題は解決できません。やはり学際性が問われます。

林●そう思います。文理融合がだいじです。

阿部●複雑にもつれあった窒素の問題は、その全体を見渡さなければならない。でもいっぽうで、一点突破的なことも考えなければいけないのではないですか。

林●だいじな質問をありがとうございます。このプロジェクトですべてできるとは思っていませんが、少なくとも、「すべてを見ないと問題を解決できないんだぞ」というビジョンをもったプロジェクトが地球研にはあります、ありましたということを、きちんと伝えたい。そうすれば、将来、次につながる人がそれをさらに発展させてくれるだろうという期待があります。だから私は、「踏み越えてもらう屍になりたい」と思っています。(笑)

阿部●はやい、はやい、まだはじまったばかりだから。(笑)

林●まだ当面は生きているとは思いますが、そういうことを考えています。
 環境問題でだいじな視点は、なにかアクションを起こすと、あたりまえですがリアクションが起こるということ。阿部さんが指摘されたとおり、これまでの環境問題の対策の多くは、一点突破型です。その結果、ほかのところで新たな問題が起こるということがくり返されている。だから、もうすこし広いビジョンで見る人も必要でしょうと。
 窒素はとくに、およそすべての環境問題にかかわっていますから、それくらいの大きなビジョンで見る人がいれば、たとえば一点突破で解決しようとする人に、「それをすると、別のこんな問題が起こるかもしれないから、気をつけよう」と言えます。

フューチャー・デザインの手法で将来ビジョンを描く

林●このプロジェクトの強みは、国際的なつながりです。私がプロジェクトメンバーとして継続的にコミットしている国連環境計画(UNEP)の「国際窒素管理システム(INMS)」*8というプロジェクトがあります。UNEPは2年に1回の頻度で国連環境総会を開催していて、「持続可能な窒素管理の決議」が採択されています。
 ただし、2022年に開催された第5回総会は、海のマイクロプラスチックの話題が中心で、かなり重要なアクションを起こすことに決まりました。窒素管理の課題はたぶん、2024年の総会に持ち越されると思いますが、国際的な視野にたって、各国がどのように窒素管理に取り組んでゆくかという枠組みをつくろうという話をしています。
 これに対して、私どものプロジェクトも、たとえばフューチャー・デザインのようなコミュニケーションの面で協力できないかと打診しています。もちろんサイエンスとしてもコミットしたいのですが、各国の人たちが、将来ビジョンをもって話しあえるようにお手伝いできればと考えています。

阿部●フューチャー・デザインは、地球研の戦略プロジェクト*9として、中川善典さんが取り組んでいますね。

林●フューチャー・デザインの考え方は、たとえば2050年には、私たちは幸せに生きて食べている状態にあると想定して、「2020年にこういうことをしたから、2050年はこの状態にある」と考えるというものです。おもしろいと思うのは、現在の状態から2050年を想像して策を練るのと、2050年に生きている自分たちになりきって過去(つまり現在)におこなったことを考えるのでは、出てくるアイディアがちがうのです。
 すくなくとも両方の見方をすれば、損はしないですよね。未来のビジョンで現在を見て、おもしろいアイディアが出てきたらもうけものだし、出なくてもともとだし……。
そうしていろんなアイディアを出しあおうかなと思っています。

阿部●なるほど、たしかにそれが一つの突破口というか、出口のような気もします。
 所内でのプロジェクト紹介のときにも、このUNEPが主導する国際窒素管理システムへの寄与も考えているとおっしゃっていましたが、UNEPが具体的になにをしたいのかが、正直なところわからない。

林●そうですね。そこはまだ議論しているのだと思います。

阿部●そこに、林さんのプロジェクトの研究成果や、フューチャー・デザインの視点もとりこんで、窒素管理のあり方として、将来に向けてなにをすべきなのか、なにを大切にするべきかという提案ができれば、大きなインパクトを与えそうな期待感がありますよね。

林●私も期待しています。かなりチャレンジングだとは思いますが。窒素に関する専門家は、けっこう話はわかっているのですが、やはりUNEPのような大きな組織では、メンバー各国の代表者がそれぞれに「わがこと」として考えられるかどうかが大きいですね。

想像する未来に向かって生きるのが人間の能力

阿部●窒素のような複雑にからみあった問題は、もちろん事実認識も大切ですが、やはり価値命題、どうあるべきかを問うことが最終的に求められるのでは。

林●つながってくると思います。人はいかに生きるべきか。いかに生きたいかといったほうがいいですかね。
 窒素の循環をもとに戻そうといっても、みんな「なんで?」という反応です。でも、窒素循環は、われわれが生きていることに直結します。「よく生きる」ことができるようになれば、窒素の問題も知らないあいだに解決している。むしろそういうあり方がよいのかなと思ったりもします。
 未来を想像するというのは、人間がもっている一つの能力だと思うのです。幸せな未来を想像して、そこに向かう能力がある。もちろん、逆もありえるのが人間の怖いところなのですが。

阿部●きょうはおもしろかった。ありがとうございました。

林さん、阿部さん 集合写真
はやし・けんたろう(左)
専門は生物地球化学、土壌学、大気科学としつつ、生物・生態ほか歴史・地理・食文化など幅広い関心をもつ。2016年には第58次日本南極観測隊(夏隊)に参加。主な研究対象は窒素循環と窒素の持続可能な利用。農業・食品産業技術総合研究機構農業環境研究部門主席研究員を経て、2022年から地球研のプロジェクトリーダーとして在籍し、2023年から専任。

あべ・けんいち
専門は環境人間学、相関地域学。地球研研究経営推進部コミュニケーション室長・教授。2008年から地球研に在籍。

サニテーション価値連鎖の提案 QR *1 2021年度終了の研究プロジェクト「サニテーション価値連鎖の提案──地域のヒトによりそうサニテーションのデザイン」

*2 Sir William Crookes(1832年6月17日 -1919年4月4日)はイギリスの化学者、物理学者。タリウムの発見、陰極線の研究に業績を残す。1913年に王立協会会長に就任。

*3 2022年6月締結。地球研の教員が府内の学校で出前授業をしたり、教職員の研修や教材づくりに協力する一方で、地球研は教育現場から得た声を研究活動や教育プログラム作成などに活かすなど、環境教育の実施や研究開発を連携して推進。

*4 国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成を目的とし、国内外の大学を中心に企業や国際機関等と連携をはかり、グローバルな社会課題、ビジネス課題をテーマに横断的・総合的な学習、探究的な学習に取り組む。

*5 ワールド・ワイド・ラーニングコンソーシアム構築支援事業。イノベーティブなグローバル人材の育成をめざし、国内外の大学、企業、国際機関等と協働して、先進的なカリキュラムの研究開発・実践に取り組む。

都市ー農村のバイオマス循環システムの構築にむけた実践研究 QR *6 2022年度からPRとして活動中の研究プロジェクト「都市ー農村のバイオマス循環システムの構築にむけた実践研究──都市衛生の改善と生業基盤の修復にむけて」

生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会 QR *7 2019年度終了の研究プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会──生態システムの健全性」

*8 世界の科学者が結集し、地球規模での窒素管理の必要性や効果的な管理方法の検証、窒素使用改善のメリット拡大方法の研究に取り組む(2023年6月終了)。

フューチャー・デザインを通じた持続可能社会実現のための未来ビジョンの形成と多元的共存 QR *9 2022年度からFRとして活動中の研究プロジェクト「フューチャー・デザインを通じた持続可能社会実現のための未来ビジョンの形成と多元的共存」