特集3
第8回世界水フォーラムの報告
世界水フォーラムにおける地球研の役割
報告者●阿部健一(教授)
2018年3月ブラジリアで開催された第8回世界水フォーラムにおいて、地球研は「分かち合いの文化と自然の権利」のセッションを担当した。第3回からひきつづき、6回めの参加である。この間、「水」は世界でどのような捉え方をされてきたのか。また世界水フォーラムではどのような議論がされてきたのか。これまでの経緯とともに、地球研が担ってきた役割をふりかえる
「久しぶりだな」
会場で満面の笑みで握手を求めてくる人がいる。こちらも「3年ぶりだね」と応じる。ただ彼がどこのだれかはまだ思い出せていない。
3年ぶりなのはまちがいない。世界水フォーラムは、3年に一度開催されている。世界最大規模の水問題解決のための国際会議で、参加者は膨大だが、2003年の第3回からつづけて参加していると顔見知りもそれなりに多くなる。3月にブラジリアで開催された第8回の世界水フォーラム(以下水フォーラム)の会場では、あちこちで「知り合い」に会うことができた。
分かち合う第8回世界水フォーラム
世界水フォーラムは、水問題に関するさまざまな課題を、政治プロセス、テーマ別プロセス、地域プロセス、ハイレベルパネルなど異なる軸で議論する。地球研がセッションを担当したのは、テーマ別プロセスである。
テーマ別プロセスでは九つのテーマが設定された。列挙すると、まず「気候:気候変動と水の安全保障」、「人:水・衛生・健康」、「開発:持続可能な開発のための水」、「都市:統合的用排水管理」、「生態系:水質・生活・生物多様性」、「財政:水の安全保障のための財源確保」の六つの基本テーマ。さらにそれらを横断する「分かち合い(Share):当事者を包摂することで持続可能性を実現する」、「キャパシティ:教育・キャパシティビルディング・技術交流」、「ガバナンス:持続可能な開発のための2030アジェンダに向けて」の三つのテーマである。
この九つのテーマの下に、基本的にそれぞれ三つのトピックが設けられ、さらにトピックス下にやはり三つセッションがある。その一つひとつを列挙する必要はないだろう。地球研のセッションは、テーマ「分かち合い」のなかのトピック「水と文化多様性、正義、公平」のなかで「分かち合いの文化と自然の権利」セッションを担当した。数万人規模の人が参加し、セッションの数は100を超え網羅的な議論がされるなかの、一つのセッションに過ぎない。
世界水フォーラム
そのために水フォーラムがどのような国際会議なのか、成り立ちを知っておいたほうがいい。この水問題に関してもっとも影響力のある会議は、もともとグローバルな水企業が企画した集まりである。
国際的な動きには、かならずその時の、多くの場合経済的かつ政治的な思惑が背景にある。誤解をおそれずにいえば、世界水フォーラムは、水問題が大きなビジネス機会になると見越した水関連企業と、国益のために主導権をとりたい国ぐにの思惑が一致してできた。うがちすぎた見方だが、少なくとも学術コミュニティが主導したのではないことははっきりしている。
発端は、1995年8月の世界銀行の副総裁だったイスマイル・セラゲルディン氏の「20世紀が石油をめぐる戦争だったように、21世紀は水をめぐる戦争の時代になる」ということばでないかと思う。以後、この発言を裏付けるように、水が枯渇する資源であり、その水資源をめぐる争いが起こりうる可能性を指摘する本の出版が相次いだ。
日本での翻訳出版順で挙げれば、サンドラ・ポステル(2000)『水不足が世界を脅かす』[原著]、マルク・ド・ヴィリエ(2002)『ウォーター:世界水戦争』、ジェフリー・ロスフェダー(2002)『水をめぐる危険な話』、ヴァンダナ・シヴァ(2003)『ウォーター・ウォーズ』、モード・バーロウ&トニー・クラーク(2003)『「水」戦争の世紀』などである。国際社会で、枯渇する資源としての水とそれをめぐる争いというイメージが共有されることになり、世界水フォーラムの開催意義は高まった。
危機感をあおり、世界的関心を集めること自体、批判されることではない。ましてや水企業が始めたものだからと、水フォーラムを軽くみる気もさらさらない。
なにより水フォーラムは、水問題にかかわる政府関係者、企業、NGOなど幅広い人が参加できる枠組みを用意した「超学際的」な国際会議だ。たとえば各国政府の水政策を示すパヴィリオンのほか、さまざまな水関連企業が最新の製品・新技術を披露する展示スペースが併設され、さらに市民のために無料で開放されるスペースもある。そこではNGOを中心に水の問題とその解決策を、最近ではさまざまな映像を駆使して、わかりやすく展示している。
とはいえ課題がないわけではない。むしろ課題は多い。「超学際」がどこまで実質化しているのかは疑問が残る。市民参加は名目だけで、たんなる賑やかしにとどまっているようにも思える。
課題としての世界水フォーラム
しかし最大の課題は、水フォーラムが、水を経済的な資源とだけとらえて、効率的利用を錦の御旗に、水を「商品化」し「民営化」することを充分な議論もないまま正当化しかねない、ということである。
水はわれわれの生活だけでなく、生存にも欠かせない。水はなくてはならないものだが価格は低い。逆にたとえばダイヤモンドは生活には不要なものだが価格は高い。水はもともと使用価値は高いが、交換価値は低い。世界水フォーラムは水問題の解決をめざすといいながら、つまり安心・安全な水に世界の人がアクセスできることを目的としながら、水の交換価値を高めること、つまり商品化して価格をあげること目的としていないだろうか。水を「青いダイヤモンド」と呼び、「2050年には石油と同じ価格になる」と断言するのは、その伏線のように思える。また多くの国で、公的な機関が上水道を整備し責任をもって人びとに水を届けている。それを、効率的だからといって、営利を追求する企業に任せていいものかどうか。じっさい中南米では上水道事業の民営化により、貧しい人びとのところに水道が届かなくなる事態になっている。もともとウォーターバロンと呼ばれる水企業が始めたこともあり、世界水フォーラムに疑いの目を向ける人びとも多かった。
第4回、メキシコで開催された水フォーラムのときに、民営化・商品化への反対運動が顕在化した。会場内を、水はだれのものかと書かれたバナーを掲げ、空になったペットボトルを振り上げた人びとが行進をした。市民にも開かれているといいながら、セッションに参加するためには高額の参加費を払わなければならない。自由にだれでも話ができる場として、別会場で「もうひとつの世界水フォーラム」が開催された。そのため第5回イスタンブールは、軍隊が警備する厳戒下で開催された。開会式でダム建設に反対の声をあげたNGOの女性は、翌日すぐに国外退去となった。
水と文化多様性
地球研は、そのなかで、日本で開催された2003年の第3回の世界水フォーラムから一貫してユネスコとともに「水と文化多様性」というテーマを掲げている。環境問題の根底には文化の問題があると考えているのが地球研である。ユネスコと作成した声明の前文には、下記の記述を入れた。
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水は、経済、生態系、社会および精神的な機能を有する貴重な資源である。したがって、その管理が持続可能性を大きく左右する。社会生活におけるその基本的役割ゆえに、水は強力な文化的側面をもつ。われわれが直面する水に関連した問題の文化的側面を理解、考慮することなくして、持続可能な解決策は見つからない。
文化多様性をテーマとしたわれわれのセッションとほかのセッションは参加者がまったくちがっている。高価なスーツを着こなしたウォーターバロンの姿は皆無。目だつのは民族衣装を着た人と女性である。メディアも「この会場は雰囲気がちがいますね」と印象を語る。
水の文化的側面を重視するわれわれのセッションは、商品化・民営化の推進とは対極にある。商品化・民営化反対を直接テーマに掲げているわけではないが、異議を唱える参加者がほとんどだ。水フォーラムではずっと異質な、しかし存在感のあるセッションであったと自負している。
積み重ねること
3年に一度と間があく水フォーラムは、どうしても「祭り」の要素が強くなる。主張すべきことを主張して終わり。毎回同じ議論がくり返され、進展が見えにくい。われわれの「水と文化多様性」も、それぞれの地域の歴史に裏打ちされた優れた「水の文化」があることを提示するだけで終わっている。そうした地域固有の水の文化をつらねて、普遍的な価値を共有し、地球規模の水問題にどのように活かせばいいのか、といったより深い議論ができずにいた。
そのため前回第7回韓国でのフォーラムから、それぞれのテーマのコーディネートグループを明確にして、フォーラムとフォーラムのあいだにも活動を行ない、テーマの継続性をもたせることになった。地球研は、ユネスコ、水文化研究所(アメリカのNGO)、Women
for Water
Partnership(オランダのNGO)とともに、水と文化多様性のテーマ・コーディネートグループとなった。テーマ・コーディネートグループは、セッションの企画にあたって、SDGsとの関連付けを明確にするようにも要請された。テーマ・コーディネートグループは、具体的な目標を設定し、現実の課題にむけた行動計画を練ることにもなった。超学際を標榜する地球研にとって、研究機関としてなにを学び、なにを発信し、どのように目標達成にむけて考えてゆく格好の場である。第7回フォーラム終了後、コーディネートグループとして会合をもち、事務局と連携しながら、具体的な戦略テーマを設定し、セッションを決めていった。そうして迎えたのが第8回の水フォーラム。われわれが考えた戦略テーマShareは、フォーラム全体のテーマにも採用された。
地球研セッションとこれから
最後にわれわれが行なったセッションについて触れておこう。
「だれでも参加できる」のがフォーラムの方針である。セッションの参加者は基本的に公募である。どこのだれかも知らない人の発表も受け入れる。1時間半と短いセッションをまとめるためには核となる発表が必要になる。それを福井県大野市の事例とした。
大野市は地球研と学術協定を交わしている。豊かな湧き水があり、本来水不足が起こることはない。それでもかつて不必要に使いすぎて湧き水の噴出量が低下したことがあった。あらためて水の大切さを知る必要があるのでないかと始めたのが「水への恩返しCarrying
Water Project」である。3年前からは、東ティモールの支援を行なっている。水に困っている地域を助けることで、水そのものは共有できないが、水への感謝の念を「共有」することができる。
ちなみにコーディネーターも公募である。申し込んできたのは地元のNGOの活動家サブリナとインドの教授。最初に「Dr.Kと呼んでくれ」とメールをよこしたインドの教授は結局時間になっても会場に現れなかった。サブリナは若い陽気な女性で、元気ではちきれそうだった。彼女に司会をまかせて、こちらはセッションの報告書を同時進行でまとめる。事務局から、どのようなディスカッションが行なわれて、どのような進展があったのか、そして次回はどのような点を取り上げるべきだと考えるのか、など質問形式の報告書を終了後1時間以内に提出するように求められている。
報告書には、次回のテーマは地域と地域を結ぶ分かち合いのネットワーキングと記した。大野市のような分かち合う関係をさらにつなげてゆきたいということだ。
たとえばフランスのアグド市はモロッコの都市タタを支援している。アグド市の自慢は、水の絶対量の少ない気候のなか発展させた水再利用技術だ。その技術でオアシスの町タタ市に援助を行なってきた。水再生技術で地中海を隔てた二つの都市つながった。そしてさらにアグド市と大野市は、世界水フォーラムの直前に「水分野に関する協力の覚書」を結ぶことになった。水は偏在するが人の生活にはなくてならず感謝の気持ちは共通である。つながることでこの水への思いを世界中に拡げる。そのための次のステップを考えたい。次回の世界水フォーラムは、2021年にダカールで開催されることになっている。
世界水フォーラムの歴史
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1997年
第1回 モロッコ マラケシュVision for Water, Life and the Environment
参加者 63か国 約500名● 世界水会議(WWC)が21世紀の水、生命、環境に関するビジョンを発表
● マラケシュ宣言を採択 -
2000年
第2回 オランダ ハーグFrom Vision to Action
参加者 114か国 約5,700名● 世界水ビジョン
● ハーグ閣僚宣言(114名の閣僚により採択) -
2003年
第3回 日本 琵琶湖・淀川流域(京都、滋賀、大阪)A Forum with a Difference
参加者 183か国 約24,000名● G8エビアンサミットにおける水に関するG8行動計画の策定
● 閣僚宣言 - 琵琶湖・淀川流域からのメッセージ
● 政府や NGO などさまざまな関係者の水問題の改善にむけた取り組みを広く共有化してゆくための「世界水行動報告書」を作成 -
2006年
第4回 メキシコ メキシコシティLocal Actions for a Global Challenge
参加者 168か国 約20,000名● 閣僚宣言(148か国政府による共同宣言)
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2009年
第5回 トルコ イスタンブールBridging Divides for Water
参加者 192か国 約33,000名● イスタンブール首脳宣言
● イスタンブール水コンセンサス(43か国250地方公共団体がコミットメント) -
2012年
第6回 フランス マルセイユTime for Solutions
参加者 173か国 約34,000名● 1,400以上のソリューション「Platform for Solutions」
● 閣僚宣言を145か国(15名の首脳・112名の大臣・副大臣ふくむ)により採択 -
2015年
第7回 韓国 大邱慶北Water for Our Future 私たちの未来のための水
参加者 168か国 約46,000人● 「科学技術プロセス(Science & Technology Process)」の実施
● Implementation Roadmap Reportsをとりまとめ、第8回世界水フォーラムにむけて実施進捗をモニタリング
● 閣僚宣言の採択 -
2018年
第8回 ブラジル ブラジリアSharing Water 水を分かち合う
参加者 172か国 約120,000人(参加無料のCitizen Villageへの入場者をふくむ)● 「ブラジリア・水の正義についての司法官宣言」を発表(57か国から83名の裁判官や検事らが参加)
● 閣僚宣言「水に関する決然たる行動の緊急要請」の採択(56か国から70名の閣僚級が参加) -
2021年
第9回 セネガル ダカール

「分かち合いの文化と自然の権利」セッションで報告したネイティブアメリカンの女性(左)(2018年、ブラジル)

第8回世界水フォーラムの市民ブース(2018年、ブラジル)

第4回世界水フォーラムのさいの、水道事業の民営化や水の商品化に対する反対運動(2006年、メキシコ)

「分かち合いの文化と自然の権利」セッションのようす。水と文化の関係性について、地域ごとに興味深い報告が集まった(2018年、ブラジル)

「分かち合いの文化と自然の権利」セッションを終えた参加者(2018年、ブラジル)
あべ・けんいち
専門は環境人間学、相関地域学。地球研研究基盤国際センターコミュニケーション部門部門長・教授。2008年から地球研に在籍。