百聞一見──フィールドからの体験レポート
世界各国のさまざまな地域で調査活動に励む地球研メンバーたち。現地の風や土の匂いをかぎ、人びとの声に耳をかたむける彼らから届くレポートには、フィールドワークならではの新鮮な驚きと発見が満ちています
相手の世界を理解するということ
大澤隆将(プロジェクト研究員)
私の専門とする社会・文化人類学では、博士課程の段階で「最低1年以上」のフィールドワークを行なうことが必須とされています。フィールドワークが長期にわたる理由はさまざまに論じられますが、けっきょくのところその理由は人類学的フィールドワークの方法論の創始者であるブロニスワフ・マリノフスキが記した一節に集約されるでしょう。それは、「(人類学の最終的な目標は)原住民のものの考え方、および彼と生活との関係を把握し、彼の世界についての彼の見方を理解することである」*。現在の人類学は「原住民」のみを研究対象とする学問ではありませんが、100年ちかく前に書かれたこのことばを胸に、いまも世界のどこかで「彼らの世界を理解しよう」と人類学者はフィールドワークを行なっています。
理解できるのか?
とはいえ、彼らの世界を理解することは容易なことではありません。私は、インドネシアのリアウ州で、2006年から2007年と2012年に、合計2年半のフィールドワークを行ないました。最初のフィールドワークにおける研究テーマは、シャーマニズムの儀礼についてでした。古典的な民族誌的手法を用いて、儀礼の手順やその背景にあるコスモロジーを記述することが目標でした。
しかし、シャーマニズムに関する「彼らの世界」を掴むのがたいへんむずかしい。まず、儀礼の手順はシャーマンごとに異なる。加えて、コスモロジーに関する説明が、シャーマンごとにまったく異なる。たとえば、あるシャーマンは「自然界に存在する精霊が人の体に入るとその人は病気になる」と語るいっぽう、他のシャーマンは、「精霊が体になど入ったらその人は死んでしまう。精霊が遠くから睨むことでその人は病気になる」と語る。情報を集めれば集めるほど、統一的な「彼らの世界」を把握することからは遠ざかりました。なんとか「一般的な」手順やコスモロジーを民族誌としてまとめましたが、「彼らの世界」とはなんなのか、疑問は残りつづけました。
これはなん年もあとになってから気がついたことですが、私は、彼らの多様な説明はヴァージョンであって、その根底には「統一的な世界観」があるだろうと想定して情報を集めていました。しかし、この「統一的な世界観」は私の見方であり「彼らの世界」ではありません。むしろ、「彼らの世界」は個人ごとに異なる。あたりまえのようですが、フィールドでは意外と盲点になりうることでした。そして、その個人ごとに異なる雑多な解釈が認められることじたいが「彼らの世界」であり、この雑多さが認められる世界という部分の解釈に切り込むべきであったことに気がつきました。「彼らの世界の見方」を真に理解できるのかどうかはいまだにわかりませんが、現在も、憶測や前提知識を注意深く取捨選択しながら、人びとと真摯に向かい合うように心がけています。
「ただ暮らせ!」
もう一つ、2012年のフィールドワークで印象的だったエピソードを紹介します。この調査の開始時、私はすでに現地言語をあるていどは理解し、社会文化的な知識も有していたため、到着早々、研究活動を始めました。3か月後、インドネシア政府に調査経過を報告する必要があり、指導教員たちにもその報告書を転送しました。すると、イギリス人類学界で大御所の地位にあった副指導教員から、お怒りのメールが届きました。
その内容は、「きみはなぜ、すでに研究活動を始めているのか? 最低最初の3か月間は、村でただ暮らしていなければだめだろ!」という内容でした。ごく短いメールではありましたが、人類学者のフィールドワークに対する考え方をよく表しています。すなわち、「まずはとにかく現地で人びとと生活をともにし、彼らの世界に近づき、そこから生まれてきた疑問について追究しろ、図書館や研究室で考えた研究計画に頼るような研究の進め方をするな」という意図のことばであったと解釈しています。
現在所属する熱帯泥炭社会プロジェクトにおいて、泥炭地回復活動への住民参加を促すことは主要課題の一つであり、そのためには泥炭環境における「彼らの世界」を理解することが必須となります。理想を言えば、あらためて3か月ぐらい一つの集落でただただ
暮らしたのち、研究をしながら彼らの世界観に近づき、そしてようやく泥炭地回復のアイディアを出してゆきたいところではありますが、広範な地域に対して実践的な解決法を確立するとなると、そう悠長なことも言ってはいられません。短い期間でも彼らの世界に近づき、しかし「私の」ではなく「彼ら自身の」感覚を把握できるようなやり方を、試行錯誤している日々です。
*マリノフスキー(寺田和夫、増田義郎訳)「西太平洋の遠洋航海者」『世界の名著59』中央公論社、1967、p.93

シャーマンが儀礼でつかう装飾された甕と壺(インドネシア、ルパット島)

サゴヤシの幹を切り分けるようす。幹から取れるデンプンは主食となる
おおさわ・たかまさ
専門は社会人類学。熱帯泥炭社会プロジェクト研究員。インドネシア、スマトラ島部のリアウ州東岸に暮らす先住民の「先住民性」についての研究で博士号取得(エディンバラ大学)。2017年10月から現職。